うつぶせの時間
ボロッ、と。崩れ落ちた人類を標的として狙う、たった今私が破壊したAKUMA(アクマ)と呼ばれる悪性兵器だったそれ(・・)を見下ろした。

AKUMAとは、魂を内蔵した生きる兵器。
その魂は"製造者"である千年伯爵によって支配され、その魂を冥界から呼び戻した人間を殺し、その皮を被って、そうしてその人間に成り済ましてひっそりと人間を殺す。そしてそのアクマの魂は、永遠に兵器のエネルギー源として拘束され続ける。その魂に一切の自由は無く、苦悩し、自身の姿に絶望し、現実を憎悪しながら製造者の意志のまま破壊と殺戮を続ける。         救う為には破壊する他に手段がない。

この世界に生まれてから、8年程。クロスおじさんと出会って、別れて。そうして1人で世界を彷徨い歩きながら、去年おじさんに教えてもらったそれを思い出しては自嘲した。それを聞いた時は、あぁ、なんてそれは、皮肉だろうか、と。思ってしまった。

地面に落ちたグリーフシードを拾い上げ、僅かに淀んだソウルジェムにそれを当てながら。私は足元に転がるそのAKUMAの残骸を、カツ。ヒールの先で踏み潰した。・・・AKUMA、か。それの生まれるプロセス。

         あぁ・・・それはまるで、"魔女"のよう。
左手に掴んだ1冊の資料に目を向けながら、私の少し前を走るユウくんに向けて「ねえ、お兄さん。聞きたい事があるんだけど。」と声をかければ、けれどそれに帰って来たのは「それより今は汽車だ!!」っていう荒々しい声だった。・・・いや、でもさぁ。思いながらもそれは口に出す事無く飲み込んで、取り敢えず今はユウくんの言う通り汽車に乗る為に走る事にした。そうしてる内に数メートル先にある橋の奥から汽車が走ってきたのが見えて顔を歪めた。

「えぇぇ・・・なんかさ、もう少し普通に次の汽車待って乗ればいいんじゃないのかなぁ。」

呟きながら。だけどその橋の下を止まる事無く疾走した汽車の上。私達は迷う事無く汽車に向かって橋から飛び降りた。
・・・事の発端は、数時間前。



「任務、ですか?」

私が朝食を食べている最中。「10分で指令室に来てくれ」ってリーバーさんに言われた時に、一緒にご飯を食べてたラビくんに「任務かもな」って言われてたからそうかなとも思ってたけど・・・本当にそうだったんだ、なんて。そんな事を思いながら問い返した私に「そ。今回の任務では2人コンビで行ってもらうよ。」と続けられた言葉に瞬いた。

随分早くに来たな、と思いながら。だけどまぁ、これを機に私の実力と私にどのくらいの事が出来るのかを試しておきたいって事なんだろうなあ。だから、・・・思って、さっきの『2人』の指すもう1人の方をチラリと覗き見る。同じソファーの隣に座るさらりと流れる黒髪は、背凭れに肘をかけて逆の手は渡された資料を手に私の方を見ようともしない。敢えて口に出す事はないけど、明らかに(ガキのお守りかよ、面倒臭ぇな)くらい思ってそうだな。

「フィンランドで起こっていた怪奇現象がイノセンスの物だと判明して、それを回収した探索部隊(ファインダー)がAKUMAの襲撃を受けた。イノセンスは奪われたが、AKUMAはその街からまだ"出られていない"。早急に敵を破壊し、イノセンスを奪還してくれ。]

その言葉と共に「はぁ、」と。取り合えず頷いて私とは対照的に、返事も無く立ち上がって先に進もうとする彼のロングコートの端を掴んで引きとめて、それに(なんだ鬱陶しい放せブッ殺すぞ)くらい思ってそうな顔で私を振り返って見下ろす彼に向ってにこり、笑んでみた。

「じゃぁ、よろしく・・・えーと。ユウくん。」

神田ユウ、って名前だったよねと。そう思いながら言った言葉に「あァ?!!」っていう物凄い声と共に返された、ギラッ!って音でも付きそうな凄い顔に、ぱちり。瞬いて困ったなあと苦笑した。ちょっと、面倒臭そうだな。



って事が数時間前。でも、まぁイノセンスがAKUMAに奪われたって言うもんね。本部で受けた説明も簡素なもので、詳しくは渡した資料を行きながら見てくれってくらいには緊迫した状況だ。そりゃぁ汽車を待つ1分1秒だって惜しいかと思いなおして、上手く着地で来た汽車の上でふ、と息を吐いた。私が教団に入って、まだたったの2日。それで任務が来るなんて、よっぽど教団側は人員が不足してるのね、と。思った言葉は勿論口には出さず、その代わりに呟いた。・・・「いやぁ、それにしても。」

「飛び込み乗車は聞くけど、飛び乗り乗車ってそうそうないよねえ。」
「いつもの事だ。」

いつもかぁ、それは・・・いやだなあ。
思った所で、ユウくんがガタンと汽車の天井部分を外して下に降りた。その妙に手慣れた動作に、「泥棒とかやれそうだね」と下にいるユウくんを覗き見たら、物凄く嫌そうな顔をされて無視された。まぁそれは予想してたからいいだけど。思いつつ、私もまた下に降りた所で後ろから「困りますお客様!」と、この汽車のアテンダントっぽい人が慌てた様子で声をかけた来た。そりゃそうだ。

思いながら、今着てるスカートの端を摘まんで上に持ち上げてみた。ジョニーさんがデザインして作ってくれたって言うこの服は、私が前ジョニーさんに渡した服と同じようなデザインで作ってくれた学生服調の黒いもので、左胸にはユウくんやラビくん、後それからコムイさんにも付いていた十字のマーク。それを一瞥してスカートを放してから、アテンダントさんとユウくんの様子を窺い見る。

「こちらは上級車両でございまして、一般のお客様には二等車両の方に・・・てゆうかそんな所から、」
「黒の教団でだ。一室用意しろ。」
「!黒の・・・!?か、かしこまりました!」

あんまりなユウくんのものいいと言うか態度に対して、なんて不遜な態度だとか思っていた最中、突如ユウくんの胸元辺りに視線を向けた途端アテンダントさんが慌てた様子で頭を下げた。そうしてぱたぱたと奥の方に走って行ったのを見て、ぱちり、瞬く。瞬いて、さっきあの人が見てたユウくんの胸元にあるものを見てから首を傾げる。

「?今あの人このマーク見てた?」
「俺等の胸にあるローズクロスはヴァチカンの名においてあらゆる場所の入場が認められてんだよ。」

「へー・・・ただの的じゃなかったんだね」呟いて。それにチラリ、視線を向けて来たユウくんに首を傾げれば、「・・・気付いてたのか」なんて至極意外そうに聞かれてしまった。そりゃ、「気付くよ」。だって一部地位の高い人とかは別だろうけど、化学班の人やあの、えーと・・・探索部隊?の人だって外で活動するのに付いてないのに私達にエクソシストにだけ付いてるって、AKUMAに対抗力があるからでしょ?ただでさえ普通はAKUMAか人かなんて分からないんだもの。自分を餌に誘き出す為の的って事くらい分かるよ。
言った私に「ハッ、馬鹿じゃねェみたいだな。」なんて、失礼なんだかそうじゃないんだかよく分からない言葉を返された。から、

「でも今回は安心してね。私がちゃんとAKUMAを見つけてあげるから。」
「便利な能力って事だけは認めてやる。」

にこっと笑んだ私にユウくんが冷たく返した所で「お待たせいたしました!」と、さっきのアテンダントさんが戻ってきた。
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