憂鬱の不在の隙に
「こいつアウトォォオオ!!!」

びくっ!!突如部屋に響いたその音に身体を揺らして、そこを見ても騒音の理由なんて分かるわけがないのに、思わず音源であるスピーカーを仰ぎ見てしまった。そうして数回瞬きを繰り返して、だけど直ぐに鼻をくすぐるアップルティーの香りに今の騒音の事は忘れる事に決めた。本当に緊急なら直ぐに招集がかかる筈だし、それがないって事はそんな危険性はないって言う事だろう。それに今日はリナリーさんがいるし、何よりさっきユウくんも戻ってきたから、慌てて私が出ていく必要も無い筈だもの。思って1度息を吐いてから、私はこの私にあてがわれた教団内の部屋で、再びゆったりとティーカップに口を付けた。

7月ももう終わる今日この頃。私がこの教団に入って、間もなく1年が経つ。

まぁ、1年経ったからと言って何が変わる訳でもなく。イノセンスを探したりAKUMAを破壊したりする日常をなんとなく過ごす日々は、それでも今までただグリーフシードを探しながらぼんやり生活をしていた時よりは早く時間が過ぎているような感覚もある。そして今日もこの部屋での一服を終えれば、また任務に国外まで向かう手筈になってる。

その昨日確認された任務の内容を頭の中でぼんやりと反復しながら、ティーカップに入ったアップルティーを口に含んでフォークを動かした。ふわふわとやわらかい、久しぶりに食べた日本式の苺のショートケーキ。アメリカ式もフランス式も美味しいけど、やっぱり私はこの口にも眼にも馴染んだ真っ白いショートケーキが1番好きだなあって染み染み思いながら、その最後の一口をフォークで突き刺して口に運んだ。とろけるみたいに柔らかくて甘いそれに幸せを噛み締めて。そしてまた最後の一口になった紅茶を飲み込んでから立ち上がると、ティーセットだけシンクに入れてざっと洗い、ケーキを乗せていたお皿とフォークを持って部屋を出て食堂に向かう。



「ジェリーさん。」
「あらん?ちゃんまだ中にいたの?てっきりさっきので外に行ったのかと思ったけど、」
「エクソシストが私だけだったら行ったと思いますけど、今日はこういうの大好きなユウくんがいたから別にいかなって。」
「ま、それもそうね。」

さっきの門番くんの声。あれはつまり、この教団に誰かが訪れて来たって言う事なんだろう。だけど黒の教団を訪れてくる人なんて、教団に関わりのある人か、教団を狙ってくる千年伯爵サイドのAKUMAとかしかいないから、それを判別する為に門番くんはいるんだけど・・・あれだけ大騒ぎしてたって事は、きっとさっき訪れて来ただろう人はAKUMAって判定をされたんだろう。そうしたら普通はエクソシストの人がその場所に急行しないといけないんだけど、今日はきっと神田くんが真っ先にそこに向かった筈だから、私はのんびりとお茶とケーキの続きを楽しんでいたわけだ。

それを示唆して言った言葉に納得したように声を上げたジェリーさんに食器類を全部渡し終えてから、だけど「でも、これから行ってみようかなって思って」と笑んだ私に、ジェリーさんが不思議そうな顔をした。まあ、実際私がわざわざ行かなくても、ユウくんなら1人で片付けちゃうんだけど。・・・でも、今回は片付けられちゃうとまずいような気がして。

「さっき門番さんはアウトって言ってたけど、それ、AKUMAじゃないみたいだから。」

実際にその訪問して来た人を見た訳でも、事前に来るって言う事を知っていた訳でもない。だけど確かな確信を持って言った私の言葉に「あら、そうなの?」と、何の疑いも無く言ったジェリーさんにニコリと笑みを返しておいた。それじゃあ、

「ショートケーキご馳走さまです。わざわざ作ってくれてありがとうございました。」
「んふ♥ 可愛いちゃんからのお願いなら何だって叶えてあげちゃうわよん!」

と。しっかりと私の為に特注してくれた日本式のショートケーキを作ってくれた事のお礼を再び伝えてから、「それじゃぁもう行きますね」と踵を返す。本当にそろそろ行っておかないと、お客さんがユウくんの刀の錆になっちゃいそうだものね。思いながらコツ、とヒールを鳴らした時。少し慌てたように「あ、待って待って!」と呼びとめられて「はい?」と振り返れば、やわらかい笑みを向けられた。

ちゃんこの後任務なんでしょ?気を付けてね。行ってらっしゃい。」

言われた言葉に、瞬いた。・・・確かにこれから私は任務で、ユウくんを止めた後で直ぐに任務地に出発するつもりだったけど・・・思って、「・・・はい、」と答えた声は、小さかった。何だか少し照れくさいような、でも確かに嬉しいと感じられる。優しく笑んで、帰って来てねと手を振られて、そんなジェリーさんに、私もまた小さく手を振った。

「それじゃあ。」

今までずっと、ひとりぼっちで戦ってきた。誰にも弱音を吐けず、誰とも助けあえず、ずっとひとりで。けれど此処に来てから、こうして行ってらっしゃいと、そして帰ってくればおかえりなさいを言ってくれる。そう言う場所がある。たったそれだけの事の尊さを、私は知っていた。


私はきっといつか、この場所すら、切り捨ててしまうけど。


ひたり。思ったそれを飲み込んで、コツン、コツン。固い教団の床を踏み鳴らした。
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