ひとり冷めてゆく世界
「そのソウルジェムって宝石は、恐らくイノセンスだろう。」

確かな確信を持って告げられたその声色に、思わず瞬いてしまった。この場所はオーストリアにある小さい喫茶店で、今は数分前にこのテーブルに届けられたザッハトルテを食べている所だった。そして目の前に座るこのおじさんもまた、つい今までのんきに珈琲を啜っていたのだ。それなのに突然告げられたその言葉と話題に、ぱちぱちと瞬いてしまうのは仕方ない事だと思う。そしてそんな事を思っている私に対して、それに気付いているのかいないのか、おじさんはそのまま言葉を続けた。

「イノセンスってのは、AKUMAをこの世で唯一破壊できる神の結晶だ。つまりAKUMAを破壊できるその宝石は、イノセンスって事になる。だがそれがイノセンスで、ソウルジェムがお前の命そのものなら、マズイ事がある。」

その言葉に、思わず漏れた「マズイ事、ですか?」という声は、自分で思っているよりも緊張したものになってしまった。目の前の彼が、あまりに深刻な表情をしていたからだ。そしてその人は1度自身の珈琲カップを傾けてその中身を一気に仰ぐと、僅かに声を潜ませて、続けた。「イノセンスは         、」
ぱちぱち、ぱち。昼過ぎの英国の小さい街で借りている宿の外・・・それも結構遠くの方から聞こえてきた騒音に目を開けて数回の瞬きを繰り返せば、外部からの音に起こされた割に、思っていたよりもすっきりとした寝起きを迎えられた。「・・・・・・・・・懐かしい夢、見たなあ。」呟いて思い返して見ると、あれからもう4年くらい経ってるんだなあなんてしみじみ思ってからむくりと起き上がる。そうしてって布団をはいでから服を着替えてベッドの脇に置いた靴に足を通して、それから簡単に顔を洗うと、ぱぱっと髪を整えた。
鏡に映る姿は、この世界に生まれる前(・・・・・)と変わらない姿。日本で生まれたわけじゃないのに、日本人の容姿。それに、この間見つけた学生服のような服。この世界に生まれておよそ13年。未だに私はこの姿に割りきれずにいる。      その事実に嘆息してから、鏡の前から移動して左の中指にはめた指輪を、卵型の宝石に変えた。

「・・・AKUMA、」

さっきからそんな気はしていたけど、この遠くから聞こえてくる音はAKUMAによるものらしい。この卵型の小さい宝石はソウルジェムと呼ばれる物で、基本形状はこの形だけれど、普段は指輪の形状に変えて持ち歩いている。そしてこのソウルジェムは、人間を襲う悪性兵器であるAKUMAの存在を感知する事が出来る。それを見て溜息を吐いてから、だけど私にとっては都合がいいんだって納得をして窓の外を見れば、下の道にAKUMAがいるだろう方角から、大勢の人が逆流して来ているのが見て取れた。
これだけ大勢の人が逃げ惑っている事と、この騒音の規模から推測すると、今回のAKUMAは単独じゃないらしい。この世界(・・・・)のAKUMAはあの世界(・・・・)と違って集団で行動したりもするから、効率が良い。それを思って、5階の部屋の窓から下に飛び降りた。そうしてその飛び降りている最中、ソウルジェムの力によって自身の服装を変化させた(・・・変身って言う呼び方は、しない)。


カツ、カツ、カツ、とヒールを鳴らしてソウルジェムの示すAKUMAのいる方角へ固い地面を踏み歩きながら進めば、徐々に騒音・・・酷い破壊音や、ドドドドド、という何かが激しく射出されるような音が近付いて来るのが分かる。だけどその音の中に紛れて聞こえる悲鳴の中に、人の物とは思えないような酷いノイズ交じりの音も聞こえるから、もしかしたらAKUMAを破壊できる数少ない人間、エクソシストも紛れているのかもしれない。

そんな事を考えながら人並みを逆流して歩き続けていた時。不意に数メートル先に何かが突っ込んで、その先に会った家の壁にドォォオオン!と巨大な音立てて穴が開いた。それにその何かが飛んできた方を壁からひょこっと顔だけを覗かせてみてみれば、そこにいたのは・・・いや、あったのは、大量のAKUMA。それも10や20じゃきかない程、大量の。それを見て、思わず「うわぁ」と顔をしかめてしまった。確かにAKUMAは集団で行動する事はあるけど、流石にこんな大量のAKUMAが1度に行動する事なんて早々ない。つまり、この街にはそれだけ大量のAKUMAを派遣しなけれないけない『何か』があるって言う事なんだろう。

その何かに関わりたくはないけど、でもこれだけ沢山のAKUMAがいれば、1つくらいは『当たり』がある筈だ。まだ『ストック』はあるとはいえ、あればあるだけ不自由(・・・)しないものねなんてのんきに考えている片隅で、視界はしっかりAKUMAの群れに走らせた。・・・数は多いけど、雑魚しかいない。でもソウルジェムの反応から『当たり』も混じってるじゃ筈なんだけどなあなんて考えながら、それじゃぁとっとと片付けちゃうかと一歩踏み出そうとした時。そのAKUMAの群れの中に、影が見えた。

それは2人の男の人の影。1人は長い黒髪をポニーテールにしてるお兄さんで、もう1人は橙色がかった赤髪にバンダナを巻いた右目に眼帯をしたお兄さんだ。2人とも多分16、7歳位の年齢に見えるけど・・・その2人が着ている服は黒の教団の団服だ。つまりエクソシストなんだろうけど・・・どうしようかな。いるだろうな、とは思ってたけど、実際に居られると少し面倒臭い。


私は、AKUMAを壊した後に落とすグリーフシードって呼ばれる黒い宝石状の物質が欲しい。ただグリーフシード全ての奴が落とす訳じゃなくて、稀にLv1の奴も持っているけど、大体はLv2以上のAKUMAじゃないと持っていないのよね。だから、今日はラッキーだった。さっきのソウルジェムの反応なら、確実にグリーフシードを持ったAKUMAがいる。

・・・だけど確か何年か前から教団側もグリーフシードを集めてるんだよな。・・・下さいって言ったらくれるかな?でも普通くれないよな、一般人に。いくら使い道がないとはいえ、AKUMAが落とす物だもんな。そもそも教団側は今まではAKUMAの落とした物だからってグリーフシードは壊していた筈なのに、どうしてそれを突然回収する気になったのかは知らないけど・・・
まぁ、考えても仕方ないか。仕方ない。あんまりエクソシストと関わるつもりは無かったんだけど、自分の分は自分で回収しよう。

そう決めてからは早い。あの2人から程々に遠い死角になる場所で、かつAKUMAを狙える高台を探して、近くにあった建物の屋上まで跳んだ。そうしてからひゅ、左から右へ水平に右手を振れば、何も無い場所から私の周りにグリップを上にずらっと現れた数十丁のマスケット銃。その内の1丁を右手で掴んで数十メートル先にいるAKUMAの群れに狙いを定めて引き金を引いた。

ドンッ!
サイドハンマーが雷管を叩くと同時に銃弾が発射されると、銃弾が命中したかを見届ける事無く直ぐにその銃を放って次のマスケット銃を手に取った。私が出せる銃は単発式の銃しかないから、1発撃っては次の銃、1発撃っては次の銃と使い分ける事でしか連発出来ないのだ。・・・まぁ、多少不便だけど、これは際限なく出現させる事が出来るからそんな危機性はない。そんな余所事を考えながら、だけど照準はしっかりAKUMAに合わさっているし、その銃弾は確実にAKUMAを貫いて破壊して行っている。

どんどん数を減らして、とっとと目当ての物を見つけさせてもらうわ。と、着々とAKUMAを破壊して行く中で、AKUMAもまた私の存在に気付いたらしい。さっきいた2人のエクソシストから、狙いを私に変えた一部のAKUMA達が私の方に向かってくるのを確認したと同時に、手元のマスケット銃を全て打ち尽くした。

それに私は地を蹴ると、数メートル先のそのAKUMAの群れの方へ跳躍した。そうしてある程度その群れに近付いた所で、ヒュ、と胸元の薄紫色のリボンを解いた。変幻自在、私の望むだけ無限に伸びるその強靭なリボンの端を握って、それを掴んだままそのリボンを伸ばしてその群れへ放つ。ボール型の知性のないLv1のAKUMAは適当に一纏めにして、さっき発見したLv2のAKUMAは念入りにリボンで縛りつける。そうして縛り付けたAKUMAを1か所にまとめて縛り上げて、数メートル程の巨大な大砲のような銃器を1丁召喚した。そうしてその銃器の砲口を目前の群れに向けた。

「ティロ・フィナーレ。」
<< Back Date::110403 Next >>