ほどいた荷物が馴染まない
失敗した。そう気付いたのは、幾重にも多節させた槍でAKUMAに打撃を与えて吹っ飛ばした時だった。

さっき爆発したユウくんの横腹。あそこは確か、最初にこの中でAKUMAに触られていた場所だった。あのAKUMAは今目の前にいるAKUMAとは違うAKUMAだからと思って気にしていなかったけど、このAKUMAと最初に倒したAKUMA。この2体は同じ夫婦の子供たちじゃないかって最初に思ったじゃない。AKUMAに兄弟とかそういう設定が適用されるのかどうか詳しい事は分からないけど、それでも同じ場所に置いておいたって事に意味があるって考えるべきだった。

多分、このAKUMAと最初のAKUMAは同じ能力を持ってる。その能力はもう間違いなく、触れた肉体を爆発させるって言うものだろう。今まで岩とか、散々触れて来たこの槍を爆発させて来なかった事。そして私の所にあの生きた探索部隊の人を差し向けて来た事を考えれば、多分、爆発させられる物は生きた肉体、って事なんだと思う。

ただ、さっきのユウくんの爆発の規模・・・私が腕の爆発と大体同じくらいの大きさだった。それに比べて、あの時爆発した探索部隊の人の爆発の大きさ。あの探索部隊の人は、それこそ身体が木端微塵になる程の規模だったのと鑑みれば・・・あまりに小さすぎる。だからこれも憶測の域を出ないけど、多分、触れている時間か触れた面積、あるいは触れた回数に比例して大きくなるんだと思う。

だから最初に一瞬だけ触れたユウくんの爆発は、それほど大きいものでもなかった。とは言っても、腕とかならともかく、お腹なんて爆発した日には確実に死んじゃうだろう。ユウくんの事は残念だけど、仕方ない。まだ生きてるにしても、もう助からないって前提で居た方がいい。それでも急げば助かるかもしれないし、取り敢えず何とか手早く終わらせる努力はしよう。それでもこれからこのAKUMAを捕まえてイノセンスの場所を聞き出してからこのAKUMAを破壊するまでを自分1人でやらないといけないんだって思うとうんざりした。

だけど、まぁLv.2でよかったって内心ほっとしながら、横の崖との位置を確認して、立ち上がって再び私の方に向かって来たAKUMAに槍を構えた。・・・けど、「?!」AKUMAが、私を素通りしてその後ろへ向かって行った。それに何かと思って慌てて後ろを振り返ればバン!と言う破裂音と、「が、ぁぁああああああ!!」アルバさんの、悲鳴。見れば、アルバさんが右半身が焼け爛れた状態でAKUMAにお腹を鷲掴まれて捉えられていた。

それに、そう言えば、と、思い出す。あの時。探索部隊の人の死体を見つけたあの場所でAKUMAと交戦していた時。アルバさんは私の事を庇ってAKUMAに突き飛ばされていた。その時触れられたか所は左半身のあの大部分だったって事だったんだろう。

ただユウくんと違って爆発したのは腕や足で、お腹とか致命的になりそうな部分じゃないからまだ意識はないみたいけど・・・でもあの爆発の規模を見て、さっきの仮定した触れた面積が爆発力に比例するっていうのは間違いだって事を知る。でもそれを考えている傍らで、それでもあまりに痛々しい焼け跡に顔を歪めそうになって、でもそれどころじゃない。

鷲掴まれている、お腹・・・流石にあそこを爆発させられたら、死ぬ。

直ぐに医者に診せられれば別かもしれないけど、出来るの・・・?アルバさんが爆発させられた後、直ぐにあのAKUMAを捕まえてイノセンスの場所を聞き出してAKUMAを破壊して、医者の元まで連れて行く。・・・多分、爆発を免れる事は出来ない。AKUMAを生け捕りにする過程を飛ばせば可能かもしれないけど、でもそしたら多分この洞窟の中から抜け出せない。そうすればユウくんが助からないし、最悪アルバさんが餓死する。

だめ、だ・・・諦め、ないと。アルバさんの命を、諦め、ないと、・・・あき、らめ      「余所事なンて余裕ダね」


ハ、と。気付いた時には、眼前に迫るもの。それがアルバさんだって気付いた時には、私の身体は投げ付けられたそのアルバさんの身体によって地面から投げ出されていた。だけど私が飛ばされている方向が崖の方だって気付いた時、私がギリと奥歯を噛み締めて、飛ばされながらもAKUMAに無数に出現させたマスケット銃の銃口を向けて、放つ。

ドドドドドドドドド!!!
全ての銃の雷管を叩くサイドハンマーが銃弾を弾きだす音と、そしてAKUMAの悲鳴き聞きながら。崖の下へ投げ出された身体を捻って左手で槍の先を崖の岩壁に突き刺す。そうして逆の・・・未だ完治には及んでいない右手でアルバさんの左腕を掴む。だけど流石に勢い良く落ちてる成人男性の身体を右手だけで掴むのには無理があったみたいで、両肩の関節が嫌な音を立てたのが分かって「あぐっ」と漏れた声と共に、咄嗟に出現させたリボンで槍を掴む腕と槍、そして私の右腕とアルバさんの腕とを無理矢理縛り上げて固定させた。

「ッ、・・く・・っ、お、じさん・・・お、起きて、ますかッ?」
「ハッ・・く、う、う・・ん・・」

その声を聞いて、つくづくこの身体の便利さに辟易した。普通、関節が外れただけでも相当の苦痛を伴うそれを一切感じないように調節できる上に、このリボンの能力。これが無きゃ、とっくに私もアルバさんも崖の底だ。本当、"彼女"の能力に限らずに魔法少女の力って言うのは便利なものだな。だけど、流石にこの消耗した状態で上まで持ち上げるのは・・キツイな・・・

「おじさん、そのまま私と槍伝って上、登れます?っていうか、意地でも登って下さいッ、兎に角、急い「ちゃん。」

遮られた言葉に怪訝に眉を寄せれば、にこっと微笑むアルバさん。何へらへら笑ってるんですか、とっとと上がらないと折角さっき落ち際に攻撃して時間稼ぎした意味がなくなるじゃないですか、早く上がってきてください、って。言いたい事は沢山あるのに、なのに、1つも出てこなかった。アルバさんのその顔を、表情を、私は、知っていた。「もう、いい。もういいよ。」

「どうせ、僕はもうお終いだ。僕は、      爆発、するだろう?」

あぁ、流石にそれに気付かない程馬鹿じゃなかったか。思いながら、だけど、「だからもう放してくれ。意味が無い。邪魔には、なりたくないんだ。」そう言うアルバさんに、そうですね、じゃぁすいません。そう言って、リボンを解くだけでいいのに。私1人なら、上に上がる手段がある。なのに、「ぃ、やだ・・・」出て来た言葉は、何て無様なものだろう。馬鹿だ・・・本当に、私は馬鹿だ。

「やだ・・・いいから早く登って下さい!私、あ、貴方の命まで・・・せ、背負いたくないっ」

そう、別にこの人の為とかそういう事じゃない。私が、嫌なだけ。此処で、此処でアルバさんを見殺しにした、その事実が、嫌なだけ。ただ・・・ほんの少し優しくしてもらっただけで、本当に馬鹿・・・今までだって、そうして生きて来た筈だったのに。ただ、ただ・・・
「君はこの世にただ一人しかいない女の子だよ。生きて、戦っている、強い女の子だ。」
ちゃん。」

思考の最中、音が、響く。鼓膜の奥まで届いて、アルバさんの腕をつかむ手に、ぎり、と、爪を立てる程強く握る。アルバさんは私の腕を握り返す事すらしてくれない。リボンさえなければ、きっと呆気ない程簡単に崖の底に落ちる身体。なのに、酷く落ち着いた声。静かな表情。アルバさんの顔は、全てを受け入れた、顔だ。「君は、悪くない。」

「君は、頑張ってる。だからもう、いいんだ。」

その、時。カラ、と。視界の横を、ぱら、と。落ちる、石。頭上からかかる、影。見上げるまでもなく、ソウルジェムを確認するまでもなく分かる、頭上から見下ろす、それ。(ま、ずい・・・)このままアルバさんを爆発させられたら、流石に落ちる。でも、だけど今は、あの力(・・・)は・・「ちゃん。」ほんの僅か。瞬きの間に考えていたその思考を止めたのは、やっぱり、アルバさんの声だった。

「ありがとう、がんばれ。」

返事を返す間すらなかった。ブチッと。何かが、千切れる音。そして、間もなく聞こえるトッと、軽い、衝撃。手から、力が抜ける感覚。そして、体温が、離れる冷たさ。痛みを感じない手の平は、その感覚しか感じられなかった。千切れたのは、リボン。私の腕と、アルバさんの腕を繋ぐ、1本のリボン。衝撃は、彼を掴む私の掌を、ささやかに刺したもの。刺したのは、アルバさんの持つ、細く、小さい、ナイフ。
AKUMAなんて大層な物と戦って、壊して来た。私の武器や、ユウくんの刀とは比べ物にならない程ささやかな道具。そんなものに、私の意志が、意地が、いとも容易く千切られた。なんて、呆気ないんだろう。こんなに簡単に、あの人は、死ぬ。

地の底に瞬く間に落ちて行くアルバさんはけれど、その暗闇に飲まれて私の視界から消えてしまうまで、ずっと穏やかだった。それはほんの瞬く間の出来事だったけれど。けれど。


その先には、何も無かった。
そして間もなくそして耳に届く爆発音。視界に映る、閃光。それを目に、ただ掌に感じる、遮断した筈の痛みと、耳に残るあの全てを私に託すと言った声だけが鮮明で。そこにあったはずの重みは確かに無くなった筈なのに、それを掴んでいた時より、今の方がずっと、重い。
そこにあったのは、命の重みだった。私が守らなきゃいけなかった、重みだった。私にしか救えない、重みだった。

「なんだ、わたし・・・、」割り切った、筈だった。あの時(・・・)、そう決めた筈だった。なのに、



「全然・・・なにも、捨てられてないじゃない。」
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