せめてキス一回分の猶予を
冷たい地面に身体を投げ出して、視界一面に広がる空を見上げながら身体を捩ろうにも、その身体は酷く重くて。無理に動かそうとした事で「っ、げほっ・・・」と咳き込んでしまった。・・・幸いな事に本来なら身体を貫く程の痛みが襲う筈の痛覚がソウルジェムによって緩和されている事だけが、せめてもの救いだった。だけど、例え痛覚が無くても、もう、終わりだって事は、分かるけど。

「キュゥべえ・・・」

酷く掠れて揺れたその声に、視界の端で白い影が動いたのが見えた。赤い眼の、猫に似ているようで全然違う、生き物。私を只の学生から、普通じゃない学生に変えた。その可愛い見かけとは裏腹に、私達魔法少女の事を、宇宙の寿命を延命させる為の消耗品としか考えていない、モノ。         私はそれに、救われたけど。

「私の祈りを叶えてくれた事にだけは、感謝してる。・・・でも、」

キュゥべえと契約した事で私の身体から抽出された、私の、・・・魔法少女の、魂そのもの、私達の媒介・・・ソウルジェム。卵の形の、元は宝石のように綺麗に輝いていたそれは、今はもう真っ黒に淀んで輝きを失ってしまっている。

元々普通の学生だった私が、どんな願いでも1つ叶えて貰う事と引き換えに選んだ、魔法少女になって魔女と戦う生き方。その時は、契約すると同時に肉体と魂を分離させられてしまうと言う事も。魔法少女の末路が魔女になるか、ソウルジェムを破壊される事によって死ぬかの二択である事も。この契約そのものが、魔法少女にした少女に魔女を殺させ、そして何れ魔女になった時に魔法少女に殺される為の・・・希望が絶望へ転移する、その時に生まれるエネルギーを搾取する為だけに結ばれるものである事も、知らなかった。そして、知ってしまった後では、全てがもう遅かった。

だけど、それでも私の願いは叶ったし、私はもう魔法少女になってしまった。1度なってしまった事を取り消す事は出来ないし、例えあの時の祈りを無かった事に出来たとしても、私はそれを、選べない。きっと、だってその時の私には、私の祈りは、全てと引き換えにしてでも叶えたい願いだった。それ程に、張り裂けそうな程の、苦痛だった。・・・今はもう、何がそんなにも辛かったのかも、分からないけど。それでも、あの時には戻りたくはないから。
だから、それは、いい。ゾンビみたいな身体になった事も、キュゥべえに利用されていた事実も、いい。だけど、

「私、魔女にはなりたくない・・・っ」

魔法少女は魔女になって、人を呪って、そうして殺す。それが、私達の末路なのだとしても。例え、搾取される為だけに生み出されたのだとしても。その為だけに、利用されたのだとしても。私の祈りは、叶った。そして、こんな馬鹿な私にも、守れたものが、確かにあった。だからどうか、最後は・・・最期まで、魔法少女として、生きさせて。私は、魔法少女だから。魔女を・・・殺す為に、生きさせて。皆を、守る為に・・・っ

滲んだ涙を拭う力だって、残ってない。だけど、無理矢理にでも自分の右手を動かして、ぐ、と。ソウルジェムを、私にできる精一杯で握りしめる。私の、命。これが砕けた瞬間に、私の命も、本当に、砕けてしまう。でもその代わり、魔女になる事も、ない。だからもう、迷いはなかった。カラン・・・地面に落したそれに、ナイフの切っ先を、向けた。

何も知らずに、キュゥべえと・・・インキュベーターと契約した、馬鹿な私の・・・最後の、仕事。「さよなら。」


怖くなかった訳じゃない。苦しくなかった訳じゃない。辛くなかった訳じゃない。悲しくなかった訳でもない。吹っ切れた訳でも諦めたわけでもなかった。それでも、確かに守れたものがあったのだと、信じていたい。あぁ、私は、守れたのかな。・・・せめて、大切なひとたちだけ、でも。せめて。

あぁ、でも。もしも叶うなら。もしも人生に『また』次があるのなら、次こそは・・・        



振り下ろしたナイフは真っ直ぐに濁った宝石の中心へ落ち、地面と共に付き刺した。そこにはただひとりの子供が、眠っていた。
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