泥にまみれる他愛事
あの時。橋が爆破されて汽車が底に落ちていく最中。運転席の窓をたたき割って、その中にいた運転士の襟を掴んで客席まで引っ張り出した時。「、お兄さん!」と背後から聞こえた声に後ろを振り返れば、さっきまでとは違う服を身にまとったあのガキがいた。だがその女の手に握られているリボンがこの汽車の窓の外のずっと上に続いているのを視界の端で確認した刹那だった。突然俺の身体がグルグルと音も無くそのリボンの逆側で縛られた。「ッテメ!」何しやがると続ける間もなく、突然あの餓鬼が何処から出したのかアイツの身の丈よりもデカイ槍を振りかざして、この汽車にデカイ穴を開けた。

それに俺がようやくコイツが何をしようとしてるのか理解した時、ビン、と。俺を縛っていたリボンが張ってその場に宙吊りになり、身体は穴を抜けて外に出た。その背後で汽車が奈落の底に落ちていくのを見送って、だが脇に抱えている運転士(暴れ出す前にとっとと気を失ってくれていたのは好都合だった)を落とさないように抱え直した、時。

「片付けてくる。」

耳元にそう囁くような声が届いた時には、既にあの餓鬼はこの崖の上空に跳躍していた。



あれからほんの僅かの時間で橋を爆破したAKUMAを破壊したんだろう、AKUMAの悲鳴が聞こえたと思った時には俺の腹から脇にまでグルグルと回っていたリボンが上に引っ張られていく。その様に、あまりの自分の無様さに頭を抱えたくなった時、上から「うわ、運転士さん死んじゃった?」なんて暢気な声が聞こえてきて益々その衝動が増した。「・・・死んでねェよ。」

「行き成り橋爆発させるなんてとんでもないね。」

暢気に爆破された橋の端に足をかけて下を覗き込みながら言うアイツの傍ら、俺は橋の上にようやく足を付けた事に密かに息を吐いて、ギロリと目の前に立つ女を見る。・・・やはり明らかに出発時とさっきまでと服装が違う。出発時にも似たような印象の団服だったが、今の服は黒がかった紫色の物だ。色調だけでなく、デザインそのものも変化して、胸元にあるリボンの帯から短いスカートの縁には白いレースがあしらわれて、底から覗く足もタイツに変わっている等、全く別物に変わっている。それにさっきまで無かった筈のもので言えば、左腕に付いている肘から手首程の長さの円形の盾に、ピアスホールなんて開いていなかった筈の左耳の薄紫色の宝石のピアスもそうだ。

「・・・お前、いつ着替えたんだ?」
「あ、見てなかった?」
「なんでそんな嬉しそうに言うんだ。」

というよりは、ホッとしたような顔だった。それに怪訝に眉を寄せて問えば、この餓鬼は「あー」だの「えっと」だのと言い淀んで視線を彷徨わせる。それにイラつきながら睨み上げれば、コイツは困ったように眉を寄せた。それにまた盛大に眉を寄せて舌打ちをすれば、コイツは俺から視線を逸らした。「・・・だって、恥ずかしいもの。」は?

「・・・有体に言えば、変身、かな?」
「あァ?」
「魔法少女だから。魔法少女らしくぴかっと光ってぴかっとすっぽんぽんになってぴかっとあら不思議〜・・・みたいな?」
「ウゼェ。俺に聞くな。露出狂か。」

俺の言葉にコイツの方は「それは酷いんじゃないかな」と言いながらも別段気にしていない様子だ。そうしてコイツが地面に突き刺していた槍を抜いてグルッとそれを回した時、確かな硬度を持っていた筈のそれが湾曲した事にも驚いたが、それ以上にその槍が光の粒子と共に消えた事に目を細める。・・・それは俺を持ち上げ終わったリボンが消えたのと同じ消え方だった。・・・これが恐らくこの餓鬼の言っていた『対アクマ武器を出す事が出来るイノセンス』なんだろう。服が変わった      曰く、変身らしい。ふざけんな      意味は全く分からねェが、それもそのイノセンスが関係しているんだろうと無理矢理納得した。

「行こっか。この人、此処に置いて行っていいんだよね?」
「連れて行っても仕方ねェだろ。」

俺の言葉に「そりゃそうだよね」と声を漏らしたコイツから視線をこの運転士に移して、でも取り敢えず橋を越えた所までは運ぶか、と。ひとつ舌打ちをしてからコイツを担ぎあげる。それに「力もちー」だのと茶々入れして来たコイツをギラリと睨み据えてから歩き出す。そんな俺の数歩後ろを付いて来るコイツを一瞬だけ振り返って、だが直ぐに正面に向き直った。









隣に立つユウくんに向けて「ここ、・・・だよね?」と声だけ投げかければ、「だろうな。」と一言だけで返された。まぁ、そうだよねぇと思いながら、目の前にある門を見上げる。街の外側をぐるりと囲む石造りの隔壁には、東西南北にそれぞれ1つずつ。全部で4つの入口である門がある。その内の西側の門の前に立ってそれを見上げながら、けれどこの小さい街に何でこんな壁が必要なんだろうとぼんやり考えながら、言う。

「この中で探索部隊の人が待ってるんだよね。」
「あぁ、生きていればな。」
「あぁ、うん。中にAKUMAもいるって言ってたもんね。」

確かに・・・このソウルジェムの光の感じだとAKUMA・・・それもLv2程の奴が複数対いる感じだなあと目を細める。資料によると、この街で起こっていた奇怪はイノセンスによるものであることが確認されて、そのイノセンスも回収していたらしい。だけどそのイノセンスには適合者と思われる人物がいて、けれどその適合者の人はAKUMAの襲撃を受けた事によって死亡した。・・・元々そのイノセンスを使って何かと戦うとかって言う経験が無かったらしいから、それは仕方ないけど。問題なのは、その適合者らしき人が絶命する直前にそのイノセンスが発動したと言う事。

そのイノセンスの効力は、それのあった場所。この町の中央部に在る地下へ続く洞窟。その洞窟の中に入った者を一切外に出さなくなると言うもの。それによってAKUMAは街へ出る事が出来なくなったけど、その中にいた数十人の探索部隊の人も閉じ込められる事になってしまった。だから街に残っていた探索部隊の人が洞窟の中に他の一般人が立ち入らないようにそこを封鎖したらしいけど・・・         中に入れば、イノセンスを所有しているエクソシストでも外に出られない可能性があるらしい。

イノセンスの能力がそのイノセンス自身か、あるいはもう亡くなった適合者自身の自衛の為に発動したのであれば、AKUMAを破壊し、そのイノセンスを然るべき者・・・つまり教団の人間。あるいはエクソシストが奪還すれば、その能力は解除されるんじゃないか、との事。相手がイノセンスだけに確実な確証って言う物が無いって言ってたけど、まぁやるしかないならやるしかないものね。それに、なんかユウくんってベテランって感じするし、心強くはあるよね。なんて、思っていた時。そのユウくんが私へ視線を向ける事無く言った。

「始まる前に言っとく。お前が敵に殺されそうになっても任務遂行の邪魔だと判断したら、俺はお前を見殺しにするぜ。戦争に犠牲は当然だからな、変な仲間意識持つなよ。」

視線だけを鋭く私に向けて言われた言葉に、ぱちり。瞬いた。「?うん、大丈夫だよ。」なにを、突然。別にそんな事期待してもいなかったし、寧ろわざわざそんな事言ってくれる事の方に驚いた。・・・それとも私、侮られてるんだろうか。いや、まぁ事実子供だし、曰く物凄い童顔らしいから当たり前かもしれないけど。思いながら、続ける。

「私もわざわざ無意味に君を助けてあげる気はないもの。」

言った私に、ユウくんがチラリと私を見たのが分かった。それに取り敢えずにこっと笑っておいて、「だからさっきの事でお礼を言われなかった事も当然だって分かってるよ。」それに、私にとってもあの時お兄さんを助けたのは無意味じゃなかったし。「私は今回の任務にお兄さんがいた方が都合がいいから助けたし、お兄さんは私のその都合で助けられただけだから。」色んな狡い打算でもって生きていく術は、ずっと前より格段にその技術を増した。
当然無意味に見捨てたりはしないけど、もしもそれが際どい状況なら私は絶対的に自分に都合のいいように行動するもの。それを思って言った私に、お兄さんは「ハッ」と吐き捨てるように笑ってから自身の刀に手をかけた。

「初めよりお前が好きになれそうだ。」
「そう?私もお兄さんみたいな人が一緒でよかったわ。」

笑った私に、お兄さんは今度は嫌悪感を感じさせない声調で「足引っ張んじゃねェぞ、クソガキ。」と返すだけだった。
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