もっとうまく歩いて行けるようになりたかった
何処まで続くのかも分からない崖を跳び降り、落下を続けながら。ソウルジェムを意図的に明るく灯らせて、底に辿り着くのを今か今かと待ちわびながら。けれどその思考の大半はユウくん、流石にもう死んじゃったかなあっていう考えが占めていれば、自然と気分も沈んだ。

あの後。私の砲撃で洞窟中に轟音を響かせてAKUMAを破壊した後。当然のように身体に無理な負荷を与えて戦っていたユウくんは、その場に倒れ伏した。そんなユウくんに慌てて駆け寄ったけど、もう息も絶え絶えな状態で「俺は良いからとっととイノセンス回収して来いグズ!」ってまた怒られて、後ろ髪を引かれる思いで彼を放置して崖から落ちた訳だけど。・・・流石に、死んじゃったよね。思えば、自然と目頭が熱くなったような気がしたのを振り払った所で、ようやく崖の底を視認出来た。それに胸元のリボンを引き抜いて地面に向けて広げ、それをクッション代わりにして崖の底に降り立った。

そうして一旦ソウルジェムの明かりを消してから、ただただ暗闇だけが続く辺りを見渡した。そうすれば、微かに感じる魔力。それにその魔力の方に目を凝らせば、微かにだけどぼんやりと光りを放っている場所を見つけた。それがきっとイノセンスなんだろうと思って、再びソウルジェムの明かりを灯してそこへ向かう。カツン、カツン。ヒールの底が地面を叩く音だけが響く中、ようやくずっと求めていたそれを手に取った。

光りに翳して見れば尚分かる。それは本当にささやかに小さく、そこにあるだけじゃ何の意味も力ももたない、只の小さい水晶だった。こんなちっぽけな物の為に戦争にまでなるんだから、本当に馬鹿みたいだと心底思う。こんな物を奪い合う為だけに戦うなんて、本当に馬鹿げてる。こんな物の為に、命を懸けるなんて。・・・まぁ、私には関係ないんだけど。

でも、これでようやくイノセンスを回収した。イノセンス(私の場合はソウルジェム)を持つ者がこれを回収すれば、この洞窟を覆う結界も無くなる筈だって言う仮説があってるなら、ようやく私達は此処から出られる(かもしれない)。

それを盾の中に入れて、踵を返してソウルジェムを翳す。

広範囲に光りを広げて辺りを見渡して見ても、何処にもアルバさんの亡き骸は見当たらなかった。・・・あの時。落ちる最中にAKUMAが彼の身体を爆破させてしまったから、亡き骸も残っていないかもしれないとは思ったけれど。ふ、と。息を吐いて、そうして首に巻かれたマフラーを外す。左手でそれを掴み、右手の指先でマフラーの先端を掴んだ。そうして、

ボッ、と。魔法の力で右手からささやかな炎を生み出して、マフラーに火を灯した。

マフラーの先から、全体へ広がり炎の筋を作るそれをじっと見下ろす。これを掴む右手にまで炎が伸びて、手に触れる。もう、この熱さすら感じない身体は、やっぱりどう考えても人とは違う。ぼろ、ぼろ。最初に火を灯したマフラーの先端がやがて消し炭になって崩れ落ちる。燃え盛る炎も、このマフラーが消えてしまえば岩しかないこの洞窟の底では間もなく消えてしまうだろう。手の平から、燃え盛るマフラーだったものが、落ちる。それを見下ろして、ヒールを鳴らす。「・・・さよなら。」私もこんな風に消えられたら。ひたり。ついさっき亡くなってしまった人の死を羨む私は、どうあっても人になんてなれないんだろう。






「終わったか。」

ぱち、ぱちぱち。無事にイノセンスを回収して崖を上ってみれば、瓦礫を背凭れに座るユウくんに言われた言葉に瞬いた。瞬いて、首を傾げる。「え、お兄さん?生きてたの?幽霊?」問えば、「魔法少女ってのは幽霊まで見えんのかよ。」なんて舌打ちと一緒に返されちゃったけど。だからカツカツとユウくんの方に歩きながら「ううん、今初めて見た」って言って、その目の前にしゃがんでマジマジとユウくんの顔を見て、ぺたぺたとその身体や顔に触れた(直ぐに「鬱陶しい」って振り払われた)。

「なんで生きてるの?絶対死んじゃったと思ったよ。」
「うるせェ。死んでた方が良かったのかよ?」
「ううん、よかった。」

呟いて、でも。視線を落としてから、その数秒後に再び「・・・よかったよ」って漏れた声は、あんまりにも情けないものだった。心の底から、ほっとした、みたいな。それに、あぁ、やっぱり全然だめじゃない、私。って、内心失笑してしまったけど。そんな私の目の前で「フン、」と鼻を鳴らしたユウくんを顔を俯かせた侭視線だけを上げてチラリと見てから、苦笑と共に、零す。

「アルバさん、死んじゃった。」
「そうか。」
「うん。でも、AKUMAは破壊したし、イノセンスも回収したよ。偉い?」
「アホか。それが俺達の仕事だろうが。」
「あはは、・・・うん、そうだね。でもちょっとくらい褒めてくれたって・・・・・・い゛ッ

ぎゅむっ、なんて。そんな生易しい効果音じゃない強さでもって右頬を抓られた。それこそ、ギギギ!って軋むような音のしそうな力で。もう戦闘も終わったからと思って怪我をした箇所の痛覚しか遮断していなかったものだから、もろにその痛みを感じて「いひゃひゃいひゃいいひゃ!!」って悲鳴を上げる。そんな私の頬を摘まむ力を留めと言わんばかりにギリリリリ!って摘まみ上げてから手を放したユウくんから、バタバタと座ったまま距離を取って頬を抑える。ひ、ひどい・・・ひどい・・・!涙目になってそう訴えれば、やっぱりユウくんはなんか・・・凄いイラついたような顔で私の事をギラッと睨み据えた。

「ンな不細工な面するくらいなら作んじゃねェ!刻むぞ!」
「ぶ、ぶさいくっ?!自分が美人だからって女の子にそれは酷いんじゃないかな!」
「あァ?!不細工なもん不細工っつって何が悪ぃんだこのブスが!」
「!!!」

ぶ、不細工、ブス・・・!?ひ、酷い。薄気味悪いとか不気味とかは言われてたけど、流石にあんまりだ。今まで長く生きて来たけど、こんな暴言吐かれたのは初めてだ。「ひ、ひどい・・・」あ、あんまりだ・・・!

「布団にもぐってワンワン泣きわめきたいくらい悲しくなってきたよ!」
「勝手に泣いてろ!」
「酷い!」
「泣きたいなら勝手に泣けばいいだろうが!」
「最初に泣き喚いたら殴るって言った人が何言ってるの!」
「今なら誰もいねェんだから問題ねェって言ってんだよ!!」
「は、」
「誰もいない内にとっとと泣いちまえ!」

怒鳴られた言葉の意味が理解できずに、脳内で何とか噛み砕こうとしている間にも、ユウくんは私から視線を逸らしたまま、言う。「過ぎた事をいつまでもウジウジ考えて泣くような奴は大嫌いだが・・・全部諦めたような顔して、その実なんにも捨て切れねェでズルズル引き摺って忘れようとしてるような奴はもっと嫌いだ。」吐き捨てるように言っているのに、その実これは、私を気遣っての言葉、だ。それを理解してしまえば、目尻が熱くなって、ユウくんがそっぽを『向いてくれている』事実に、咄嗟に俯いた。「そっ、」

「そしたら私、きっとユウくんの1番嫌いなタイプだよ。」
「街に入る前に言っただろうが。お前の事は別に、嫌いじゃねェよ。」

ひどい・・・ほんとう、ユウくんは酷い。こんな、・・・泣かせるような事、言うなんて。それでも、それでもこんな私が流せる涙なんて、何処にもない。そもそも、人前で泣くなんて私の中ではとんでもない事だもん。一人で泣くならまだしも、こんな・・・いくらわざと後ろ向いてくれてるからって、ユウくんの目の前で泣くなんて、したくないのに。

「女の子が弱ってる時に優しい事言うなんて、狡いよ。」
「は?」
「女の子ってそう言う事されると、優しくしてくれた男の人の事好きになっちゃうんだよ。」
「迷惑だ。」
「自意識過剰だよ。」

私の言葉に「お前な・・・」って、呆れたように声を漏らすユウくんは、だけど私の方を振り返る事は無かった。その優しさにまた、じわり。込み上げるそれを、必死にこぼれおちないように堪える。「だって、」こんな、馬鹿な私に、こんな、酷い私に、こんな・・・「だって私、女の子なんかじゃないもの。」ともすれば震えそうな声を必死に抑えて、だけどその声すら本当に惨めで、益々もって、込み上げる。


女の子なんて・・・そんな、人みたいなものじゃない。
とっくに私、人じゃないもの。

只でさえ常人より早い魔法少女の回復力が、私の『持っている』能力のひとつである強力な治癒能力で益々増している。所か、私は通常なら死んでしまうような、重要な器官を損傷したり、大量に出血した場合だって致命傷にもならない。痛覚だって、ソウルジェムで遮断しなくたって、元々緩和されるようになってる。だからショック死すらあり得ない。
アルバさんに刺された、ほんのささやかな、刺し傷。手の平にあった筈のあの小さな傷は、今はもう跡形もない。

「・・・痛いままなら、いいのに。」

ぽつり。囁いた言葉は、洞窟の中に響く事すらなく溶けて消える。
その私の声を拾ったユウくんが、平坦な。・・・けれど確かな力強さをもった声で、言う。

「痛みは、いずれ消える。痕もいつか消えて無くなる。それでも、そこに傷が出来た事は変わらない事実だ。」

手を差し伸べる事はしない。ただ、背を向けてくれるだけ。優しい言葉を、かけてくれる訳でもない。
それでも。ただそれだけの優しさが、溢れだそうとするそれを後押しする。

「だから、俺等生きてる奴は進み続けるしかない。」

ユウくんは、強い。地に足を付いた強さが、彼にはある。
私には無い・・・こんな、上辺だけの力しか無い私には考えられない、強さ。



「後悔があるなら立ち止まるな。その他大勢の犠牲の上に、俺達は生き残ったんだ。」



ビリッ。
後ろにいるガキの声を聞きながら。だが不意に後ろから聞こえた何か・・・ビニールか何かを破くような音に、(あん?)と、振り返りそうになったのを押し留める。全く何で俺がこんな気ぃ回してんだなんて内心毒付きながら。それでも真実努力して、強くあろうとしてる奴に無意味な追い打ちをかける程俺は鬼畜じゃねェ。だが、俺がこんだけ言ってやってんのに未だに泣こうとしないコイツの強情さにはいっそ清々しさすら感じるが。だが正直、泣けよ。とは思うが。そんな俺の考えてる事なんて知りやしねェコイツは、だが不意に「ふ、はは」と、笑い声を漏らした。

「なんだかなあ、この飴、凄いしょっぱい。」
「は?」
「来る時は甘かったんだけどな、袋間違えて出荷したんじゃないのかな。」
「お前な、一体何言っ・・」

笑ってんのかよ。呆れて振り返ってみて、眼を、見開く。泣き声は、もっと、弱々しいものかと思った。もっとか細く震えて、涙のように情けなく落ちるものだと。なのに、今目の前にいるコイツの顔に、再び顔を逸らして呟いた。「とっとと噛み砕いちまえ。」

「何の味もしなくなったら、とっととこの胸糞悪い洞窟抜けて宿に向かう。」
「・・・うん・・・っ」

ぽろ、ぽろ。そっと静かに涙を落とすこの女の、押し殺した声すら漏らさないその静かな泣き方。こんな場所にいるんだ。泣き顔晒す奴なんて腐る程見て来たが、それでもこんなに音のしない涙は初めて見た。俺でも分かる程に上手く、そして下手くそな泣き方。・・・正直、こんなガキがこの戦争を戦い抜ける筈がないと思ったが、「認めてやるよ。」

「・・・お前は確かに、エクソシストだ。」

このガキ・・・の落とす涙の音だけを聞きながら。ひやりと冷たい地に手を付いて、天井を見上げた。






「・・・本部に帰ったら、かすべの唐揚げが食べたい。」
「俺は煮付けだな。」
「お兄さん、結構マイナーな料理知ってるね。」
「振ってきたのはテメェだろうが。」

馬鹿みたいに、子供みたいに涙を流す私に気付かない筈も無いのに、全然知らないみたいに振舞ってくれる。そんなユウくんに「お兄さんの男前」と文句を言えば、「褒めんのか貶すのかどっちかにしろ」って文句を言われた。それでも、私のこの言葉意外には文句を言う事も慰める事も、増して手を差し伸べる事すら無い彼の優しさに、今度こそ私は何も言えなかった。
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