はてさて君の憂鬱よ
AKUMAにマスケット銃を向け、あと数秒の内には身体を潰されるだろうと思った、時。突然想像していたよりずっと優しい力でその場所から突き飛ばされて、地面に倒れる。けれどその際に見えた白い・・・探索部隊の、服。それに無理矢理右肘を立てて左腕をマスケット銃と共に後ろへ弾かれるように向ければ、直後聞こえる破壊音。ガァアアンン!!と、音を立ててAKUMAの腕に壁に弾き飛ばされたアルバさんは、けれど生きて入るのか「グ、・・が」と声を漏らしていた事に安堵して、引き金を引く。

ガン!と、弾け飛んだその銃弾は躱されたけど、そのAKUMAが回避行動を取っている隙に私はその場に膝を付いて座ると、バッと左腕を右から左までを一閃するように振る。そうすれば直後、AKUMAに銃口を向けた無数の、そして身の丈程の巨大な数十丁の銃器。そうして今度はその左腕をAKUMAの方へヒュ、と向ければ、一斉に発射される銃弾。それを見たAKUMAは数発の銃撃を受けたものの、そのまま穴の奥の方へと逃げて行った。それに膝を上げて「っ、待ち・・」とそれを追おうとした、時。「ぐ、・・」と。声を漏らしたアルバさんに、気付いてしまった。

「、」

あぁ、もう。だから、嫌なのよ。舌打ちしたい衝動も、思いっ切り拳を岩壁にぶつけたい衝動も全部押さえつけて溜息に変換すると、私は地面に倒れたアルバさんの元へカツリ。ヒールを鳴らして歩み寄る。膝を立てて彼の前に靴だけを地面に付かせて座り、「ゴホッ」と咳き込んだ彼を見下ろした。

「なに、してるんですか?無駄な事しないでって、言ったじゃないですか。」
「ふ、ははっ・・・キツイなぁ、本当。」
「別に私、あんな程度じゃ死なないですよ。っていうか、あのくらい避けれましたし。そんな怪我されると足手まといです。」

言ってから、一息を吐く。顔にかかった髪を掻き上げて、左腕の盾の中から使いかけのグリーフシードを取りだした。そうしてそれを耳のソウルジェムに当てて、今の戦闘と怪我の回復で穢れを溜めたそれを浄化させる。・・・まだ傷は治りきってないから、まだ少し穢れは溜め込むけど・・・仕方ない。その分はまた後で浄化すればいい。そんな事を思っている内に、穢れを吸収し終えたグリーフシードを見て、これも限界か、と。穢れを限界まで溜め込んだそのグリーフシードを地面に落とす。そうして次にマスケット銃を出すと、それに向けてドンッ!と銃弾を発射させた。

砕け、壊れたそれを見る事も無く。ガシャンとマスケット銃を地面に落として、グ、と腕で身体を持ちあげるアルバさんを見る。彼は私のさっきの言葉に対してなんだろう。その場に座り込むと、「そんな事言われてもねぇ」と。酷く弱々しい声でもって、言う。

「身体が勝手に動いちゃったんだから仕方ないじゃない。許してよ。」
「、」
「分かってはいる。俺には戦う力がなくて、君にはある。だけど、君みたいな子供が戦っているのを見るのは、辛いんだよ。」

「君みたいな女の子が傷付くのを見るのは、辛いんだ」そう続けられた言葉に、唇を噛み締める。幸い、傷が痛むんだろう。俯いている彼に、私の表情は、見えない。「娘がいるって言ったじゃない、俺。」

「本当に可愛かったんだ。可愛い娘に、綺麗なお嫁さん。娘が病気で死んで、妻は娘を生き返らせようとAKUMAを作って、死んだけど。」

その言葉に、気付いてしまった。あの、私達を襲って来たAKUMA。2体のそれは、夫婦の子供じゃないかって、私は言った。もしもそうならその親はとんだ大馬鹿だと、AKUMAにされた子供たちが哀れだと。・・・だから、あの時この人は、私にあぁ言ったんだ。      それを知った所で、私の考えは、変わらないけど。
だけど、まるで膿むように胸の中で広がっていく、もの。さっきからずっとあるそれを直隠しながら、彼を、見る。

「丁度娘が生きていたら君くらいの年だったんだよ。そのマフラー、妻にはそんなに長いの、暫く使えないって笑われたけどね。」

言われて、ハッとした。今までずっと巻いていたから、殆ど忘れていたけど。この、借りたマフラー。さっきの爆発に巻き込まれた割に、奇跡的に燃えてはいなかったけど・・・それでも大分焦げて、解れて傷付いてしまっている。AKUMAと戦うエクソシストに貸せば傷付く事くらい分かっていただろうけど、それでもずっと持っていたこのマフラーを貸してくれたアルバさんは、けれど。その刹那、この1日の中でも聞いた事のないような悲しみの憎しみを混ぜ合わせたような声を、出した。

「だからAKUMAが、・・・千年伯爵が憎い。」

その言葉を、出して。そうしてアルバさんは、沈黙した。いや、きっと・・・沈黙したのは、私の方。ただ、静かに。穏やかに憎しみを吐きだした彼に、けれど、私は何も言えなかった。なにも、思い浮かばなかった。ぎゅ、と。拳を握って、わざと、嫌な事を、言う。・・・馬鹿みたい、私。だって私、分かってる。この人は、

「だから、探索部隊なんですか?エクソシストより探索部隊の方がよっぽど死ぬ確率は高いじゃないですか。その上、探索部隊とイノセンスの適合者じゃ、どうあったって優先されるのはエクソシストの命でしょう?捨て駒にも盾にもされるのに、それでもこんな事続けてるんですか。今だってそんな怪我したのに、まだ続けるんですか?」

この人は、復讐()、したいんだ。そして、私はその『も』だって、分かってる。だから「俺には妻と娘の仇を取る力がない。だからせめて、それをする事の出来る力のある人の手助けがしたいんだよ。」と。そう返された言葉が、嘘のない、けれど、私を気遣ってのものだって事くらい、分かってる。この人は、復讐もしたい。だけど、"死"にも、したいんだろう。

だけど、そこまで言える程私は無神経でも子供でもなくて。だから「へぇ」と、無関心に、それを装って言うしか無かった。そんな私に彼は「どうでもよさそうだねぇ」なんて苦笑してみせたけど。けれどそんな事気にも留めていない様子で「だから、ちゃんと終わったら返してね」と、私の巻く、この、大切な筈のマフラーを見て、笑った。・・・握った拳の力は、緩まなかった。だからそこに爪を食い込ませて。      だけど、今は痛みすら感じないこの身体を思い知らされただけだった。"私"を思い知らされた、だけだった。

「・・・ごめんなさい。」
「なにが?」
「いいえ。なんでもないです。」

彼に言った事を、違えるつもりはない。今の話を聞いた後だって、私はあの時彼に言った言葉をまた何度でも言える。・・・私が謝ったのは、         謝ってしまったのは、この、傷についてだった。
私がわざと逃がしたAKUMAが進化して、私達を襲い、そうして傷を付けて逃げて行った。あの時、とっとと破壊していれば、こんな事にはならなかったのに。私の怪我は自業自得だけれど、彼は、こんな怪我をする事はなかったし、マフラーだって、こんなにボロボロにはならなかったのに。・・・そう、一瞬、思ってしまっただけ。

だけど、直ぐにその思考は切り捨てる。だって、私は今回こういう事になったけど、きっとまた、何度でも同じ事をするわ。私の為に。私が・・・私だけは、生き延びる為に。今回だって、あのAKUMAが誰かを襲って殺す事くらい分かっていた。寧ろ、襲って、殺してもらう為に、逃がした。そうして進化して、グリーフシードを生み出してもらう為に。そのAKUMAが襲う人間が、偶々私と、アルバさんだったって言うだけ。それだけの、事。
私は、いつだってそうして来た。ただ、自分自身の為だけに、他の全てを犠牲にしてでも生き延びる道を選んだんだもの。だから、

後悔なんて、あるわけないもの。

・・・だから、「忘れて下さい」。ひたり。胸の中央から、まるで、膿むように広がっていく、それ。何かなんて、分かっている。だけど、そう思う事で気付かない振りをした。無視をした。だから、

「・・・うん、分かった。」
「歩けますか。此処にいるのと付いて来るの、どっちが安全かは分かりません。貴方の好きに決めて下さい。でも、どっちを選んでも、必ず守って上げられる保証はないですよ。」

私の言葉に、何も無かった振りをしてくれる優しさも、見ない振り。
私の言葉に「付いていくよ」と。何も出来ない癖に、それでも私に向けてくれる優しさも、見ない振り。



私を娘に重ねたから助けたと、そう言った言葉が嘘である事が分からない程、私は子供じゃない。それが気遣いである事に気付けない程にも、子供じゃなかった。アルバさんは、私の罪悪感を少しでも減らすように、そう言ったんだろう。・・・アルバさんが私を助けた事に多かれ少なかれ、私が罪悪感を抱いてる事は、ちゃんと、隠しているつもりだったのに。でも、全然、隠し切れてなんていなかったんだろう。

私はもう子供なんかじゃないけど、まだ、大人にも成りきれてないんだろう。だからきっと、この"大人"には、気付かれてしまったんだろう。あるいは、この、"父"には。そう思った、時。(・・・あぁ、そう言えば。)と、私はもう1つ、気付いてしまった。それは寧ろ、気付きたくない、それだった。



これだけ沢山生きたのに。どうして、         私はまだ1度だって、大人になった事はなかった。
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