不実の種まき
宿のベッドにごろんと転がり頬にシーツの柔らかさを感じながら、枕の上に無造作に置かれたソウルジェムをぼんやりと見つめる。その薄紫色の光を暫く眺めてから、左手をその前に落として指輪に変えた。そうしてその中指の爪に浮かぶ模様を見つめていた時、不意にこの部屋の扉が開いた。それに視線だけをそっちに向けたら、私を見て数秒してから眉を寄せて見せたユウくんがいた。それに何かと思ったけど、もしかしたらスカートのまま布団でごろごろしてたからパンツでも見えてるのかなって思い至って仕方なく起きあがる。そうしてスカートを直してベッドに座ってから、・・・ん?と首を傾げる。

「?あれ?お兄さんもう動けるの?怪我は?」
「治った。」
「いやいやいや。」

あの怪我が高が3日で治るわけないよ。ユウくん3日と3週間勘違いしてるんじゃないかな。そう思って言った言葉に「煩ェ」って返したお兄さんは、扉を閉めてからその扉に背を預けて私の事をジロジロ見て眉を寄せた。

「お前こそあの気色悪ぃ腕は治ったのかよ?」

多分・・・包帯の1つも巻かずにベッドでごろごろしてたから問われた言葉なんだろうけど、そのあんまりの言いように「それは・・・酷いんじゃないかな」って私も負けずに眉を寄せてみたけど、直ぐに「知るか」の一言に一蹴されちゃった。それにいやでも「女の子の腕を普通気色悪いとか思っても言うかなあ」って独りごちる私にも構う事無く「で?」って、また強い語調で問われたものだから嘆息する。

「治った。」
「はァ?」

私の返答が大層お気に召さなかったらしく、ユウくんは「あの腕が高が3日で治る訳ねェだろ」って不満顔だ。その言葉をユウくんにも返してあげたいよ、って思いつつ。でもそれは口に出さずに服を捲くって、ユウくん曰く『気色悪かった』腕を見せた。それを見て目を見開いたユウくんを見て、少し演技がかった口調でもって言う。

「私は魔法少女だからね。魔法の力でちちんぷいぷいだよ。」
「ブン殴るぞ。」
「えぇー?冗談言ってるんじゃないのにー」

私、割と本当の事言ってるんだけどな。皆あんまり信じてくれないよなー・・・まぁ、本気で信じてくれないような言い方してる私も悪いんだろうけど。まぁ、別段信じて欲しい訳でもないから別にいいけど。思いながら、ベッドの外に足を放り出してぶらぶらと揺らす。「まぁ、」

「回復の速度に限度はあるけど。それでも普通の人よりは圧倒的に早く治るよ。」
「・・・お前・・・それコムイに言ったか?」
「?言わないよ?聞かれてもいないし。」

言われた言葉に首を傾げれば、盛大に嘆息されちゃったけど。でも「ま、別に俺はどうでも良いけどな」って言われたから、じゃぁいっかって私も思う事にする。まぁ、「別に隠してる訳でも気付かれて困る訳でもないけど、一々全部説明するのも面倒くさいし」そう、それに限るのだ。それに私、この程度の事なら困らないけど、今後の事を考えたらあんまりソウルジェムとか私の力とか詳しく知られたくないし。そんな事を思いながらも言った私に呆れたような顔を作ったお兄さんは1度息を吐いた。

「まぁいい。その様子ならもう動けんだろ?とっとと戻るぞ。」
「はぁーい。直ぐ出るの?」
「出られんならな。」

それだけ言って、とっとと廊下に出て行ったユウくんの後を追う。元々荷物なんて持って来てないようなものだし、必要な物なら全部あの盾の中に入ってる。あの・・・戦っていた時とは違う服。最初に着ていた団服のスカートをひらひらと揺らして、コツ、コツ、コツ。宿の廊下を踏み鳴らし、冷たい風の吹き荒ぶ外へ出る。


外を歩いて、だけどその際に横切った・・・明らかに人為的に、でも人がやったとは思えない壊れた建物や地面。それに視線を向けて、私に遠慮する事無く早足で前を歩くユウくんに声を投げる。

「ねぇねぇ。壊れた街とかってどうするの?放っておいていいの?」
「壊れた街の修繕は俺達と入れ替わりで、教団の人間が派遣されてくる手筈になってる。」
「ふーん。」

でも壊れた街は直せても、洞窟の水晶は直せないだろう。あれはイノセンスによって起こっていた"現象"だ。それを戻す事はどうやったって不可能だ。もう此処は水晶の街じゃなくなるだろう。水晶で栄えた街は、きっとこれから衰えていくだろう。その保証を教団がするのかどうかは知らないけど、私には関係の無い事だ。それに、

「同情するなよ。」
「なにに?」
「この街の連中にだ。」

思考の最中に言われた言葉に、ぱちり。瞬いて。そんな私に1度顔だけを振りかえらせて、けれど直ぐに前を向いて歩きだしたユウくんは、相変わらず平坦に鋭い声のまま続ける。

「俺達は俺達の目的を達した。高々この小さい街の人間の生活と世界。比べるまでもなく優先順位は決まってる。」
「あはは、そんなの言われなくっても分かってるよ。」

笑って言えば、ハッて鼻で笑われる。「ホントに優秀すぎて可愛げがねえな」なんて言葉も一緒に投げられたけど、別にユウくんだって可愛い後輩が欲しい訳じゃないだろう。・・・っていうか、寧ろこうやって割り切った答えが返ってくる方がストレスにもならなくて良いくらい考えてそうだ。

      そう、初めから分かってた事で。初めから同情も憐れみも、まして罪悪感も持っていなかった事だ。

それに、水晶が取れなくなった所で、この街の人達が即座に死に絶えるって事でもない。徐々にこの街は衰退していくだろうけど、ただ、それだけの事だ。もし仮にイノセンスを回収したら街の人が全員死に絶えるって条件があったとしても、それでも教団はそれを強行するだろう。それを考えれば、まだこの街には運があったすら言える。・・・そう。生きている限りは、どうとでもなる。どうにもならないなら、それまでだもの。

「俺はこのまま次の任務に向かう。お前はイノセンスを持ってそのまま教団に帰れよ。」
「やだな、別に寄り道なんてしないよ。」

とはいっても、この田舎に来るような汽車だ。もっと栄えた場所までは一緒の汽車で行くんだろう。そのユウくんの・・・本当に怪我、治ってそうだな、って。そう思わずにはいられない程に違和感なく前を歩く背中をぼんやりと眺めながら、ぽつり。声を零す。「おにーさん、」

「ありがとう。」

言った私に振り返ったユウくんに、にこっと笑む。そんな私に思いっ切り眉を寄せたユウくんは、うんざりと溜息を吐いてから。けれど「何の事だ」と言って歩き出した。やっぱりユウくんは優しいなぁ。小さく呟いた声はきっと彼にも届いていたけれど、それでもユウくんは気付かない振りをして歩いて行った。そのユウくんの後ろを歩きながら、思う。


私は何度でも、繰り返すだろう。

今回感じた後悔に嘘偽りは何も無いけれど。この後悔がどういった理由の、どういうものか、正しく理解しているけれど。それでも、私は同じ事があれば、また何度でも繰り返すだろう。進化しそうなAKUMAがいれば逃がすし、他の命より私の目的を優先させる。教団に自分の能力の全てを話す事もなければ、きっと教団にとっても・・・いや、世界にとってすらも重要な"魔法少女の秘密"についても一切話さない。そして同じ後悔を繰り返しても、私は私の奇跡の為に、私の為に、何度だって繰り返す。

今回感じた罪悪感も、これから感じる罪悪感も、いつか風化するだろう。そうしてそれらを繰り返す内に、その感じる罪悪感すら、薄れていくだろう。・・・あぁ、全く。なんて、人で無しなんだろう。思った思考を鼻で笑う。

人で無し?何を、今更。まだ人間でいるつもりなの?・・・と。



さら。頬を撫ぜた風は、こんな私にも等しく柔らかく。この冷たい季節には信じられない位、皮肉な程に温かなものだった。
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