夜に逃げ出した魚の上で
狭い通路を抜けた先。そこにあったのは、とても広い空間だった。東京ドームくらいはあるだろうこの広い空間には、私達が出て来た穴の他に、反対側にもう1つ穴    多分、そっちの穴がユウくんが入った道の出口になってるんだと思うけど    があるだけで他の通り道は無いみたいだった。そうしてこの穴の奥の方・・・壁から1キロ程の距離が、遠目で見るだけじゃ絶対とは言い切れないけど地面が抜けて崖みたいになっている。

そうしてこの空間。電気なんてどこにもない筈なのに、どうしてかほのかな明かりに包まれている。それはきっとイノセンスの力によって光っているんだろうけど・・・、AKUMAに奪われても尚、この中にあるだけでこれだけの事が出来るんだ、と。そう思えば私は凄い、っていうよりは気持ち悪い、って思ってしまうけど。カツン。ヒールを鳴らせば、その音が奥にまで反響して響いた。その音を聞きながら、私は私の肩に腕を乗せて凭れ歩くアルバさんに視線を向けようとして。だけど私達が出たのと逆側からザッっていう足音が聞こえたのを確認して視線をそっちに向け直した。

「あ、お兄さん。」
「酷ェな。」
「そう言うお兄さんもなんかボロボロだね。」
「煩ェ。」

そこから出て来たのは、案の定ユウくんだった。そのユウくんに指摘された通り、私達の姿は酷い有様だ。アルバさんなんて見るからに傷だらけだし、私だって服が焦げてたり破れてたりしてる。・・・まぁ、流石に腕の所はグロテスクだったから服を修復して隠したけど。でも、そう言うユウくんだってボロボロ・・・・っていうか、焦げてる。指摘したら怒られはしなかったけど、心底疲れたみたいに溜息を吐かれた。そうしてからユウくんがドサッとその場に胡坐をかいて座ったのを見て、私もアルバさんを座らせてから正座する。

「AKUMAは出なかったが、探索部隊の連中が爆発した。人数は3人だ。そっちは?」
「来たよ、襲われた。撃退はしたけど、イノセンスの場所も聞けなかった。」

答えて、そうしてから「ごめんなさい」正座をしたまま頭を下げた。・・・それに土下座みたいだなあなんて思いながら、だけど私が悪かったんだから仕方ない。そう思って謝罪をする私にユウくんの方は物凄く不快そうな舌打ちを返して「頭を上げろ。俺は土下座すんのもされるのも不快だ。」なんて吐き捨てた。だから私の方も土下座がしたかった訳でも、土下座が好きな訳でもないから直ぐに「うん、ごめん。」と言って顔を上げたけど。そんな私にユウくんが「被害は?」って聞いて来たから、考える。・・・うーん、

「いっぱいいたよ。でも、何人かは分からない。原型が残ってるのもあったけど、死体はもう殆ど朽ち果ててたし、残ってる部分も爆発させられてたから。後はアルバさんがちょっと重傷なのと、私がちょっと怪我したくらい。お兄さんの方は?」
「こっちも何人かいたな。死体の状態は・・・まぁ、そっちと大差ねェだろう。俺の方は掠り傷だ。」
「お兄さんは仮に大怪我してても掠り傷、とかって言いそうだよね。」

言えば、「あ゛?」って盛大に睨まれちゃったけど・・・もういい加減暖簾に腕押しだって気付いたのかな、直ぐに諦めたみたいに(それでも舌打ちは漏らしてたけど)話題を切り替えて「お前は直接AKUMAと戦ったんだろ?能力は分かるか?」って聞いて来たけど・・・それはちょっと、耳が痛いかな。「うーん・・・」って言いながら、だけどそんな・・・分かるよー、なんて言えない位、何にも分からないんだよなあ。

「人間を爆発させる?かなあ?適当な事言えないけど、でもまだ人以外のものは爆発させてる所見てないよ。まぁ、ただあのAKUMAの趣味で人間を爆発させてるっていうだけで、物も爆発させられるかもしれない。で、もっと言えばその爆発の条件も何も分からないな。でも何かはある筈だよ。何でもかんでも無条件に爆発させられるなら、今私は吹っ飛んでる筈だしね。」

言って、一応アルバさんにも「なにか気付いた事とかありますか?」って聞いたけど、やっぱり私と同じ程度にしか分からないみたいだった。それに、まぁ、そうだよね。と思って、そんな私達の反応に別段憤慨する様子も見せず、至って落ち着いた様子でユウくんが口を開く。

「まぁ、なんにせよ爆発なんて面倒な能力持ってるAKUMAと狭い通路でやり合うのは避けてねェな。そのAKUMA、今は何処にいる?」
「私達の来た道、入り組んでたの。その道の何処かにはいると思うよ。」

言ってから、よいしょと立ち上がる。・・・それなら私が誘い出すのが定石だろうな。1度靴の爪先をコンコンと地面で叩いてから、ヒュッと槍を左手首を捻って掌で3回程回して踵を返して歩き出す。それにアルバさんが気遣わしげに声を上げようとするより前に、ユウくんがザッと立ち上がって「おい」と、私の後ろに立ったのに気付いて「なぁに?」と後ろを振り返るより前に、グッ。右腕を思い切り掴んで後ろを振り返させられた。・・・、

「・・・・・・・・・それは、酷いと思うんだけどな。」
「よく俺に大怪我してても掠り傷とか言いそう、なんて言えたなテメェ。」

感覚を遮断していてもギギギ、と。音がしそうな程の力でもって握られている事は分かる。・・・流石に出血は止まってる上に、服を修復して隠してるとはいえ、私の怪我が相当なものだって分かってる上でこれだけの力で掴んで来るんだから、本当にユウくんは凄いよね。なんて、そんな事を考えている私にユウくんはグッと眉間に眉を寄せて目付きを鋭くさせた。

「どっちが重傷か分からねェ程、俺は馬鹿でも注意力がねェ訳でもねぇぞ。」

言って、私の服の袖を捲くったユウくんが私の腕を見て盛大に顔を歪めた。アルバさんなんて「ひっ」なんて悲鳴を上げる始末だ。まぁ、確かに相当グロテスクには、なってるんだけど。思いながら、私はすすすっと捲くられた袖を治す私に怪訝に「・・・お前の服は鉄ででも出来てんのか?」なんて聞いて来たユウくんには苦笑しちゃったけど。「まさか。治しただけだよ。」言えば、今まで便利な能力だって言われてたのが「変な能力だな」って言われちゃったけど。

そんなユウくんにまた苦く笑って、だけど「問題はないよ」と。さっき腕を握られても全く変えなかった表情があるからこそ、そう断言する。「右腕が使えなくても動けるし、痛みで動きが鈍るなんてないから」と言えば、はぁっと息を吐かれた。

「・・・痛みについては、確かに問題なさそうだな。」
「うん、それに。」
「なんだ?」

問い返された言葉に、にこり。笑んで見せる。「最初に言われた事も覚えてるよ。」それに、今は使えないけど怪我ならどうせ直ぐに治るんだよね。今だって最初よりはずっとマシになってる方なんだもの。・・・まぁ、それは言わないんだけど。だから代わりに、言う。「任務遂行の邪魔になるって判断したら、見殺しにするんでしょ。」だから、

「いいよ。その時は、見殺しにしてくれて。」

でも、今回はちゃんとお仕事はするよ。と、それは口には出さなかったけど。「ちゃん、」不安げに私を見るアルバさんには、にこっとだけしておいて。だけど何かを言う事はなかった。そんな私に向けて告げられた「ごめんね」という言葉はまるで見当違いのもので、だけどそれを指摘する事もしなかった。きっと、アルバさんの方にもそれは分かっている筈だから。

「適当に此処まで誘い出すね。」
「あぁ。間違っても破壊するんじゃねェぞ。」
「分かってるよ。」

イノセンスの場所を吐かせないといけないんだもんね。だから狭い通路が嫌で、わざわざこの広い場所に誘いだす訳だし、と。思って、カツン。今度こそ、歩き出した。ソウルジェムがあれば突然奇襲されたなんて事にはならないから、本当・・・デメリットにさえ眼を向けなきゃ、これ以上便利なものなんてないよなあ。まぁ、そのデメリットが大きすぎるから、沢山の魔法少女が絶望して      、と。そこまで思って、直ぐにその思考を遮断した。

これからAKUMAと戦うって言う時に考える事でもない。大事な事は、私がそれを知っても絶望をしなかったって言う事だけだもの。少女が魔法少女になる時に伝えられなかったあらゆる秘密。その全てを知っても尚、私は絶望しなかったし、だから私はまだ、こうしているわけだもの。・・・そこで絶望していた方が良かったのかどうかは、今となってはもう、分からないけれど。でも、・・・

入り組んだ道を行き止まりに当たる度に引き返しては、来た道を覚えながらAKUMAのいる場所の方へ歩いていく。そうして、カツン。狭い道の通りの中、私を見下ろすそれの足元を見るともなしに眺めながら、左手にぶら下げていた槍を両手で持ち直した私を、ニタリ。酷く粘着質に口端を吊り上げたそれに、槍の刃を向けた。
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