無声パレード
※流血・死・グロテスクな表現があります。
この連載の中でも過激な描写になります。年齢制限等は致しませんが、閲覧の際はご注意ください。また、その描写を抑えた「ソフト版」も用意いたしましたので、苦手な方はこちらをご利用ください。








違和感に気付いたのは、もう、随分前。それは歩けば歩く程強くなって行って、・・・ぐ、と。眉を寄せた。それは、臭い。それも、酷い、臭い。鼻を突くような、異質悪臭。先へ進めば進む程、鼻を押さえたくなるような、突き刺すようなその刺激臭は強くなっていく。臭いだけで吐き気を催す程のそれは、喚起の及ばないこの密室に異様な程に篭って、僅かな湿気と相まって空気そのものを重たくさせている。息苦しい程の悪臭に、だけどこの悪臭の方にAKUMAがいる事は確かだから、進むしかないんだけど。

後ろでアルバさんがかれこれ5回くらい吐いてるんだよね・・・と。「う゛、げぇ・・・ェ」と。蛙が捩れたような声を出して、そうして吐きだし終わったアルバさんが、私達に向けて「っ、この臭い・・・なんだと思う?」と問うて来た。だから私は「さぁ」って答えたけど、実際かいだ事はないけど、例えるなら生ゴミを1カ月放置して更に腐ったよりも酷い臭いっていう感じ。・・・そう、思った所で。

「、」足元から、振動を感じた。それはほんの僅かだったそれから僅かな揺れを洞窟内に響かせて、それから数秒後にドォォオオオオン・・・と。耳に、音が届いた。今感じた地響きから考えれば、恐らく・・・爆音。

その爆音に、けれど聞こえた音の大きさから規模は分からないけど、だけどAKUMAのいる位置じゃない事だけは理解した。それに、警戒心を強めて1度槍をビッと振り下ろす。・・・洞窟の中じゃ音が洞窟内の穴を伝ってしか伝わって来ないから正確な位置は分からないけど・・・でも、AKUMAは私達の近くにいるのに、爆音の音源が遠すぎるのだ。・・・多分、この爆音。ユウくんか探索部隊の人が襲われている音なんだろうけど・・・AKUMAは、1体しかいない。「・・・面倒臭いなぁ」呟いた声はアルバさんには聞こえてしまったらしくて、「え?」と私を振り返ったけど、

「AKUMA、近いですよ。」そう続ければ、アルバさんの顔に緊張が走った。私は彼等を後ろに、AKUMAの元へ早足に歩く。進化したAKUMAはそれぞれ何かしらの能力を持つ。つまりユウくんはその何らかの能力で襲撃を受けたんだろうけど、何にしても戦えないお荷物があるって言うのはそれだけで相当のリスクを伴い。まぁ、その面倒臭さ間後でグリーフシードを手に入れるためだと思えば我慢できるけど。         そうして今よりも僅かに広い穴に出て角を曲がった、刹那。

「ッ、・・・ッッ!?」

視界に入ったものを脳が認識するよりも先に、ガタッと後ろの壁に、ぶつかるように背を付いた。そうしてそれを見たアルバさんもまた、「う゛」と、口元を押さえてまた吐き出して、膝から崩れ落ちた。だけど、今度ばかりは彼を気遣う事も、背をさする事も出来なかった、両足が地面に縫い留められたかのように動かなくて、なのにガクガクと震えている。

戦慄。まさに、それだった。

私達が出た、狭い空間。そこは、臭いの発生源だった。薄灰色の岩壁に囲まれて、その中に僅かに水晶が露出して光る中。1か所だけ、異質な色の染みついた場所が、ある。私の立つ場所から、僅か数メートルしか離れていない場所。

其処あるのは、人だった"もの"だった。
それに周りの岩に付着した、嘗ては液体だったそれは茶黒く固まって地面まで伝い溜まって。その下に転がる肉体は血の弾丸によって絶命した訳じゃないんだろう。長い時間この湿気の多い空間に放置されていた為に腐り、爛れ、ものによってはごろりと眼球が肉体から離れて落ちているものすらあった。それはまるで爆発でもしたかのように、ある人は腹、ある人は頭、ある人は胸に穴が開き、その周囲が焼け焦げている。その身体・・・いや。もはや肉片とすら呼べるそれの切れ目からは、どれも同じようにウジ虫が湧いて出て来ていて・・・、

ずるり。突如、その死体の腕が、もげ落ちた。その刹那、まるで米の入った袋の底に穴が開いて、そこから大量のそれが流れ出るかのような勢いでウジ虫がドボドボと落ち、四方に這いまわる。落ちた肉体は腐っているんだろう、ぐちゃっ、と。本来ならあり得ない程生々しい程の音を立てて、地面に落ちた瞬間にその形を歪めてしまった。

視覚が、聴覚が。まるで脳髄を掻き回して、じわじわと侵食するかのように、私の頭を犯していく。この異臭の正体を知って、グア、と。胃液が込み上げて来たのを何とか押し戻して、酷い動悸と眩暈と、そしてさっきの吐き気でなのか、あるいはそれ以外の要因でなのか、涙が浮かび上げて来た、時。

ガタッ

びくり。心臓も身体も胸焼けがする程に跳ねて、そちらを仰ぎ見る。・・・その音の発信源は「ぁ、・・あぁっ」と、両眼に涙を溜めて、私達を見ている。傷だらけで、そこに這いつくばって。けれど私達の存在に、ボロボロと涙を流して打ち震えている。      その"人"は、生きている、人だった。探索部隊の服を着た、人。今まで地面に伏して何度も吐き、生理的な涙を落していたアルバさんは、ぎこちない動きでその人に駆け寄って「だ、大丈夫ですか?!」とその身体を支えた。だけど私はあの探索部隊の人がAKUMAじゃない事を知っているから、口出しはしなかったけど。

ト、と。再び壁に背を付けて、グ、と顎を引く。深呼吸をすればまた吐き気が込み上げてくるのは分かっていたから、浅い息を繰り返す。カタカタ、と。握っている槍の先が地面に触れて音を立てているのを見て、それを握る手に力を入れて地面から放した。絶えず込み上げてくる吐き気を抑え込み、震えを何とか抑え込もうとして。別の事を考える。

間違いなく、AKUMAに襲われて殺されたんだろう、あの人達。もう元々何人だったのかも分からない程に崩れた遺体。もう亡くなってどれほど経ったのかも分からないその遺体は、ずっと此処にあり続けてたんだろう。・・・思って、チラリ。今アルバさんが解放している探索部隊の人へ視線を向ける。

きっと、AKUMAから逃げる際にこの人達とは別行動をしていたんだろうな。だから生き延びたんだろうけど・・・でも、だったらあの人の傷は、何処で付いたんだろう。AKUMAと遭遇して襲われたからこそ付いたんだろう傷。だけどあの人は、あの遺体みたいな焼け焦げた傷は見当たらない。・・・襲われたのに、逃げ延びる事が出来たんだろうか?こんな、狭い場所で?あんな傷を付けて?あんな、動くのもやっとの状態で?         考えて、

ハ、と。気付いて、しまった。・・・ちょっと、待って・・・さっきの、爆発音・・・それに、この、遺体。この、傷口の、・・・まるで、焼けたような、焦げたような、痕、は・・・「ッ・・・まさか、」ひたり。冷たく、気持ちの悪い汗が伝った。

「おじさん!!」
「え?」

刹那。涙を流す探索部隊の人の顔が、絶望に染まった。そうしてその肉体から、嫌な閃光が走った瞬間、
ドォォオオオンッ!!!






「ッ、・・・ゲホッ」と。咳き込んで、だけどその後で吸い込んだ息が正常に灰に送られず、どころかその際に感じた強烈な熱と痛みに再び咳き込んだ。ガリ、と。爪で地面を掻いて、倒れたままグ、と拳を握る。そんな私にアルバさんが「っ、ちゃん?!」と私の名前を読んだけど、今はそれに応える事も出来なかった。

あの、時。閃光が走った瞬間、探索部隊の人が、ぶくぶくと部分部分を膨らませて、そうして直後爆発した。それも結構な大きさだったその爆発は、私が助けに行かなかったらアルバさんは確実に死んでいた筈だった。・・・最も。直前に彼を後ろに引っ張って、私が覆いかぶさったから、軽いやけどで済んだみたいだけど。・・・最も。その時は慌ててたから、爆風を吸いこんじゃったみたいだけど・・・その所為で喉が腫れて、息が・・・ッ

だけど、このままって言うわけにもいかないから、何とか声を出して口元だけで笑みを作って彼を見る。「ふ、・・・私の名、前・・知って・・ッたんですね・・ぅ、」そう、言ったんだけど・・・安心させるどころか、彼は「喋らないで!い、一体何が・・」と、周りを見渡したけど。爆発したさっきの探索部隊の人の肉片らしきものが視界に入って、こんな状況でもまた・・・ゾワリ。胃から込み上げて来たそれを堪えて、奥歯を噛み締めて、声を出す。・・・それどころじゃ、ないんだよ、なあ・・・

「ゼッ・・・ハ、いいから・・・行って、はっ、邪魔だから、逃げ・・」

言う最中。視界の端に映ったものに、慌ててアルバさんの腹に右足の踵を入れてドガッ、と蹴り飛ばす。そうして私自身も腕に力を入れて状態を起こしてそこから飛び退く。だけどその際に右腕を掴まれて、そのまま身体を壁に叩きつけられた。それに私がゲホッと咳き込んだ刹那。バンッ!!と、弾けるような爆音と同時に、右腕に衝撃が走った。そうして頬に触れた、何かの液体。

「あ゛ッ、・・・ぅ゛・・ッ!!」
ヒひゃヒャヒャヒャ!

耳を劈かんばかりの声が、耳に届く。私を吹っ飛ばして、腕を爆発させたそれは・・・AKUMAだった。それも、あの時私が逃がして進化した、AKUMA。本当・・・ざまぁない。完全に自業自得だけど、流石に悪態を付かずにはいられない。      腕は・・・繋がってるだけマシだけど、一部はちょっと見るのも嫌になるくらいグロテスクになってる。多分、爆発した中心部なんだろう肘手首と肘の丁度真ん中は肉が吹っ飛んだのか、数センチだけ骨が覗き見えている。上手く焼けたのか血は馬鹿みたいに溢れ出てないけど、それでも指先まで伝うそれの感覚は痛覚を遮断していなくてもきっと感じる事はなかっただろう。

痛みは感じた瞬間に完全に遮断したけど、息苦しさだけはね・・・堪んないなぁ。取り敢えず、コイツから離れてとっととグリーフシードを、と。そこまで思えば、自然と「はっ、・・クソッ」と、声が漏れる。遠目で爆発の瞬間に離れた槍が光の粒子と共に消えたのを確認して、私は私に向かって来たAKUMAに左手にマスケット銃を出現させた。

ニタリ。AKUMAが口端を不気味な程に吊り上げて粘着質な笑みを作ったそれに、連射出来ないのが痛いな・・・これだと多分、打っても身体潰されるくらいは覚悟しないといけないかもなあと頭の片隅で考えて。だけどそれすら私にはどうでも良い事だと照準をAKUMAの額に合わせた所で、「なっ、」

ドンッ、と。信じられない位柔らかな衝撃と、視界に入った白い影に・・・心臓が、止まってしまうかと、思った。
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