深夜の空中カクテル
「お待ち致しておりました、エクソシスト様。」

件の大聖堂の入り口の横。そこで私達を見つけた探索部隊の人はそう言うと、す、と胸に手を当てて一礼。簡単に現状を説明してから、私達を中に案内する為に先を歩き始めた。大聖堂の大きな入口を潜って見れば、成る程確かに観光名所になるだけの事があると納得した。何かテーマがあるんだろう、この大聖堂を囲うようにある13枚と、天井にある1枚のステンドグラス。色取り取りの巨大なそれは煌びやかでありながらけれど下品じゃなくて、この聖堂の内装そのものも細かな所にまで装飾が施されていてとても綺麗だった。

だけどそれを眺めるのもそこそこに、私達はとっとと地下へ行く為の関係者通路を歩く。その通路もまた当然のように綺麗なのだけれど。カツン、カツン、カツン。私のヒールが大理石を叩く音と、そしてささやかな会話の音だけが長い廊下を響く。

「中の探索部隊の人とはまだ連絡取り合えてるの?」
「はい。しかし彼等は現在地も、どの道を通って其処まで辿り着いたかも把握していない為、中での合流は難しいかと。」
「イノセンス回収するしかねえってわけか。」
「でもどっちにしろそれ目的で来てるし、そこは問題じゃないんじゃないかな。」

爪に浮かぶ模様をぼんやりと眺めながら言った気の無い私の言葉に、「まーな」って返事をしたラビくんの方もあんまり気が無い感じだ。それを聞きながら「問題なのは此処にイノセンスがあるってバレてて、今まさに此処にAKUMAが向かって来てるって事だよ」と続けて、だけど自分で言った言葉に溜息が洩れた。

正直・・・迷宮ってだけでも相当面倒臭いんだけどな・・・AKUMAまで来られると益々色々掻き回されそうだなあ。一応この中で何日過ごしてもいいように食料とかは    私の盾の中に収納して    持って来たけど、中にいる探索部隊の人達についてはもう何日食べてないのか・・・その所為で憔悴していってるらしから、早く解決した方がいいんだけど。そもそもAKUMAが入ってくるとなると、そのAKUMAに探索部隊の人達が殺される可能性も十分ある。

話を聞いた限りだと、此処のイノセンスもまた来るもの拒まずのイノセンスらしいし。中が迷路になってる以上はどっちが先にイノセンスを取れるかは運次第かもしれない。どっちか片方ならよかったんだけどな。AKUMA自体との戦闘はグリーフシードが集まるからいい。例えばその戦闘に負けたとしたら、それは其処までとして。イノセンスの回収も、仕事だからまぁ仕方がない。だけどそれが両方ってなると相当面倒臭い。

せめてこの怪異の原因が本当にイノセンスの所為である事を願うばかりだ。まぁ、多分本当だろうけど。あーぁ・・・今日は楽できるなーって思ってたんだけどな・・・ケーキ・・・食べれるのかな、ケーキ。
其処まで思ってから、ふ、と息を吐く。そうしてからくるっとおじさんの方を振り返って笑む。にこり。

「だからおじさんも中に入る用がないならとっとと逃げた方がいいかもね。AKUMAが来たらおじさん、殺されちゃうから。」

言えば、瞬間探索部隊の人の顔が青ざめたのが分かった。そんなおじさんにニコリと笑んで、「気を付けてね」なんて言っている内に。廊下の端にひっそりとある長い階段に辿り着く。仄かな蝋燭の光だけが照らすその場所はけれど、もう下の方は蝋燭の管理もしていないのか真っ暗だ。・・・まぁ。降り切ったら迷宮に迷い込んじゃうわけだから、途中まででも管理されてるだけこの教会を管理している人は凄い。聞けば、もう殆どの人は非難させていて、この聖堂の中には本当に数人のそこそこの地位にいる人しかいないみたいだけど。

その廊下を覗きこむ私とラビくんの後ろから、「この階段を下りた先。1番下の段を降りた所がループの開始点となっております」と告げたおじさんの言葉に、ラビくんとチラリと目を合わせ合う。そうして「んじゃ、行くか。」と伸びをして気合を入れた風を見せたラビくんに「うん。」と頷いて、薄暗い長い廊下を降りていく。


「行ってらっしゃいませ。どうぞ、お気を付けて。」


こつん、こつん、こつん。
殆ど光の無い静かな聖堂の中、私達の靴音が奥にまで響く物悲しいような、薄気味悪いような音を聞きながら。私は少しの逡巡の後に、隣を歩くラビくんの服をくいっと引っ張った。それに「なんさ?」って顔を向けてくれたラビくんに、にこっ笑って「地下聖堂って怖いね」って言えば、「怖い?」って首を傾げられた。・・・あれ?怖くないかな?

「だっておばけとか出そうでしょ?」
「・・・行く前にいやな事言わんで。」
「だってAKUMAとかエイリアンだっているんだから、おばけだっているかもしれないもの。」

言いながら。・・・あれ?でもAKUMAって兵器だから別かなあって思ったけど、ラビくんの方が「えっ?!エイリアンなんていんの!!?」って妙に熱の入った喰いつき方をして来たから、まぁいっかって思いなおして「いるよー」って、頭の中にこの世界に来る前に出会った白いエイリアンを思い浮かべる。キュゥべえ・・・アレを可愛いって言う人もいるんだろうけど、私は初めて見た時から何か気持ち悪いって印象を持ったのを覚えてる。なんか・・・うん。気持ち悪い。でもアレをどう言葉で表現したらいいのか分からなくて、取り敢えず、なんとなくの印象だけ、言う。「えーと、」

「なんか白くて目が赤いやつ。」
「うわ・・・な、なんかコエー・・・」

・・・怖い・・・・・・・・・確かにあれはジッと見ると結構怖いかもしれない。一見無害に見える所が余計に。後基本瞬きしないのが気持ち悪い。・・・あぁいや、怖い所だっけ。うーん・・・いいや。どうせもう二度と会う事のない生き物だし。あ、でも「あれ殺すと同族の死体食べるんだよ」それはリアルにドン引きした。うん、あれは怖いね。言えば、ラビくんが物凄く顔を引き攣らせた。そんなラビくんの様子を見ながら、「だからね」と。そもそもこの話を振った理由を口にしてみる。

「正直地下聖堂って資料読んだ時、ラビくんじゃなくてユウくんが一緒なら物凄く心強いのにって思った。」
「・・・・・・・・・泣いてい?」

正直おばけとかそう言うのはラビくん苦手そうだし、全然頼りにならなそうだから。更に言えば、眼に見えて落ち込んで見せたラビくんは何処まで本気なのか冗談なのかよく分からない。

・・・と。暗い視界の中で、ようやく見えた階段の終りに、何とはなしに「・・・此処か」って呟いたラビくんに、ふらりとその階段の先にある聖堂の中を見渡して見る。明かりすらないその聖堂の中は、だけどこの薄暗い階段を下りる事で大分眼も慣れていたのか一応少しは認識できる。その怪しげな雰囲気にうげって顔をしてるラビくんをチラリと見て、ふと、思い出す。

「そう言えば地下聖堂って棺とか安置されてるんだよね。益々おばけ出てきそうだね。」
「やめてくんない?なぁ、マジでやめてくんない?」
「でもそれより私達がおばけにならないようにしないとねー。」
「・・・なぁ。もしかして俺の事からかってんの?なぁ、からかってる?」

ジトッてした顔で私を反睨みするラビくんに「?何で私がラビくんの事からかううの?」とだけ言ってから、階段の最後のの一段の所まで降りて来た。此処をあと一歩降りたら、その時点で此処から出られなくなる。その事実にちゃんとイノセンス見つけられるのかなーなんて思っている横でラビくんが「どーする?手でも繋いで入る?」なんて言って来たものだから、ぱちり。瞬いた。

「え?ごめん、入っちゃった。」
「・・・ほんっと、肝が据わってるっつーのかなんつーのか。」

そう言うのは降り切る前に言ってよ。そう言えば、「もう少し何か逡巡とか躊躇とかすると思ったんさ!」って怒られた。あぁ、うん。なんかごめんね?軽く謝罪をして、だけどもう迷宮に入ってしまったからにはラビくんから離れるわけにはいかない。多分はぐれたら再開できない気がする。

で。はぐれない為には、と。真っ暗な地下聖堂の壁。そこにある光りの灯っていない灯籠に、す、と手を当てる。そうすればそれを不思議そうに見ていたラビくんも、次の瞬間には「うぉっ?!」って驚愕の声を上げる。私が手を当てた灯籠。それの火が突然灯るのと同時に、この先にもある全ての暗かった筈の灯籠の日が次々に点々と灯ったからだ。

「ちょ、今何したん?!」
「魔法。」
「魔法少女だけにか?!嘘だろ!!?」

明るくなった地下聖堂と、それをした私とを見比べて。眼帯をしていない方の片目を剥いて驚くラビくんに、ちょっとだけ笑った。
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