空気越しになぞる
「どうしてグリーフシードを集めているのか、だよ」と。問われた言葉に応えようとした私に、待ったをかけたのは聞いてきた本人であるコムイさんだった。彼はグリーフシードについては化学班の人達にも話を聞いてほしいからそこで話してくれって言う事だった。まぁ私も同じ話を何度も何度も繰り返すなんて冗談じゃないから、大人しく化学班の人のいる研究室まで行った。

そこにいた個性豊かな人達の中から、その化学班の班長だと名乗ったリーバー・ウェンハムさんにだけ取り敢えず自己紹介をして貰った。ネクタイを緩めた無精髭を生やしたその人はコムイさんよりは若そうだけど、眼の下にくっきりと浮かんでいる隈がくたびれた印象を与えた。そんな彼の後ろでは、きっと私からグリーフシードの話が聞ける事を心待ちにしているであろう表情で、心なしかうきうきとしたような顔をしている数人の白衣を着た人達がいた。
それを眺めながら、随分能天気な顔してくれるわね。なんて、頭の片隅で思いながら、ようやく私は口を開いた。

「グリーフシードが破壊したAKUMAが落とす黒い宝石状の物質って事は知ってるんですよね。」
「あぁ。でも教団設立から科学者が躍起になって調べてもその物質がなんなのか、何の為のものか分からなかった。」
「はぁ、でしょうねぇ。じゃぁまずAKUMAの構成されている仕組みから言います。」

これは、私がクロスおじさんから聞いた話からAKUMAって言う物の存在を聞いて、それから導き出した答え。
AKUMAはダークマターから作られた魔導式ボディの原型にその魂を取りこんでそれを拘束する事で生まれて、その魂をAKUMAを動かすエネルギー源にしてるって考えてるみたいだけど、それには少しだけ補足がある。冥界から呼び出された魂には、全て『核』が存在する。それはダークマターによって魂を物質的存在としてシフトしたもので、AKUMAはその『核』を介して魂からそのエネルギー源を取りこんでいる。

ただ本来形の存在しない魂から生まれる核は、酷く脆い。だからその大半は形を持たず、本体であるAKUMAが破壊される事でダークマターと呼ばれる繋ぎを失って消滅する。だけどその核はAKUMAが進化する事によってその強度を増し、さらに"ある形"に生成されて本体が破壊されても消滅せず物質として残るようになる。その物質が、グリーフシード。

ただし核をグリーフシードにまで成長させることのできるAKUMAは多いわけじゃなくて、その大半はLv1からLv2に進化できる程の力を蓄えたAKUMAのみが生成する事が出来る。だから稀に進化直前のLv1のAKUMAも持っているけど、その殆どは持っていない。ただAKUMAが破壊される事で魂と切り離されたグリーフシードは、存在しても何の意味ももたない。それこそ只の石ころと変わらないけれど、この世でただ1つ。私のソウルジェムにだけ有効に作用する

「ソウルジェムにだけ・・・?一体どういう風に作用するんだい?」
「ソウルジェムは、使えば使う程消耗するんです。」

ソウルジェムはAKUMAを破壊する為の武器を出す事が出来るけれど、その能力を使用するに比例して魔力を使い、穢れを溜め込む。それに、ソウルジェムはイノセンスだから、常に悪魔の存在を探知する為に使用し続けてけている状態になっているから、何もしなくても少しずつ穢れてしまう。そして、これが濁りきった時、ソウルジェムは砕け散って、二度と再生できない。

グリーフシードはソウルジェムに溜まった穢れを吸収して差し替える事が出来る、この世で唯一の物質。だから私はソウルジェムの穢れを定期的にグリーフシードに転嫁させる事で、ソウルジェムが壊れてしまう事を回避し続けないといけない。
だけどグリーフシードも無限に仕えるわけじゃなくて、穢れを一定量吸収したらその機能を果たせなくなってしまう。そして許容範囲の優劣はそれを落としたAKUMAのレベルに比例するから、強いAKUMAから回収したグリーフシードならそれだけソウルジェムを浄化出来る量が増えて、正常な状態で維持する事が出来る。

「あの時靄に見えた奴がそのソウルジェムに溜まった穢れか?」
「うん。あの後私のソウルジェムが綺麗になったのは、つまりそう言う事。」

ユウって人に問われた言葉に答えれば、何故かチッと舌打ちされた。・・・汽車に乗ってた時に散々時間あったんだからその時に話せよこのクソガキ、くらい思ってそうな顔だ。それを思って笑いそうになったのを平然と堪えていた所で、不意に唖然としたような顔をしているリーバーさんと目があった。それに「どうしました、お兄さん」と問えば、彼はやっぱりその顔を崩す事無く引き攣った声で持って言った。

「どうしてお前、そんな事知ってるんだ?それに、ソウルジェムってやつだって、普通グリーフシードで綺麗になるなんて思わないだろ?何処でその情報を得たんだ?」

その問いに関してはまあ予想通りだったから、別段慌てる事も無い。っていうか、別にやましい事なんて何にもないから慌てる必要だって無い。ただ、その情報源はいくら神だのAKUMAだのいる世界とは言え、あんまりに現実離れし過ぎているから、正直に答える事もしない。だから「さぁ、何処ですかね?・・・前世、かな」なんてシレッと答えた言葉にも、案の定「おい、これは真面目な話なんだぞ」って返されただけだった。・・・心の何処かで、信じないなら、聞かないでよ。と、誰かが囁いたのには、気付かない振りをした。

「知ってる事なら何だって知ってますよ、私は。」
「お前な、」
「それじゃぁ、宇宙人から聞きました。」
「だからなぁ!」
「それじゃぁ、次は僕から聞こうかな?」
「はい、どーぞ。」

私とリーバーさんの会話に好い加減不毛だなあと思っていた時に割り込んできたコムイさんの言葉にふらりと視線を彼の方に移せば、にこり。リーバーさんの何か言いたげな視線を躱してそんな笑みを作って見せて、私に問うた。

「どうして君はAKUMAを破壊するんだい?」
「は?」
「グリーフシードはつまり、AKUMAを破壊する為に集めているんだろう?」

成る程的確に確信を突いて来ると、少し感心した。すっとぼけた顔して侮れないなと思いながら、それだって聞かれるだろうって心構えはしていて、模範解答だってちゃんと準備している。だから「無理に戦い続ける事は無かったんじゃないかい?君は確かに強いようだけど、AKUMAと戦い続ける事のリスクが分からないわけでもないだろう?そのリスクを冒してでも、君が戦い続ける理由はなんだい?」と続けられた言葉にだって、動じる事無く答えられる。

「私の親は、AKUMAに殺されました。」

身寄りがないってクロスおじさんに言ってもらっていて助かったな。これで、私の言葉にも真実味が増すってものだ。自分でもなかなか最悪だとは思うけど、構わない。それに、あっちだって私の事をAKUMAを壊す兵器として利用しようとしてるんだから、おあいこ所かまだ足りない位だ。

「正義心で戦ってるわけじゃない。これは、私の復讐なんです。」

これは、本当だけど。だけど、後付けの理由は嘘っぱちだ。「AKUMAを殺したらどうなるってわけじゃない事くらい分かってる」こんな言葉を平然と、しかもそれらしく話しながら、思う。「だけど、それでも許せないから私はAKUMAを破壊し続けるし、その為に必要なグリーフシードは集め続ける」いつからこんなに、嘘がうまくなっちゃったんだろう、と。「ソウルジェムが壊れたら、私はもうAKUMAを破壊できなくなるから」これによって助けられる事はいっぱいあったけど。こんな事に助けられる自分になんて、なりたくなかった。

そんな本心をひたりと隠しながら。私はそんな私に深刻な顔を向けるこの人達の甘さに、ふ、と笑んだ。この笑みはきっと、気にしないでください、と。あるいは、自嘲しているように、そう言う風に見えただろう。そう言う風に、見せた。

教団に入る事の利点なんて全く期待してなかったけど、思わぬ所で両手を上げて喜びたくなる程の物が手に入ったな。それも4年前から複数人で集められたグリーフシードなら、当面のストックになるし、これからもこの教団に所属し続ける事で、それも保障される。だったらそれを利用しない手はない。そこには感謝してるけど、少しでも不利になる情報は見せない。

だから本来のソウルジェムの存在"意義"そんな所には無いのだと言う事。AKUMAを感知する能力じゃソウルジェムは穢れないのだと言う事。AKUMAの感知と破壊の他に、私自身の痛覚などの感覚を酷く弱める事、そしてその本当の末路。そしてソウルジェムが、本来はAKUMAではなく『魔女』を倒す為のものだったのだと言う事。・・・それは、黙っていた。



・・・そしてこの説明。必要のない事の他に、重要な事についての説明すら真実だけど、全てじゃない。
ひとつは、ソウルジェムは使用する事によって汚れる他に、使用者・・・つまり私の感情によってもその穢れを蓄積するのだと言う事。それは絶望や憎しみと言った、暗い感情。それが蓄積される事によっても穢れが溜まって輝きが失われていく。これを言う事で感情を安定させる為に変な薬とか投与されたらかなわないから、これについては当然黙秘。

そしてもうひとつ。どっちかって言うとこっちの方が重要。ソウルジェムは穢れを溜め込んでも壊れたりなんかしない。いや、イノセンスとして作用しなくなるって言う点においては壊れるような物だけど。だけど、それよりもっとずっと厄介な事になるのだと言う事。

両親の事も、AKUMAを破壊し続ける理由が正義感じゃない事も事実だけど、別に復讐の為に戦っているわけじゃない。私は私の為だけに戦って、そして生きている。私が生きる為にAKUMAを壊して、そしてグリーフシードを手に入れている。

「私は、・・・今度は(・・・)死ぬわけにはいかないもの。」

そっと静かに囁いた。その情けない声は、誰ひとりにだって届く事は無かった。
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