セカンド・バタフライ
この迷宮の入り口である地下聖堂への階段の前で、目前に広がる薄暗いりか聖堂の中を見渡す。階段を降り切って振り返ってみたらその階段は無くなっていて別の場所になってましたー・・・なんて事は無く。振り返れば聳えるその階段は、けれどそこに一歩登ろうとすれば、踏み出した筈の一歩は最下段に降りて来てしまうと言うループが起こっていた。・・・まぁ、そうだよね。と。なんだかユウくんと初めて行った任務の洞窟を思い浮かべちゃったけど、こっちは中が迷路になっているって言う分相当に性質が悪い。

一応探索部隊の人が聖職者の人から貰ったって言う地図はラビくんが見て覚えたらしいけど、先にこの中に入っていた人達だって元々の順路通りに進んで迷った訳だから、何処まで当てになるかは分からない。
さて、どうやって進んだものかな。と、ひとつ溜息を吐いた所で。そこかしこに視線を巡らせていたラビくんが「なぁ」と声を上げた。

、ヘンゼルとグレーテルって知ってる?」
「うん?・・・あぁ、うん。何か落とす?」
「ま、試しにな。どーせ迷子になんだから、色々試そーぜ。」

迷子前提って言うのが中々に憂鬱だけど、まぁ分かっていた事だから突っ込みはしない。多分ラビくんのこの発言は、私の盾が四次元ポケットになっているって事を知った上での発言なんだろう。だけど「なんか飴とかもってね?」なんて言われる私は、まず間違いなく子ども扱いされてる。・・・私もこの容姿を利用するし、特に気にもしてないからいいんだけど。思いながら、「飴は持ってないけど・・・」と応えてから、服の裾に手を入れて、そこからそれを掴んでぬるっと出して見る。

「じゃぁ剣でも落としてみる?」
「うぉっ」

取りだしたのは、剣だった。明らかに服の裾から出てくるサイズじゃないそれが出て来た事に驚いたのか、ラビくんはついさっきおんなじような事を見た筈なのに律儀に驚いて見せて。そうしてからギンッ!と、床に剣を突き刺した私とその剣を困惑したように「え・・・え?」と見比べた。

「ちょ、・・・え?それってありなん?」
「?なにが?」
「いやいやいや!だから武器!それってありなん?!いや無しだろ!減るだろ武器!!」

最初は一体何にそんな慌ててるのかと思ったけど、続けられた言葉に「・・・あぁ」と納得。確かに・・・自分の武器を道標にヘンゼルとグレーテルなんて、私の武器を生産してる原理も何も知らない人から見れば正気の沙汰じゃないかもね。そう思ってから、「ううん、ありだよ」と笑む。

「私の武器って、私の魔力がある限りはいくらでも出せるの。それに出すだけなら殆ど魔力も使わないから、使い捨てられるの。」
「へぇー・・・あ。じゃぁもしその出した武器使って他の・・・例えば適合者じゃない奴がAKUMA倒そうとしたら倒せんの?」

言われて、瞬いた。・・・その発想は無かった。だけど、まぁ実際それは不可能だ。
確かにこの武器はそれぞれをAKUMAを倒せる独立した    この世界で言う所の    対アクマ武器として召喚して入るけれど、原理は私の魔力によって召喚し、私の魔力によってその力を発動してAKUMAを破壊している。武器は手元を離れれば私がそのままの状態を維持しようと思わない限り消滅するし、それぞれの武器は私以外の人が使えば対アクマ武器ではなく、ただの武器に成り下がる。・・・筈。多分。

ラビくんに指摘されるまで正直その発想は全くなかったから、1度だって試した事が無い。試した事が無い事は分からない。ほぼそうであろうと思われる、って言う事だって、100%じゃない限りはどうなるか分からない。・・・でも、
と。其処まで思ってから、ぱちりと瞬いたそれを「あはは」っと笑って見せる事で、あの瞬きを全く別の意味合いのものにする。

「そんなに便利な能力だったら今頃私、教団にどんどん武器だせーって馬車馬みたいに扱き使われてるよ。」
「ま、そーさね。」
「イノセンスは適合者にしか使えないって大前提あるのに、ラビくんって面白い事思いつくね。」
「ん?あぁ・・・俺、色んな場所の色んな情報から色んな可能性を考えるのが好きなんさ。」

ソウルジェムは一応イノセンスって言う位置付けにはなっているけど、私個人の考えとしては微妙な所だし・・・ただイノセンスが物に宿るみたいな例もあるみたいだから、一概にそうとも言い切れない。だからこそ、こうして私は一応教団側にいる訳だけど。この力を教団の為、世界の為に使おうだなんて考えた事はない。だからこそ、言わない。

武器をほぼ無限に出せるとはいえ、それでも魔力を使う事に変わりはない。そして魔力はグリーフシードなくしては決して回復しない。それなのに、そんな    少なくとも、私にとっては    無意味に武器を生産するだなんて事はしない。それに、私が武器を出すだけで終われば、まだ、いい。

だけど、黒の教団って言うのは、こんな事情も良く分かってないような子供でも兵器としてAKUMAのいる戦地へ繰り出すような組織なのだ。私からソウルジェムを取り上げて、好き勝手に分析だなんだって託けて弄繰り回されたらたまらない。だから、例え可能性があっても試さない。提示しない。

今回ラビくんにこれを言ってもらえてよかった。これからは私の武器は私以外の人間が使っても、AKUMAを倒す為の力を何も持たない只の武器になるようにしよう。今までは何も考えていなかったけど、これからは、意図的に。

内心ではそんな事を思いながら、表面では楽しくラビくんと話に花を咲かせる。ラビくんは思った通り、私の能力(と、もしかしたら私自身にも)興味深々だから、聞きたい事が尽き無いんだろう。それに一々全部答えるのは面倒な上に、ラビくんは何か些細な情報からでも、私にとっての怖い真意をつきとめてしまいそうな怖さがあるから、所々をそれと気付かれないようにはぐらかし、誤魔化し、欺きながら。

「あ。んじゃー、武器ならどんな種類のもんでも出せるのか?」
「うん?」
「最初会った時はマスケット銃使ってただろ?」

最初会った時?あの時の事を思いだそうと少し上を向いて、取り敢えず刀を床に突き立ててから、あの私マスケット銃使ってたかな?なんて考えながら、・・・・・・、あぁ。確かに使ってた気がする、と。1年前の事を思い出して「よく覚えてるね」なんて、少し呆れたように笑ってしまった。そうすれば「ま、それも俺の仕事だからな。それに、結構印象的だったしな。」なんて返されれば、返す言葉もない。

「でも同じイノセンスの能力で出す武器とはいえ、銃と剣じゃ全っ然統一性ねーなー。あれもこれもじゃ大変じゃね?」
「まぁ、うん。普通に大変だよ。でもそれも仕方ないよ、元々は別の人の使っていた武器だし。私は私の武器を持てないから。」
「・・・うん?」
「そう言う力なの、私の力は。」

にこり。笑んで、この話はもう終わりだと歩き出す。無限に生み出せる剣を数メートル進むごとに床に突き刺して、ふと(あ。でもこれ床に傷付けてるけどいいのかな・・・)なんて思いながら。だけどきっとそこは教団が何とかするだろうと、少し後ろを着いて来るラビくんのささやかな足音を聞きながら、直ぐに気にしない事にした。


・・・そう。どんな武器でも出せるって言うわけじゃない。
魔法少女は一部例外を除いて、自分の能力と特性に合う魔法武器を召喚して戦う。だけど私の場合、魔法武器を召喚する事は出来るけど、私自身の特性にあった武器を生み出して召喚するって言う事は出来ない。私が召喚できる武器には制約と制限があり、今となってはもう限られた武器しか召喚できない。時間を操作する能力を持った魔法少女以上に、特異で扱い辛い能力。それが、私が魔法少女になった時、その叶えた願いによって生まれた固有の能力。

まぁ、武器にならない日常で使うようなささやかな魔法くらいなら使えるんだけど。だから、正直槍だの銃だの剣だのっていう、それぞれに癖のあるこの武器を使いこなすのには相当の努力と苦労をした。召喚できる武器の扱いを、魔法少女になったからって突然達人レベルで使いこなせるわけじゃない。武器は武器として出せるって言うだけで、それを使いこなす為には使い手の努力が必要になる。

そしてその努力や経験じゃ足りない所を、魔力によって独自に補正して行く。その魔力による補正があるからこそ、私達魔法少女はその召喚した武器をはじめての戦闘ででも扱えるし、その魔力を上手く使える才能ある魔法少女はより強く上手に戦える。

だからこの武器と、そして魔力をそれなりに使いこなせるようになった今となっては、このあれもこれもの力が心強い能力になったわけだけど。・・・だけどどれも実際にきちんと学んだ訳じゃないから、その道をしっかりと学んだ人から見れば滅茶苦茶だろうな、とは思う。

でも、例えそうでも仕方が無い。私はもう、これ以上この武器のレパートリーを増やす事は出来ないから。

「私にはもう、これだけだから。」

囁いて。けれどそれを聞き取れなかったらしいラビくんが「なん?」って声をかけたけれど、それにはまたにこりと笑むだけの返答しか返さなかった。         そう、これだけ。この世界に、魔法少女はもういない。だから私は、この今召喚できるこの武器だけで戦うしかない。そして、もう私にはそれで充分だった。


魔法少女も、魔女もいない世界。私が望んだ筈の、その世界。けれど魔法少女として生まれてしまった私にとっては、それらの無い世界は不毛の地でしか無かった。そうしてただ死ぬだけだった筈の私にとって、けれどAKUMAが落とすグリーフシード。その存在だけが救いだなんて、それはなんて皮肉だろう。
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