寒がりの心臓
AKUMAを逃がしてから数分。さっきアルバさんと別れた喫茶店に戻って彼と合流してから、はらはらと入口の前で歩き回っていた彼に「おじさん、マフラーありがとうございました」と。声をかけるついでにマフラーを返そうとそれを解こうとしたら、彼は私と隣に立つユウくんを見てホッと息を吐いてから私達の方に駆け寄ってきた。そうしてペコっと頭を下げて「お疲れさまでした」と言ってから私の方へニコッと笑みを向けた。

「いいよいいよ、それは帰る時に返してくれれば。洞窟の中はもっと寒いからね。」
「いや、でもそしたらおじさんが寒いんじゃ、」
「ただでさえ危ない仕事を押し付けるんだから、このくらいさせてくれないかな。」

「それに、このマフラーはおじさんには派手だしね。」と、そう続けた彼に瞬いた。え、じゃぁ「・・・なら、どうしてこんなマフラーしてるんですか?」趣味なのかと思ってた。言いながら、解きかけたそのマフラーをまた私に巻き直す彼から視線をこの派手なマフラーに戻して問うた言葉に、アルバさんは顔をほころばせて見せた。

「これは娘のものだよ。」
「へぇ、お子さんがいらっしゃるんですね。」
「うん、すごく可愛かったんだよー。」

・・・あぁ、そう言う事か。そのたった一言で分かってしまった事に、気付かない振りをした方がいいか、それとも気遣いを見せた方がいいのか考えて、知らない振りをする事にした。そんな私に気付いてはいないんだろう、彼は私から離れると私の後ろのユウくんに1度笑んで見せてから、そうして私にその笑みを向けた。「お疲れ様。」笑まれて、さらり。頭を撫でられた。その撫で方は少し粗雑で、こういう事に慣れていない様な感じはするけれど、それでも確かな優しさを感じた。それに

、どろり、とも。ぞわり、とも。なんとも付かない感情が込み上げた。だけどそれを表に出す事なんてしない。にこり、笑って。いつもの顔を作り上げた。「ありがとうございます。」

「おい。一応洞窟の外で待機してる探索部隊の連中に連絡入れて来い。」
「はい。それでは少しお待ちください。」

そんな私達のやり取りを黙って見ていたんだろうユウくんが、不意にアルバさんに向けてそう声をかけた。そうすればアルバさんは相変わらず直ぐにキリッと仕事用の態度に切り替えてお店の中に入って行った。それを見送って、だけどユウくんとの間に会話なんて生まれるわけないだろうなあなんて思いながら、奥の壁に背中を乗せてふ、と息を吐こうと思った時。けれどユウくんの方から私に向けて言葉を投げつけて来た。

「薄気味悪いガキだな。」

その。本当に突然ぶつけられた言葉に「は、」と、彼の事を仰ぎ見た。その表情はきっと虚を突かれてぽかんとした顔だっただろうけど、ユウくんはそんな私を見てから盛大に顔を歪めて逸らした。・・・ちょ、失礼すぎる。思った私に、更にユウくんは続けた。

「日本人としちゃ平均的な顔立ちだが、周りが悪いな。それでなくてもウゼェのに、益々ガキに見えて余計に不気味だ。」
「お兄さん、本人を前によくそんな暴言吐けるよね。私、今此処で三角関係の縺れよろしく大声で泣き喚いたっていいんだよ。」
「お前もサラッとエグイな。ンな事したらマジで殴るぞ。」

ちょっと殴りたい心地になったのは寧ろ私の方だと思うんだけどな。薄気味悪い童顔不気味なんて、よくそんな事そこまで久しくも無い年下の女の子に対して言えるよね。人によっては本当に泣いちゃうくらいの暴言じゃないかな。信じられない。思いつつ。だけどそっちは口に出さないで、ユウくんが嫌いそうな笑みをわざと作って見せた。

「大丈夫だよー。私のこの外見じゃ、どうせお兄ちゃんと喧嘩して泣かされた妹にしか見えないから。」
「そっちはそっちで不快だ。」

そうだろうね。逆に私は別にもう二度と会わないような人達の前でなら、その位の事なら出来ちゃうけど。それを含ませてニコッと笑んで見せた私にユウくんはチッと盛大に舌打ちをした。・・・ユウくんの舌打ちとか鼻で笑うのとかは癖なんだろうか。どうでも良いけど、折角格好いい顔なのに此処まで眉間にしわ寄せてると将来が心配だよね。今は顔歪めてても格好いいけど。まぁ、それも別にどうでもいいんだけど、なんてそれこそどうでもいい事を考えている私に、ユウくんの方は不快そうに顔を歪めたまま続けた。

「ベッタリ貼り付けたその顔がウゼェし、薄気味悪いっつってんだ。貼るならもっと上手く貼れ。」
「えぇ?そんな事言われたって、多かれ少なかれ皆ポーズはするよ。お兄さんみたいな人が珍しいんだよ。」

そこまであけすけなユウくんの方が可笑しいと思うんだけどな。「リップサービスは対人関係を美味くする為のお友達だよ」幼い子供とかは別だけど、少し成長すれば角の立たない対人関係をそこそこに保てるように少しは使うよ。それを思って「お兄さんも少しはやったらいいのに」と肩を竦めて見せれば、ユウくんは「必要ねェ」とばっさり切り捨てた。その潔さはいっそ格好いいし、正に男前って感じだけど・・・散々言われた手前、私もちょっと反撃してみる。

「えぇー勿体なぁい!かぁっこいいユウお兄ちゃんならにこっと笑えば女の人なんて選り取り見取りだよぉ。」

ヒュッ、ドゴッ!!
誰か誰の兄だ。

私が思いつく限り1番ユウくんの嫌がりそうな声と喋り方で言えば、やっぱりキレた。私の顔に向かって思いっ切り拳を叩きつけて来たそれをさっと横に避ければ、物凄い音を立てて私の直ぐ横の壁に叩きつけられたそれにうわぁと顔を歪めそうになる。だけどそれは答えて私の直ぐ目の前でギラリと目を光らせる彼に向って困ったような笑みを作って見せた。

「大声で泣き喚いてないのに約束が違うよー。酷いなあ、子供の可愛いジョークなのに。」
「間違っても可愛くはねェ。」

さっきから本当に女の子に向ける言葉じゃない。まぁ、別に自分でも自分が可愛げ無い事くらい分かってるし、実際可愛くない事も知ってるから別にいいんだけどね。だからって不細工だの不気味だのはない。絶対、ない。明らかに17歳のお兄さんが13歳の子供に向ける言葉じゃない。・・・ユウくんって、絶対友達少ないよね。そんな事を考えていた私の耳に、「チッ」という舌打ちの音が届く。それにそっちを向けば、彼は腕を組んで目を伏せた。

「ウサギにしろテメェにしろ、どいつもこいつも鬱陶しい奴らばっかりだ。」
「お兄さんは本当男前だよねぇ。」
「あァ?」
「お兄さん17なんでしょ?お兄さんだって17歳にしては十分大人っぽいよ、子供っぽいけど。」

その私の言葉に「喧嘩売ってんのか。」と口端を引き攣らせたユウくんに、「そんな事無いよ。」と。ほんの僅かに顔を俯かせた。喧嘩なんて、売って無い。愚直な程のその素直さが。嫌味を交えて見せて入るけど、それでも確かに探れば見つかる優しさだとか。私が止めてしまった事を、私の持っていないものを、こんなにも簡単に懐に入れている彼が凄いとも、思ったから。

「本当に、そう思ったんだよ。」

それは、羨ましい程に。その言葉は声にする事はなかったけれど、それでも、私はそれを、しないけど。ひたり。押し隠したそれが陰鬱なものにならない内に思考を切り替える為に、表情をパッと切り替えてユウくんに向けて笑みを作った。

「ありがとう。」
「は?」
「私が嫌そうだったから助けてくれたんでしょ。ありがとう。」
「ハッ、それは勘違いだ。自意識過剰って言うんだぜ、そう言うの。」
「そう言う事ばっかり言ってるとそれこそお兄さんが勘違いされちゃうね。ツンデレって言うんだよ、そう言うの。」

本当これで口さえよければ友達沢山出来そうなのに。まぁ、本人がそれでいいって言うんだからいいんだろうけど。思った私に「つんでれ?」と聞き返して来た彼に「ラビくんにでも聞くと良いよ」って適当に言ったけど、だけどそもそもこの世界にそんな言葉あるのかな?と思いなおす。まぁ、次にラビくんに会う時までにユウくんがこんな何気ない会話を覚えてるとも思えないけどね。真っ先に忘れそうだなあ・・・思った、時。「・・・あ、」

「進化したよ。」何が、なんて言わなくても伝わった。私の言葉に「そうか。」と呟くように漏らしてす、と目を開いたユウくんが、私の方へ視線を向けて肩をすくめて見せた。

「しかし便利なイノセンスだな。そんな変化も分かるのか。」
「うん。AKUMAって言ってもそれぞれ発する魔力みたいなものが違うからね、個別にその反応を識別する事も出来るよ。」

何も知らずにさえいれば、これほど便利な道具なんて無いだろうね。思った思考は泥の底に沈めるように潜めて、何でも無い風を装った。今度はさっきみたいに気付かれないようにそっと静かに、"きちんと"隠した。そうすればやっぱりユウくんはそれに気づく事はなかったけれど、こんなことばかり上手くなっていく自分に嫌気は差す。

だけどそこは隠しきれなかったのかどうなのか、彼はチラリと私の方を見てから、けれど直ぐにその視線を外して「どっちだ」と問うて来たから、私もまたユウくんが気付いた事実に見て見ぬ振りをして答える。

「あっち。結構遠くだよ。」
「そっちは・・・洞窟の方ですね。」

たった今戻ってきたアルバさんの気配になら私もユウくんも気付いていから、別段驚く事も無く彼を見る。探索部隊の人達への連絡を終えたんだろう彼は私達の会話にそう言うと、僅かに心配そうに顔を歪めた。仲間の安否が心配なんだろうけど、何とも言えない。洞窟の方、って言うのはつまりその中か外かは分からないけど、もしもそのAKUMAが洞窟の中に入って行ったんだとしたら、さっきまで彼が連絡を取っていた人達が入口を見張っている筈だから気付かない筈がない。どうなってるのかは分からないけど、急いだ方がいいかもしれない。

思った事はきっとユウくんも一緒だったんだろう。「行くぞ」とそう短く告げた彼に、私達もまた1歩を踏み出した。
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