転がり落ちたら空の上
破壊したAKUMAは亡き骸も残さず砂になって消えたけど、その代わり人の姿に転換した時に来ていたんだろう服の前に片膝を付いてそこを探っていたユウくんは暫くすると「チッ、やっぱりイノセンスは持ってねェな。」と零して立ち上がった。それに「そっか」と答えながら、やっぱりそう簡単にはいかないかと嘆息する。「じゃぁもう1体の方が持ってるのかな?」持ってて欲しいなあ、っていう願望も込めて言った言葉に、ユウくんの方も「恐らくな」って答えてくれたけど・・・まぁ、Lv2に進化したなら知性がある。最悪持って無かったとしても捕まえて吐かせればいいだけだから、なんとかなるでしょう。

そんな思考に耽っていた最中。「?」ぱしっ。不意に私の方に投げられた何かを掴めば、それはグリーフシードだった。きっとさっきユウくんが壊したAKUMAから回収した奴なんだろうけど・・・掌に乗るそれを見下ろしてから彼に視線を戻して「?いいの?」と問えば、彼は「あぁ。」と頷いてから続けた。

「この任務までにはそれの持ち出し許可が下りなかったらしいからな。今回の任務で回収したグリーフシードは全部お前に渡す事になってる。恐らくこれからは教団で保管する必要も無いだろうから、直接お前に回る筈だ。」

その言葉に「へぇ・・・ありがとう。」と返してから、私は左腕の盾の内側にそれを入れる。この盾の内側は、所謂四次元ポケットの役割を果たしている。中には無制限にどんなものでも入れられて、自在に出し入れする事が出来る。だから今回はこの新しいグリーフシードを中に入れて、その代わりにこの間汽車の中で使ったグリーフシードを取りだした。それに私を怪訝に見たユウくんに気付きながら、だけどそれを気にする事無くピアスに当てる。そうすれば僅かに濁っていたピアスの穢れがグリーフシードに吸収されて、本来の薄紫色に輝いた。それを見たユウくんが、言う。

「・・・ソウルジェムっつったか。そのピアスがそれだったのか。」
「うん。戦う時は身に付けられる形にした方が便利でしょ。この姿になった時はピアスにしてるの。」
「つくづく便利な能力だな。そんなことまで出来んのか。」

言われた言葉に「まぁ、魔法少女だからね」と笑めば、「まだ言ってんのか」なんて返されてしまった。・・・本当なんだけどな。まぁ、確かにこの世界においてはエクソシストって言う認識になるのかもしれないけど。だけど、この世界のエクソシストが魔法少女と同じ力を持っているか、とか。同じものを背負っているのか、とか。そう言う事を鑑みれば、やっぱりエクソシストと魔法少女は全くの別物だ。只単に、ソウルジェムがイノセンスって言う物に相当してしまったって言うだけ。

だから私の認識では、やっぱりは私はエクソシストじゃなくて魔法少女っていう事になる。そもそも、私はエクソシストとして生きる気は・・・と、そこまで思考して。けれど、これ以上は考えないように思考を止めて、地面に転がっている服の丁度左裾の辺りに落ちているものに目を細めた。

「・・・あのAKUMAの皮の人、旦那さんかな。」
「は?」
「さっき私から逃げたAKUMAの。」
「根拠は?」
「指輪が似てる。」

まぁ、正確には私が『逃がした』AKUMAなんだけど。・・・そのAKUMAの皮になってる女性の左手の薬指にはめていた指輪。そのデザインと、あそこの左裾の所に落ちていたリング。そのデザインが酷く酷似しているように見えて言った私の言葉に「・・・お前、良く見てんな」なんて、若干の呆れを孕んだ眼で私を見たユウくんには「注意力は大事でしょ」とシレッと答える。あぁでも、

「そしたらAKUMAにしたのは自分の子供かな。大方事故かなんかで2人一緒に亡くなったんだろうね。」
「っ、なんて事を・・・」
「本当にね。親の所為でAKUMAになんてさせられるなんて。」

私の言葉に言葉を詰まらせて言ったアルバさんにそう言えば、「え?」と。不思議そうに問われた言葉に私の方が「え?」と返してしまった。え、なに?なんでそんな・・・信じられないって顔、されてるの?思って、ユウくんまで私の事を見て来た事に只事じゃなさそうだぞと思って、ひたり、冷や汗が浮かびそうな心地になる。だけど次にアルバさんに言われた「いや、っそう、だけど・・・でも、そんな言い方は、」って言うい言葉に、理解した。
・・・あぁ、そう、か。今の此処はAKUMAに殺された両親に同情する所だったか、と。思って、思ってしまえば、自分がどれだけ歪んでしまったのかが、分かる。・・・きっと、"1番最初の私"なら、思わなかった事だった。・・・でも、

「言い方を変えたって事実は事実だわ。」魔女(・・)になる事の恐ろしさを知っている私は、どうあっても自分をAKUMAなんかにする人間を許す事は出来ない。・・・私を魔法少女にしたあの生き物の事は、恨んではいないけれど。適当に話を合わせる事も出来たけど。だけど「でも悪いのは千年伯爵だ。この人達だって、その被害者で、」その言葉には、頷けない。それに、その被害者って言う考え自体が間違ってる。

「?被害者?どうして?」
「どうしてって、」

「だってこの人達は、どんな形であれ願いを叶えたんだわ。」

なのにそれを被害者だなんて言うのは、可笑しいわ。彼等は願いを叶えて貰えずに殺されたのではなくて、正しくその願いを叶えてから殺されたんだもの。・・・例えその"蘇る"という形が、AKUMAになって、というものだったとしても。被害者って言うのは、間違いなく蘇らされてAKUMAにさせられた人達の事。大体、

「死んだ人間を蘇らせる、なんて。そんな不条理、何のリスクも無く叶えられるなんて思う方が甘いんですよ。」
「それでも・・・彼等は信じていたんだ。子供たちが還ってくると・・・また家族で暮らせると信じていたのに裏切られて・・・っ」

その、アルバさんの言葉に、ある日"少女"に告げた"もの"の言葉が頭をよぎった。
「そんな当り前の結末を裏切りだと言うなら         、」
「どんな希望も、それが条理にそぐわないものである限り、必ず何らかの歪を生みだす事になる。やがてそこから災厄が生じるのは当然の摂理だし、それを裏切りだと言うなら、そもそも願い事なんてすること自体が間違いなんだわ。」

何かを願って、そうして背負う事になった事は、最後まで背負い続けなけなきゃいけない。そうあるべきだし、そうじゃなきゃ、私は一体、何の為に今、"此処"にいるのか。だから、その言葉にだけは、相槌を打つ事は出来ない。だけど、この考えを強制しようとは思ってない。受け入れられようとも思ってない。ただ、私だけが信じた事を、私だけが信じてればいい。だから私の言葉に口を開きかけたアルバさんの言葉は、聞かない。

「それより、先に進みましょう。あと1体がまだ残ってもの。イノセンスも。」

にこり。そうして笑んで見せた私に、アルバさんは何も言わなかった。ただ、泣きだしそうな顔をして、唇を噛み締めただけ。それに、他人の為にそんな顔しなくてもいいんじゃないかな、なんて思いながら。だけどそれも個人の自由だと直ぐに洞窟の奥の方へ視線を向ける。

「場所は分かってるんだろうな。」
「うん、大丈夫。ずっとこの先だよ。」

ユウくんの方は私の言葉になんて思ってもいないのか、思って入るけど討論するつもりはないのか。私もユウくんと・・・っていうか、他の誰とも口論なんてするつもりはない。今回は我ながら『大人げない』なとも思うけど、どうしても譲れない事くらい、私にだってある。だけどこの任務だけにしろまた次があるにしろ、今一緒に行動する人とギクシャクするのは困るから。だから先に歩きだしたユウくんの後ろでアルバさんを振り返って、ニコリと笑んだ。

「ごめんなさい。」訂正はしない、けれどそうして謝罪した。そんな私に、どうしてか。再びアルバさんは顔を歪めた。その理由ばかりは分からなかったけど、・・・それでも「俺も、ごめんね」と。別に彼の方は全然悪くないのに謝罪した事に、けれど私は何も言わなかった。そんな彼に踵を返して歩き出しながら、ひたり。心に想った事は、全部、奥底の方に押し込んだ。

         人は、生きれば生きる程変わらずにはいられない。だけど、・・・こんな風に変わりたくなんて無かったな。
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