死に逝く星に願っても
幸せだった。

オーストリアの奥地で生まれて、両親ともにその土地の人だったのに、どう見ても東洋人の外見をもって生まれた私。そんな私を、それでも気味悪がらずに育ててくれた、優しい両親。前世の記憶を持って生まれてしまった私だけれど、それでも、それでもようやく手に入れる事の出来た普通の普通すぎる日常。私なんかを愛してくれる人達。その当り前の日々を、当り前に過ごして、そうして当り前に死ぬ事が出来るんだ。そう、         当り前に、思って、いたのに。


「どうして・・・」


ぼろり。零れた声はあまりに無様なものだった。胸から溢れる血液。痛みさえ感じない身体。そして、傍らに転がる、穢れを孕んだソウルジェム。この世界で、契約なんてしなかった。インキュベーターと出会いすらしなかった。その、今までと、けれど今あるこの現実に、私は正しく、理解した。・・・自身の事を正しく理解してしまった。

私は、逃れられなかったのだ。
1度の奇跡は、それ程に重い物だったのだ。


今度こそ、絶対幸せになるのだと決めていた。
今度こそ、絶対この人達と一緒に生きるのだと決めていた。なのに、


繰り返す。なんども、なんども・・・同じ人生を、繰り返す。
失っては戦い、戦っては失うばかりの、人生。

私はまた、失った。


              !!!
命なんて、簡単なものだ。

自分が『簡単に死なない』身体になって分かった事は、その事実だった。
人なんて、少し頭を打つだけ、首が折れるだけ、腹を刺されるだけ、臓器を損傷するだけ、毒を飲むだけ。もっと言うなら、風邪を引くだけ、水を飲んだだけでも死んでしまう。そんな呆気ないのが、命っていうものだった。簡単に手折れてしまう物が、命だった。

私自身が失った、その当り前の、紙きれみたいな命の厚み。それが今、すりぬけて行った・・・いや。すりぬかせてくれた、あの、熱。たった今、失われた。つい数瞬前まで生きていた熱が、弾けて、消えた。いや、死んだ。私の所為じゃない、そう言い残して。私を責める言葉なんて、いくらでもあった筈なのに。



私はまだ、大人になりきれていない、子供だった。それを正しく、私は理解していた。
3度目の人生。そのただ1度ですら、大人になれた試しなんて無かった。だからなのか、それともただ私が未熟なだけなのか。それは、分からないけれど。でも、・・・でも私は、あの時。あの喫茶店で、彼に頭を撫でられた時。あの時に感じた確かな感情。それに気付かない程、子供でもなかった。

あの時感じた感情は、確かな、郷愁、哀愁。そして、羨望。

いつだったかにあった筈の、ある筈だったものたち。
1度目は無条件に、2度目は長い時間の末に、3度目は念願叶って。けれど、どれも失った。      1度目のものは、失った末に自分で握りつぶした。2度目のものは、ようやく手に入ったのに、捨てざるをえなかった。3つ目は私が覚えている限りで初めて自ら受け入れられて、抱きしめられたのに、・・・けれど結局、失った。

何度だって望んで、何度だって失ったそれを、諦め切れる筈なんて無かった。だって私はいつだって、それを夢見ていたのに。



無条件に向けられたあの目に、そうしてあの、正しく"父"の目で私を見る目に、私は間違いなく思い出してしまった。持っていた筈の、もう全部失った、日常。私はあの瞬間、間違いなく彼を重ねて見てしまった。それが違うと直ぐに思ったけれど、それでも、触れた優しさを、忘れられなかった。私自身の記憶と、夢と、彼を重ねた。だから、今回、切り捨てられなかった。本当に、馬鹿・・・もう全部、どうしようもない事だって、分かっていたのに。

・・・あぁ、ダメ、ダメだ。全部、シャットアウト、しないと。もう全部、分かってた事じゃない。

「・・・願いなんて、持つべきじゃない。」

口に出して、言い聞かせる。
そう、持つべきじゃない、持ったらいけない。もう既に、人生を捨ててでも手に入れたい願いを、私は1度叶えたじゃない。そう言う全部を切り捨てて、握りつぶしてでも叶えたい祈りを。それ以上の望みなんて、持つものじゃない。持ったらいけない。また、なんて考えたらいけない。それは絶対に叶えられないものだ。

でないと、終わってしまう。

祈りから始まり、呪いで終わる。それが魔法少女の定めなら、呪いを生む前に全てを諦めるしかない。そのサイクルを覆す事なんて出来ない。条理にそぐわない願いを叶えてしまった限り、私は私自身の祈ったあの祈りを裏切りにする事は出来ない。私はあの願いを、呪いに変えたりなんてしない。私があの祈りによって踏みにじった全てのものを、呪いなんかにしたりしない。その為に・・・ッだからお願い、「諦めてっ」あぁ、本当に・・・うんざりする。

そのたったひとつ、許された幸福に・・・満足できれば、いいのに。


「願いなんてもつべきじゃない。」


もう1度。それを口に出した時には、さっきまでドロリと身体を侵食していた絶望は、その速度を止めた。
言葉にしたそれは、まるで、呪いのようだった。けど、

軽くなった右手を、左腕に伸ばす。脱臼程度の傷なら、直ぐにでも治る。この人とはかけ離れた魔法少女の身体に、更に私の回復力は人一倍早い。"そう言う力"を、私は持っている。傷はもう次期治る。痛みは遮断した。。この力(・・・)も、アルバさんがいなくなった今、上手に生かせる。

ヒヒャヒャヒャヒャヒャ!!死ネェェエエエエエ!!!!
ドドドドドドド!!!!

AKUMAの高笑い。そして頭上から無数に放たれる血の弾丸。
それを視界の端に移しながら。足元に魔法陣を作り、そうして左腕の盾に、今度は迷わず手をかけた。直後。全てが、止まる。



カチッ。
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