ペパーミントグリーンに落度はなかった
「うーん・・・」と。困ったように苦笑したラビくんは、腕組みしたまま首を傾げた。そしてその横にいる私の手には、薄紫色の長いリボン。そのリボンの先は、正面の床に突き刺さった刀の柄に巻きついている。そのリボンのたわんだ所を指にくるくる巻きつけたり、伸縮自在のこのリボンを無意味にガムみたいにみょーんと伸ばしたりして遊んでからふ、と息を吐けば、同じタイミングでラビくんも溜息を吐いた。

「こりゃ相当面倒臭い事になってんなー。」
「ヘンゼルとグレーテル作戦失敗だね。」
「綱渡り作戦もな。」

綱渡り作戦、って言うのはまぁつまりヘンゼルとグレーテル作戦の失敗を受けての作戦だった。
まずヘンゼルとグレーテル作戦の結果だけど、あれは開始後すぐに失敗だって分かった。まず最初の剣を床に突き刺して、その剣を目視できる場所で曲がり角を1つ曲がった。そうしてその曲がり角にも剣を突き刺して、最初の道に戻ろうとその曲がり角から最初に剣を刺した場所を振り返って見れば、そこには最初に刺した場所の剣は無くなっていた。私だけだったら剣が無くなったって思う所だったのかもしれないけど、ラビくんが「道が変わってるさ」って言っていたから、道自体が変化しちゃったみたいだ。

それについて何度か検証した結果、この地下聖堂は曲がり角を曲がり切ったその直後に、そこを曲がる前に通っていた道が変化しちゃうってい事が分かった。多分、此処を歩く人が振り返っても視認できなくなった道が変化するって事なんだと思う。だからラビくんの記憶を頼りに元の場所に戻るって言う事も不可能。


そしてそのヘンゼルとグレーテル作戦を受けて考えたのが、綱渡り作戦だ。

こっちの作戦も至ってシンプルで、床に突き刺した刀に私のリボンを巻き付けて、その逆側を私が掴んで進むって言う物。私のリボンは無限に伸び縮みさせる事が出来るから、そのリボンをたどれば先に進んでもそれを辿って元の場所に戻る事が出来るんじゃないかって思って。・・・でも、結果はそれも失敗に終わった。

刀にリボンを巻き付けてからその端を掴んで進む事数分。その刀のある場所から曲がり角を曲がる事2回。私達はその刀の場所に戻ってしまった。それも偶然って言うわけじゃなくて、何度試してもそう。曲がり角を2回曲がると、まるでぐるっと1周道を回ってきたみたいに元の場所に戻る。それを思い出して、取り敢えずリボンを消す。光の粒子になってふ、と消えたそれをぼんやり見つめながら、今回の任務、私とラビくんの意味あんまりなかったかもねーって笑えば、ラビくんの方はほんとになーってがっくり項垂れちゃった。うーん、

「ズルは駄目って事かな?今回のイノセンスは融通利かないねー。」
「ズルってお前な、・・・でも。ズルがダメって事は、正解の道もあるって事でもあるさ。」
「まぁ、迷路だしね。きっと何かあるんだろうねー。」

言って、はぁ。また溜息。目の前で床に突き刺さってる刀の柄を掴んでそこから抜くと、そのままリボンと同じように消した。それをジッと見つめてたラビくんに気付いてにこっと笑ってみれば、ラビくんの方もヘラっと笑み返してくれた。そうしてからガシガシと自分の頭を掻いたラビくんが「因みに食料がどれだけあるって?」って聞いて来たものだがらまた、にこっ。

「一応1カ月分はあるよー。」
「いやいやいや!ちょ、おまっ!シレッと嘘吐くな!どう見ても手ぶらだろーが!!」
「いやだな、ラビくん。私は魔法少女だよ?四次元ポケットくらい持ってるよ。」
「いやなんさそれ・・・」

お前が食糧持って来るっつーから俺手ぶらで来たんだぞー・・・って、ジト目で言われちゃって、私の方もそれは遺憾だよ!って、ぷりぷり怒ってみせる。そうして左腕の盾の内側。そこからぬ、と。明らかにこの盾の体積には合わない質量の麻袋を取りだした。それにぎょっとしたのはラビくんで、「ちょっ、えッ!はあ?!!」って、私と盾と麻袋を交互に見ては、だけど何かを言いたげに口を開け閉めさせてる。それを見て、この盾をラビくんに見やすいように掲げて、言う。

「この盾の中、無限に物を収納できるの。」
「・・・」
「あ、入れた食べ物は腐らないから安心してね。」
「・・・・・・・・・」
「凄い顔だね。」
「・・・・・・いや・・・魔法少女って、何でもありさね。」
「えぇ?そうでもないよー。」

言いながら、とっとと麻袋を盾の中に仕舞った。そのさなかに「因みにそれって重くねーの?」って聞いて来たものだから、「じゃぁ私の事だっこして見る?」って笑った。そうしたら以外にもラビくんは私の脇に両手を入れてひょいって、・・・それはもう簡単にひょいっと上に持ち上げた。・・・「本当に持ち上げるとは思わなかったよ。」「いや、何でも試してみたい性質なんさ。」との事。でも取り敢えず盾の中に入れた物の重さが私にかからないって事を納得したらしいラビくんに降ろしてもらいながら、言う。「でもね、」

「寧ろ色々融通利かない事もあって不自由もあるんだよー。」
「へぇー・・・例えば?」
「最たるものがこの服だね。」
「あぁ・・・変身?可愛くっていーと思うけど?」

なんて。シレッと言ったラビくんの事は無視して「でも私達は1か月平気でも、探索部隊の人達は間違いなく死んじゃうねー」って話題を切り替えた。それにラビくんの方は微妙な顔したけど、それも無視した。そもそも、探索部隊の人達ってどのくらいの食料とかって中に入ったんだろう。一応、探索部隊の人達の安全を考え一刻も早い解決を、っていう任務だったけど・・それに、この街にAKUMAが来てるってことも考えれば、なんにせよ急いだ方がいいって事に変わりはないか。

「それに、私も1か月もこんな所痛くないし。」
「だな。俺だってこんなおっかねー所に1か月もいたくないさ。」

それを聞いて、ラビくんの左手を取った。それに不思議そうな顔をしたラビくんに笑いかけて、その手首につ、と人差し指をあてて撫でる。・・・じゃぁ、取り敢えず。

「・・・・・・・・・なんさ、これ。」
「運命の紫の糸だよ。」
「語呂悪いな。」

私が人差し指をあてたラビくんの手首。そこにやんわりと巻き付くように紫色のリボンが現れて、そこから伸びるリボンが私の右手首にも巻かれているのに怪訝に眉を寄せたラビくんに告げれば呆れたように返された。でも結び目すらなく手首に巻き付いたそのリボンを不思議そうに引っ張ったり、私の手首に巻かれたリボンに触れたりしてるラビくんに言う。

「だってずっと手繋いで歩く訳にもいかないでしょ?なんだかAKUMAも来そうだし、何かあってはぐれた後じゃ遅いから。」
「いや、でもこれ・・・邪魔だろ。」

言われた言葉に、「大丈夫だよ。」と即答する。そう、大丈夫。このリボンは伸縮自在で何処まででも永遠に伸び続ける上に、重さも無い。その上私の魔法で何かに絡まるって事も無いようにしてあるから、仮に戦闘になっても武器に絡まる事はないし、戦闘中は鬱陶しくならないように目視も難しいくらい細くなる。でも、私かラビくんが意図的にこれを引っ張った時には、お互いのリボンが引っ張れるようになってる。だから、「何かあったら引っ張ってね。」そう、このリボンに付いて説明すれば今度は失笑されちゃった。

「ほんっとお前のイノセンスって便利だな。」
「魔法少女だからね。」
「・・・さっきの明かりも魔法なん?」
「そうだよー。」

頷きながら、本当にラビくん・・・私のイノセンス・・・いや、ソウルジェムに興味深々だなって改めて思う。本人は何気ない会話から色々聞きだそうとしてるんだろうなあ。だけど、こんな会話の中からソウルジェムの核心に触れるような事を聞きだす事は不可能だ。元々イノセンスなんて言う物は不可解な所が多いものな上、私は例え口が滑ったってソウルジェムの核心に付いて話したりはしないから。ラビくんが探っているこの根本にあるものが純粋な興味なのか、教団か何かの為に探りを入れてるのかは分からないけど・・・本当に、何気ない会話を装えてる所が油断ならない。

それを思って嘆息しようとした、その時。「でも聞けば聞く程便利な能力だなー。俺のイノセンスも魔法使えるようになんねーかなー。」なんて。ラビくんがぼんやり零した。
きっと。なんとはなしに言った、言葉だったんだろう。だけど、私はそれに、頷いてはあげられなかった。いつもみたいに、羨ましいでしょー、とかって。そう言うのがきっと正解だったけど。だけど、「使えない方がいいよ」そう、言った。

「魔法なんて、使えない方がいいよ。」

その私の言葉をラビくんがどう捉えたのかは、分からない。だけど、それでも。私には、どうしても頷く事は出来なかった。
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