南十字星の悲鳴
フィンランド奥地にある、村とも呼べる小さな街。鬱蒼と茂る森の中にひっそりと存在するその街は、嘗ては線路すら巡らされる事のない程に貧しい街だった。

フィンランドでも北部に位置するこの山は、10月から05月の半年近くは雪に閉ざされ、晴れ間も数日しか無い。夏場でも最低気温でマイナスを記録する程のこの土地では農業による産業もままならない。元々数百年前までは、この街の中央に位置する場所に在る、地下へ続く洞窟の中から水晶が発掘されそれを産出する事で栄えていたが、それも掘り尽くし、後は廃れ、滅びゆくだけの街だった。しかし、転機は50年前に訪れた。

洞窟の中から、取り尽くしたと思われていた水晶が大量に発掘されたのだ。それによってこの町は急激に栄え、線路を作り、街へ出た。水晶によって多額の資金を得た街は冬への備蓄や備えをする事が出来るようになった。しかし、その水晶は採掘してからおよそ50年。今でも全く衰える事無く採れ続けている。50年前までは、枯れ果てていたにも関わらず、大量に。

         採っても採っても衰える事無く採れ続ける水晶。それがこの街の奇怪だった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・平和だね。」

街に入ってみれば、そこには活気に満ちあふれた街が広がっていた。ぱっと見ただけでも老人が多いけど、それなりに子供もいる。家というより市場が集まって街になったって感じの、活気のある街。露店に並ぶのは当然のように水晶の細工で、だけどその割には値段が安いような気がするのは、それだけ霊の洞窟から取れる水晶の量が多いって事なんだろう。いくらAKUMAの襲撃が洞窟の中だけで起こってることとはいえ、拍子抜けするくらいのどかだった。
それにはぁっと息を吐いた所で、私の隣で同じように嘆息したユウくんの息を視認して何とはなしに呟いた。

「お兄さん寒くない?息白いけど。」
「寒くねェ事はねェが、我慢できない程じゃない。」
「格好いいねー。」
「殴るぞ。」

褒めたのに。思いながらも口の前で人差し指と人差し指を作ってバツを作る。『お口はミッフィーちゃん』とでも言ってやろうと思ったけど、そもそもこの世界にこのネタは通じないような気がしたから止めておいた。そんな私に意外にも「そう言うお前は平気なのかよ?汽車の中にコートも置いてきたんだろ。」なんて声をかけてくれたユウくんは意外と優しいのかもしれない。・・・そう言えば運転士さんの事も私が動く前に助けに行ってたしなあ。基本は、いい人なんだろうな。思いながら、「うん。私の服、防寒服みたいなものだから。」と答える。・・・まぁ、嘘だけど。

ただ、寒さを感じてないのは本当。ソウルジェムによる補助効果みたいなものだ。・・・ソウルジェムって言うのは、身体の感覚を麻痺させる事も出来るから、補助と言っても自分で意図的に必要な時に必要なだけそれをしてる。麻痺させられる物の最たるもので言えば、今でいえば温度感知能力とか痛覚だとか。ただ、それを強くすればする程動きが鈍くなるから、状況に応じてそれの使い方を考えないといけないんだけど。

思いながら、うす曇りの空を見上げた。・・・この地方は10月から雪が降り始めるって話だったけど、9月末の今日ももう降り出しそうな気がする。それを感じながら、はぁ、と。別段寒くも無いけど白い息を意図的に吐き出した。

「でも気温どのくらいかな?マイナスまではいってなさそうだけど、雪でも降ってきそうだね。今日は寒い日なのかな?」
「俺が知るか。」

「エクソシスト様!」

放している最中。不意に正面の露店がごった返している通りからそう声が聞こえてきた。それにそっちの方を見れば、全身を白を基調とした服で覆っている男の人が駆けて来た。その人は私達の前まで来ると「お待ち致しておりました、エクソシスト様。」と言って頭を下げた。・・・見た感じ、30代前半って感じの男の人は、きっと探索部隊の人なんだろう。その人を見ながらユウくんを見上げれば、彼は何でも無い無表情で口を開いた。

「他の奴等はどうした。」
「洞窟の入り口を封鎖するのに後3人。他は皆、洞窟の中です。」
「そうか。」

その他の人って言うのが何人いるのかは分からないけど、AKUMAのいる空間にいるんじゃ生存の確率は絶望的だろうなとぼんやり思っていた所で、正面から視線を感じた。それにそっちを見てれば、目の前に立つ探索部隊の人が私の事をジッと・・・ジ〜ッと、それこそ穴が開きそうな程に見詰めている。それに一歩後退りずさりながら、だけど取り敢えずにこっと笑って首を傾げた。

「・・・あの、なにか?」

言った途端「っ〜〜〜!!」と悶えるように身震いしたこの人にびくりと震える。しかも何か・・・物凄いキラキラした笑みを作っている。心なしかユウくんの方も引いてるような顔を作ってる。だけどそれすら気にしていない様子で探索部隊の人は私の方へバッと近寄った。

「お嬢ちゃんもエクソシストなんだね?!偉いねぇ・・・飴いる?!クッキーもあるよ!!?」
「・・・・・・・・・はぁ、じゃぁ、いただきます。」

・・・完全に子ども扱い。それもすっごい幼い子供に対する感じの。そんなに幼く見えるかな・・・日本なら全然童顔とかって言われない位の外見なんだけど。思いながら、差し出された飴とクッキーは取り敢えず受け取ったけど、っていうか、これは・・・この感じは、何て言うか・・・ろ、ロリコン、か?思って、ゾワッと鳥肌が立った。ユウくんの方もこの人の性癖?らしきものに私と同じ結論に至ったのか、さりげなく私を後ろに庇うようにしてくれている辺り、相当だ。
そのユウくんは鋭いながらも何処か複雑そうな眼で探索部隊の人を見下ろしながら、僅かにひきつった口を開いた。

「どうでもいいから説明をしろ。」
「はい。それでは近くの喫茶店に入りましょう。」

ユウくんの言葉には一転、キリッと答えた探索部隊のおじさんに、私もユウくんも顔を・・・というか、視線を見合わせた。






「洞窟が閉ざされたのは不幸中の幸いだな。中にいる探索部隊の連中とは連絡は取れてるのか?」
「はい。・・・しかし大分数は減ってしまいましたが、」

その探索部隊の人の言葉に「そうか。」と返したユウくんの横で紅茶を啜りながら、私はチラリと前の席に座る彼を覗き見る。・・・彼はこの店に入ってから改めて頭を下げると、アルバと名乗った。フードを外せば、浅黒い肌色と外見はオジサンなのに中々格好いい顔立ちが覗いた。なのにどうしてロリコン・・・残念なイケメンって、本当にいるんだなあ。思いながら、アッサムにミルクをたっぷり入れたこの紅茶の香りにほぅっと息を吐いて、問う。

「ねぇ。街の人には何て言ったの?」
「え??」
「だってその洞窟って金のなる木みたいなものでしょ?行き成り封鎖って、大丈夫なの?」

私に声をかけられた瞬間にパッと顔を輝かせた彼・・・アルバさんには顔を引き攣らせそうになったけど、まぁ、いいか。仮に何かされそうになっても、この人くらいなら何ともなく倒せそうだし。思いながら、「えぇ、」と笑んで続ける彼の顔をジッと見た。

「元々人柄のいい土地だったようで。洞窟が崩れる恐れがあるのでその調査にと言えば、あっさり協力してくれました。」
「へぇー。・・・で?」
「で、って?」

不思議そうに気生き返された言葉に「イノセンス回収したら水晶、もう採れなくなるんじゃない?そこは放置な方向なの?」と言った言葉に、隣でどうでもよさそうに珈琲を煽ったユウくんの傍ら。アルバさんの方は「、」と言葉を詰まらせた。別に私の方もそれほど気になるわけじゃないけど、まぁ、ちょっとした意地悪な暇つぶしみたいな気持ちで淡々と言葉を続ける。

「適合者、お爺ちゃんかお婆ちゃんだったんじゃないですか?50年前に適合者が見つかって発動したイノセンスが水晶を出して、出し続けてた。だけど適合者が死んじゃった上にイノセンスまで回収するんじゃ、この街の人達、また貧乏になっちゃうね。底の所の保証って、ヴァチカンはするのかな?それとも無視なのかな?」

我ながら意地の悪い質問な上に、アルバさんに言っても仕方のない事だと思いながら言った私に、案の定彼は「それは、」と言い淀んでしまった。それを見て、もうそろそろいいかなと思ってから「まぁ、それは私達が気にする事じゃないか。」とティーカップを置いてから、ふふっと笑う。それに私の方を見た2人にもう1度笑ってから、私は左耳のピアスに触れた。

「・・・・・・やっぱり、ローズクロス、だっけ?これって目立つのかな?」
「は?」
「近付いて来てる、2つ。両方Lv1だね。」

言った私に、この席に緊張が走ったのが分かった。チャキ。刀を掴んだユウくんに、ひたりと冷や汗を流したアルバさん。それを見ながら「どっちがいい?」とユウくんに問えば、「どっちだっていいし、どっちでも構わねェよ。」なんて返ってきて、取り敢えずと「きゃーユウくんかぁっこいー!」と立てれば、ブンッ!悪ふざけが過ぎたのか、ユウくんの気が短すぎるのか(絶対的に後者だろうけど)、彼の拳が私の頭めがけて飛んできたのをす、と避ける。それには物凄い勢いで舌打ちされたけど、それにはニコリと返して「じゃぁお兄さんにはあっち側のをあげるね」と言ってから立ち上がって、AKUMAの位置を聞いてきた彼に距離と方角を答えれば有無も言わさずとっとと外に出て行ってしまった。

私なら正確に誰がAKUMAか分かるのに、本当一匹狼って感じだよね。まぁ、AKUMAはエクソシストを襲ってくるだろうから、場所さえ分かってしまえば襲われる事に慣れてるだろうお兄さんは大丈夫だろう。・・・思って。私は残りの一体の方に行こうかと、探索部隊の人に此処で待ってるように言ってから席を立った時。その彼に「あぁ、お嬢ちゃん」と声をかけられて「はい?」と振り返えれば、物凄く優しげな視線とぶつかった。

「マフラー、戦うのに邪魔になるかな?」
「?いや、別に・・・巻き方次第じゃないですかね?」
「それじゃ、どーぞ。」

さっきまでおじさんが巻いていた、おじさんが巻くにはどう考えても派手な真っ赤なマフラーを私の首裏にすっと回した。それに「え、」と思わず声が漏れて、だけど直ぐに室内だからって温度感知能力の麻痺を解除していた所為で首から伝わってくる、まだある他人の体温に不快感を隠しながらおじさんを見上げれば、けれど優しいばかりの顔で見降ろされてバツが悪くなってしまった。・・・不快感を感じるのは反射だから仕方なけど、でもなんか・・・すごい悪い事思ってる気分になる。

「そんな薄着じゃ寒いだろう?おじさんが貸してあげるから、温かくなるまで巻いていると良い。」
「いや、あの・・・・・・・・・ありがとう、ございます。」

断ろうと思ってたのに、ただの優しさしかない笑みで見下ろされる居心地の悪さに思わずうなずいてしまった。そこまで狙ってたなら大したものだけど、この人からはそんなこと全然考えてなさそうな人のよさしか感じられない。それに私はお礼を言ってから踵を返して、店から出ると同時に身が縮みそう程の寒さにすぐさま身体の温度の感知能力を麻痺させた。・・・なのにどうしてか感じる首の温かさに首を振って、私はAKUMAのいるだろう場所へ一歩を踏み出した。
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