ほら、そこにも君がいる
あぁ、本当に・・・うんざりする。



ふわり。歩く度に揺れる赤いマフラーを巻き直して、私はソウルジェムが反応を示す場所へ進む。Lv1・・・とはいえ、この反応だともう直ぐ進化するくらいには成長してる。・・・まぁ、だからユウくんにはもう片方の居場所を教えたんだけど。思いながら。遠くの方で聞こえてきた爆発音に、ユウくんの方はもう始まったんだと思いながら、先に見えた細い角を曲がって路地裏へ入る。そうすればそこには若い女性がいた。まだ20代半ばくらいのその人は私を見て驚いたように目を見開いて、けれど直ぐに何でも無い顔をして私に軽く会釈をすると、横を通り過ぎて大通りへ向かった。それに、ガチャリ。

「エクソシストでスね?」
「うん、そうだよ。」

直ぐ背後で、さっきの女性・・・AKUMAが姿を転換(コンバート)してその銃口を私に向けるより先に、私はソイツに背を向けたまま肩口からマスケット銃の銃口をそのAKUMAに向けて引き金を引いた。ダァン!音と共に弾き出した銃弾はそのAKUMAを貫通はしたけれど破壊までは至らなかった。だから連発出来ない銃をそのまま掴むと、後ろを振り向きざまにそれで思い切りAKUMAの身体を叩き付けた。それにこの路地を挟むようにある建物の壁にぶつかったAKUMAの方へ、カツリ。1歩を踏み出した時。

ひぃっ!!?
「、」

此処から聞こえてきた音が聞こえてしまったんだろう。大通りの方から若い男性が1人、この通りを覗き込んで尻餅を吐いたまま動けなくなっていた。それにAKUMAの方も気付いたらしく、すかさずその男性の方に銃口を向けた。それにふ、と息を吐いてから今まで持っていた銃を放り投げると、今度は右手に槍を出現させて男性の方へ駆ける。そうしてAKUMAが銃弾を放つと同時くらいに男性の前へ立つと、AKUMAの方へ向き直ってすかさず刃を上に地面に柄をの端を地面に叩き付ける。直後、私達の目の前に細い鎖が張り巡らされた。

ダダダダダダダダダッッ!!
轟音と共に吐き出されるAKUMAの血の弾丸を鎖による防御壁によって防ぎながら、後ろで未だに呆けている男性に「早く逃げた方がいいよ」と振り返って告げれば、彼は慌てて大通りの方へ駆けだした。・・・のを、見送った時。銃声が止んだと思ってそっちを振り返れば、さっきのAKUMAはもう建物の屋根を超えて逃げだしていた。

それもまたのんびり顔を上げて見送っていた時に、不意に後ろから「おい」と不機嫌な声をかけられて振り返れば、案の定そこには不機嫌に顔を歪めたユウくんがいた。彼は「何逃がしてんだ」と眉間に皺を寄せながら言って来たけど、私の方は「男の人が来ちゃったから、そっち守ってたら逃げられちゃったんだよ」と告げる。そうすれば盛大に溜息を吐きだされた。そんな反応を見ながら「お店戻る?それともあのAKUMA追いかける?」とユウくんの横を過ぎようと思った時、す、と鋭い視線を流された。それに何かと思って彼を見れば、ユウくんは切れ長の目を細めて「お前、」と問うて来た。

「さっきのAKUMA、わざと逃がしたな。」
「うん?」
「お前ならこれから先の被害を考えるなら、一般人1人を殺して、その他大勢が死ぬ可能性を阻止するだろ。それでなくとも雑魚相手に一般人を守り、且つAKUMAを破壊する程度の事が出来なかったとも思えないけどな。」

「何のつもりだ。」と続けたユウくんに、この短時間で随分分析されたなぁと思いながら、だけど私も彼の事を観察してるから他人の事言えないかと納得して、「あぁ、うん。」と頷いた。それに別に、隠す事でもない。「あのAKUMA、後少しで進化しそうだったから。どうせなら進化してから壊そうかと思って。」それが分かってたから、そんなこと考えずに目前のAKUMAを容赦なく破壊しちゃいそうなユウくんにもう進化する見込みのない方に行ってもらった。「進化しかけのAKUMAもグリーフシードは待ってるけど、進化前と後だと全然グリーフシードの質が変わるから。」そう説明した私に、グググッとユウくんの眉間の皺が寄った。

「・・・お前はAKUMAを破壊する為にエクソシストになると言っていたな。矛盾じゃねェのか?AKUMAが進化するって事はつまり、人間を殺すって事だぜ。まさか知らねェなんて言わないよな。」
「戦争に犠牲は当然なんでしょ?」

この街に入る前に言われた言葉を、意趣返しって言うわけでもなく返した。そうすれば「お前、」と鋭い眼が私を射抜いたけれど、それはいつも通り「ふふ、冗談だよ。」と笑って流した。だから代わりの言葉を吐いてみる。「人は嘘を吐くいきものでしょう?」でも、「まぁ、私の言葉に嘘はないけど。」そう、嘘なんて言ってない。

「私はAKUMAを破壊する為に戦っているとは言ったけど、人を守る為だなんて一言だって言ってない。」

ただ、本当の事を話していないだけ。でも、そんなの教団の方だって同じだし、自分を守る為に持ってる情報を秘匿する事に文句を言われたって私は知らない。だったらそもそも、こんな行き成り現れた赤の他人をイノセンスの適合者だからって行き成り組織に組み入れるべきじゃない。そう言うリスクを負ってでも、自陣が勝つ為の兵器を集めているんだから、それを管理しきれていない方が悪い。「生き物なんて、皆自分達が生き延びる為ならなんだってするものじゃない。」

「それが戦争に加担してる・・・それも圧倒的不利な側なら特にね。黒の教団(あのひとたち)だって聖職者だなんて言ってるけど、裏で何やってるかなんて分かったものじゃないもの。そんな人達を、何も疑わずに信用なんて出来るわけないじゃない。」

あの人達だって、まさか理由も無く私の事を信じているなんて馬鹿な事はない筈だ。でも、もしも信じているなら大馬鹿だ。命をかけた戦争に突然他人を巻き込んで、それで何の不満も思惑も無く、ただただ正義感だけで協力してもらってるだなんて思ってるなら、そんな浅はかな彼等が悪い。・・・でもコムイさんにしろラビくんにしろ、お腹に一物も二物も抱えていそうな人達だから、そんな事はないだろうけど、

「・・・なんで今の話を俺にした。」
「お兄さんなら誰にも何も言わなそうだと思って。」
「ハッ、俺だって教団のエクソシストだぜ。」

私もまたお腹の中に色々抱えているんだよ、と。そう告げた私の言葉に問うてきたユウくんにさらりと返して、それに対して鼻で笑ってそう言った彼に「ふ、」漏れた声を、けれど抑えきれなかった。「ふふっ、あはは」堪え切れなかった笑いをそのまま漏らして、それに怪訝に私を見た彼に「嘘」と告げる。「嘘、嘘。」だって、

「お兄さん、私とおんなじ眼をしてるわ。」

ピリッ、と。AKUMAが来たと告げた時より、AKUMAの襲撃を受けた時より、初めて会った日に彼が私に刀を向けた時より鋭利に尖った空気が震えた。ほんの僅かな驚愕が覗いた、けれど殺意に塗れた眼光に目を細める。それを真っ直ぐに受けながら、だけどそれに怯む理由なんて何処にもない私は、全く変わらない態度で返す。

「言わないよ、お兄さんは。だってお兄さんは、教団がどうなろうとどうでもいいって思ってる。」

そこに至るまでの経緯も理由も分からないけど、その位の事なら分かる。それが、私と全く同じ事を思ってる相手なら、尚更。だから、彼は言わない。私って言う不純物が紛れている事を、意味も無く教団に言う事はない。所か、意味があったって言わないだろう。どうでも良いどころか、彼からは教団に対する嫌悪感すら感じるもの。

「だからお兄さんは言わない。私って言う不穏因子がある事を無視して、放っておくわ。」
「・・・馬鹿じゃないどころか、とんでもねェ女だな。」
「お兄さんだってきっと人の事言えないと思うけどな。それに、私だって無意味に人を殺したり見放したりはしないよ。」

守れる限りは守るけど、だけど自分の為なら容赦はしない。いつかは皆の為にって戦っていた事もあったけど。自分の力で守れるものがあるのだと、そう信じていた時もあったけど。でももう、私の優先順位は定まってしまった。優先順位を作ってしまった。全然知らない場所で、全然知らない誰かが死んでいく。だったら、それが自分が逃がしたAKUMAの起こした事でも、関係ない。

         そう、何でも無い顔で笑みながら。けれど彼に見えないようにギ、と拳を握った。その力を抜こう抜こうとして、だけど結局その手は暫く力んだ侭だった。誰かの為に、なんて幻想とっくに捨てた。そんな夢みたいな事、もう信じてなんていない。
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