出来そこないの感傷
AKUMAのいる方へと足を止める事無く進めながら、私達の僅かに後ろを歩くアルバさんに聞こえない程の声量でもってユウくんが「おい。」と声を出した。そんな、私の方を振り返る事無く吐きだされた言葉に、私もまた内緒話なのかと思って「なあに?」とささやかに囁いた。するとユウくんは1度だけチラリと私に視線を向けてから、直ぐにその視線を真っ直ぐ前に向けて、続けた。

「お前なら問題ねェと思うが、任務に無駄な私情を挟むなよ。」
「・・・あぁ。優先事項を間違えるな、ってことかな?人でも、物でも、精神でも。大丈夫だよ、分かってる。」

きっと、さっきのアルバさんとのやり取りの事を言ってるんだろうなと。やっぱり大人げなかったんだなあなんて思いながらにこり。笑んで見せれば、ユウくんはそれに舌打ちを漏らした。それに後ろでアルバさんが「え?どうかしたんですか?」なんて言って来たから「私が怒らせちゃったんです」って言っておいた。・・・と。先にある角を曲がった所で出た少し広い場所で、カツン。足を止めて「うーん」と唸る。そうすればそんな私に気付いたユウくんが「どうした?」って怪訝に眉を寄せて来たけど・・・うーん。思って。この広場にある2つの別れ道である穴を見て、苦笑した。

「・・・別れ道は2つ、右か左か。だけどAKUMAはその中心のずっと先に居るんだよね。どっちの道が正解かは自信ないなぁ。」
「あ、それなら大丈夫だよ。どちらの道も出口は同じ場所に繋がってるから。」

あ、そうなんだ。と、アルバさんの言葉に少しだけホッとした。さっきもこっちかなー?って思って行った道が行き止まりで物凄いユウくんに睨まれたもんなぁ・・・でも私道知らないし、仕方ないと思うんだけどな。なんて思っている私の傍ら「なら二手に分かれるぞ。どっちも一本道か?」とアルバさんに問うたユウくんに「いえ、右の道は一本道ですが、左の道は入り組んでいますよ」って答えたアルバさんの言葉に、心の中だけで少し嘆息した。・・・で、

「なら俺が右に行く。」
「・・・まぁ、そうなるよね。おじさん、行きましょう。」

当然のようにそうなった事に私がそう答えた事には、ユウくんはもう既に右の穴の中に入って言っていた。そんな私達に「え?はい?」なんて戸惑ったような声を上げるアルバさんに笑んでから左の穴に向けて足を進めた。そうしてその穴の中で数歩を歩いた所で、後ろから不思議そうな声でアルバさんが言う。

「ず、随分あっさり決まったね・・・」
「なにがですか?」
「2つ道があるのに、揉めもせずにあっさり決まったじゃないか。」

その言葉に「あぁ、」と納得をする。なんだ、不思議そうだったのはその事だったのか、と。そう思って「だって、そんなの二手に分かれて、左の道が道案内なしじゃ先に進めないって分かった時点で決まったようなものですよ」」と、彼の方は水に真っ直ぐ前を見据えた。そんな私に「は?」と未だに分かっていなさそうな顔を作ったアルバさんに、今度はチラリとだけ視線を向ける。・・・なんていうか、能天気だなあ。

「一本道なら迷子になる事無くAKUMAの襲撃に備えて進むだけ。でも入り組んだ道の方は道案内がないと進めないから、その道案内をしてくれる人を守りながら進まなきゃいけない。ならAKUMAが何処にいるのか明確に分かる私の方が襲撃にも備えやすい。」

って。ユウくんとお互いに思い合ったからスムーズに決まった・・・っていうか、それが定石だと思ったんだけど。・・・この人、自分が守られる立場だって自覚あるのかな。・・・それとも、守られないって思ってるのかな。流石に、守れるのに守らない、なんて事はしないけど。そんな事思いながら「どっちも一本道なら、ジャンケンくらいしたかもしれないですけどね」とだけ付けたしておいた。あ、でも取り敢えず。

「まぁ、そう言う事なので。おじさんの事はそこそこに守るので、無駄な事とかしないでくださいね。」

私より前には出ないで、大人しく付いて来て、道案内だけしてくれればいいですからと。そう告げた私に「・・・はい」と、妙に複雑そうにそう告げたアルバさんに首を傾げる。・・・もしかして、まださっきの事を気にしてるんだろうか、と。別に、戦うのは私だし、アルバさんの方の調子が崩れた所で問題はないんだけど・・・なんだかな、と。思いながらも彼の方に視線は向けずに、ずっと道の先を見つめている。、と。

「ねぇ、少し・・・いいかな。」と。アルバさんの方からモーション残してきた事に、けれど視線はチラリと彼に向けてから前に向け直して「なんですか」と返す。・・・流石に、もういつAKUMAが襲ってきてもいい状況でのほほんとお話なんて出来ないから。取り敢えず、いつでも襲撃に対応できるように備えておく。・・・そんな私に、彼は、言う。

「さっきの、・・・ごめんね。」
「貴方が謝る事じゃない。」

何を言われるかは分かっていたから、それについては即答で返す。別に、わざわざ切った話を蒸し返す必要も無いと思うけど。と、思いながら、けれどそれを口に出す事はしなかったけれど。そう思って私が会話を切ろうとしているのに、この人は「いや・・・あんな事を、言わせた」と、まだ続けるみたいだ。・・・、「私が勝手に言っただけじゃないですか」別に、アルバさんは何にも悪くないんだけどな、本当に。だから、「だけど、」ってまだ食い下がろうとするアルバさんの気持ちが全く分からない。どう考えたって、あれは私がわるものなのに。

「それより、貴方の事を泣かせそうになりました。きっと、私が悪いんです。」
「え?・・・あ、いやっ」

言ってみれば、眼に見えた様にうろたえて見せたアルバさんに口元だけで笑みを作る。そうして「な、泣きそう・・・だ、った、かな?」なんて、僅かな羞恥を交えて問うてきた彼にそのまま「えぇ、とても。」と返す。あの時は本当に、泣きだしたらどうしようかと思った。彼が、っていうよりは、彼が泣きだす事によってユウくんが怒髪天を衝く勢いで激昂しそうだから。・・・彼と、私に対して。そんなあながち冗談でもなさそうなそれを思っていた私に「あー」とか「えーと」とか。何とも煮え切らない様子で声を出していたアルバさんが、けれど不意に「いや、違うよ。」と明確な言葉を発した事に1度だけ彼を振り返る。そうすれば、そこにはユウくんに対応している時みたいな真面目な顔が、あった。

「そりゃ、いい年した大人が泣きそうになってたのは本当だけどね。別に君に言い負かされて泣きそうになったんじゃなくて、」
「そうなんですか?」
「いや、そりゃね。流石に・・・うん・・・なんていうか、」

そこで言葉を止めた彼は、けれど直ぐに「こう言うと、君は怒るかもしれないけど」と言って僅かに声のトーンを落とした。それに、私が怒る事って・・・私、教団に入ってから1度だって怒った事なんてないんだけどな。なんて思いながら、一体何を言われるんだろうかと思えば、彼はまた・・・想像もしていなかった言葉を、言った。

「君みたいな子供が、そんな考え方を固めてしまう前に、・・・誰か、手を差し伸べてくれる人はいなかったのか、って。考えた。」

言われた言葉に口を開いたけれど、声を出す事は出来なかった。この人は、そんな事を考えて、泣きそうになったのだろうか。私みたいな、今日出会ったばかりの子供の事を考えて、泣きそうになんて、なるんだろうか。けれど、「貴方が気にする事じゃないですよ。」何でも無いように吐きだして、けれど彼が後ろにいるのをいい事に、ギリッと奥歯を噛み締めた。・・・成る程。確かに今の言葉は、私が不快に思う、言葉だった。それは・・・怒りでは、無いけれど。

「うん、そりゃそうだ。・・・君は、いつからエクソシストをやっているの。」
「エクソシストになったのは数日前です。AKUMAと戦い始めたのは、って言う意味なら、もう忘れちゃいました。」
「そう、・・・辛かったね。」

あぁ、今のは      イラついたなあ。きっとユウくんがいれば、私の発するピリッとした空気を敏感に察していただろう所だけど。・・・今はいなくてよかった。アルバさん相手になら誤魔化せる。それを思って小さく自分を落ち着ける為に息を吸い、吐いて。「でも、それでも、ずっと頑張っていたんだね」と、続けられてしまって。あぁ、もう、好い加減にしてよ。と。口を突きそうになる言葉は飲み込んで、けれど。変わりに「ふふ」、と。笑いが漏れた。そうしてまた、言わなくてもいい事を言ってしまった。

「そんな大層なものじゃないですよ、私。」

言ってから。けれど、まぁ、いいか。と。そう思った所で、ざり、と。アルバさんの靴が歩くのを止めた。それに何かと思って振り返れば、どうしてか彼は眉間に眉を寄せていた。けれどその表情は怒りを表しているようでも、悲しみを表しているようでもあって。それに私が「おじさん?」と声をかけた所で、彼はぎゅ、と。私の槍を持っていない左手を取って握り締めた。

「自分の事を卑下してそんな風に言うのは止めなさい。」
「、」
「君はこの世にただ一人しかいない女の子だよ。生きて、戦っている、強い女の子だ。」

きっと。・・・きっとこの人は、私と同じくらいの自分の娘さんと、私の事を被せているんだろう。そのくらいは、分かる。そうして、その今は失ってしまったであろうその娘さんを想って、だから、私にこんなにも親身になってくれるんだろう。・・・それでも、この人が私に向けてくれている言葉は、こんなにも真摯に響くのに。「      、ありがとう、ございます。」告げて、笑む。私はどうしてこんなに、薄っぺらいんだろう。

私の手を握るアルバさんが、その手にほんの一瞬だけ力を込めた。けれど結局をれを手放したアルバさんに背を向けて、歩き出す。じわり。僅かに感じたそれに、きゅっと唇を噛み締めて。・・・         この時込み上げた感情の名前を、私は、知らない。






・・・そう。そんな、大層なものじゃない。私なんて。
大それた理念や志がある訳でもない。私は只、清算をしているだけ。私が叶えた祈りの分の清算を。1度魔法少女になってしまったら、もう救われる望みなんて無い。この、方少女になる契約は、たったひとつの希望と引き換えに、全てを諦めるという事。私はもう、諦めた、今更何かを得ようだなんて、思っていない。だから後は、支払うだけ。

それを終えるまで、きっと終われないから。

一体いつまで払い続ければいいのかも分からない、途方のない清算を続け続ける。一体いつになれば終わるのか、それとも、もう叶えた祈りの分の清算なんてとっくに終わっているのか。それすら分からない事を、ずっと。生まれて、死んで、また生まれて。それでもまだ、終わらない。それでも、「私はまだ、終わっていないから、生きている。」

終わる為に、死なないように、生きている。・・・         ただ、それだけの事。
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