いたずらに迷子
どくん、どくん。
心臓が嫌な感じに音を立てて、その音と同じくらい嫌な汗が額に滲む。鯉伴さんはきっと、あのバスの所に行ったんだ。きっと、そう言う事なんだと、理解して、背筋に冷たいものが走った。総会の後、直ぐに私の乗る筈だったバスが事故に遭った。偶然とは思えない。多分、私が普通の子供だったなら、思いもよらない事実が、そこにはあるんだろう。      バスの事故は、私を殺す為に、故意に起こした物なんだろう。私の所為で、あのバスは事故に遭った。私の所為で、皆が死ぬかもしれない。

其処まで思って、へたりとその場に座り込んでしまった。青田坊さんと黒田坊さんが、白湯を、とか。大丈夫ですか、とか。耳元で言われてる筈なのに、そんな言葉に返事をする事も出来ない。あぁ、・・・あぁ、でも、


・・・でも、よかったじゃない。そう自分に、言い聞かせた。
鯉伴さんが行ってくれたなら、もう安心だもの。鯉伴さんが行ってくれたなら、きっと全部何とかしてくれる。きっと、きっと皆、大丈夫。妖怪の方も・・・きっと、ガゴゼっていう妖怪も、もうきっと、同じ事をしようとは思わなくなる筈。大丈夫、大丈夫、・・・大丈夫。


そう、分かるのに。なのにどうして、


が正しいと思った事をすればいいんだ。」


ぼろっ。どうして、止めど泣く溢れ出る涙を止める事が、出来ないんだろう。

あぁ、どうして。どうでもいいと思っていた筈だった。何もかも全部を大事なものにならないように、そう努めて来たのに。どうしてこんなにも、込み上げる。ただ、通っている学校で、同じクラスになっただけの赤の他人。仲良くなんてなれる筈も無い、意志の疎通すら難しい、友達なんて、そう思う事すら難しい、そんな、小さい子供達。友達なんてものじゃない。ただ、同じ時間を、多く過ごしていただけの、知らない子供の筈なのに。あぁ、本当。私は、馬鹿だ。・・・ふらり。それでも私の足は、外に向かって歩んでいた。

「ど、何処に行かれるのですか?!」
「そうですお嬢、こんな時間に!」

そう投げかけて来たのが誰なのか。それすらもう気にならなくて、私はごし、と。服の裾で涙を拭って、足を止めないままに外を見た。外は暗く、どんよりと重い。だけどどうして、私の心は、数分前ほど、重くはなくて。喉から音として発せられた声は、確かに震えてなんていなかった。「・・・カナちゃん達を、助けに行く。」

「着いて来て下さい。青田坊さん、黒田坊さん、皆。」
「へっ・・・ヘイッ!」

「まて!待ちなされ!!」

外に出て、カランと下駄を鳴らして地面を踏み歩く私の言葉に言葉を返してくれた人達の傍ら、そう制止をかけた木魚達磨さんの方を振り返る。そうすれば木魚達磨さんは鋭い視線で私の方を睨み据えると、彼は屋敷の中にいる妖怪達を押しのけて前に出ると、その視線と同様に鋭い口調と声色でもって、その声を張り上げた。

「なりませんぞ・・・人間を助けに行くなど・・・言語道断!!」

そう言い捨てた木魚達磨さんに「えっ・・・!?」「な・・・なんで・・・?」と困惑したように顔を歪めた青田坊さんと黒田坊さんが、少数意見である事を、私は正しく理解していた。だからこそ、私は黙った彼の主張を聞く。・・・とりあえず、は。

「そのような考えで我々妖怪を従える事が出来ると思いか!?我々は妖怪の総本山・・・奴良組なのだ!!人の気まぐれで百鬼を引きいらせてたまるか!!」
「達磨殿!!若頭だぞ!!無礼にも程があらぁ!!」

人の・・・気まぐれ。その言葉に、目を閉じた。
あぁ、本当に、咬み合わない。私にとって重きを置かれるのは、どうあったって身近の人の命だ。そこに人間も妖怪も関係ない。全く知らない誰かと、知っている誰かなら、どっちを依怙贔屓するかなんて、そんなの私に限らず明らかで。どちらかと言うと、私は人の方を優先させたいと思っているけれど、"此処"で私を育ててくれたひとが、妖怪である以上、何の迷いも無く人だけを選べるわけでもない。だけど、きっと普通はそうじゃない。普通は人は人を優先させて、妖怪は妖怪を優先させる。

だから人は人でないものを食べて生きるし、妖怪は人を襲いもする。私には同じ場所に立って、別の場所で生きているようにしか見えないけれど。だけど、やっぱり、違うんだと、思い知らされた。      あぁ、どうして。

「無礼?フン・・・貴様・・・奴良組の代紋『畏』の意味を理解しているのか?妖怪とは・・・人々におそれを抱かせるもの。それを人助けなど・・・・・・笑止!!」
「てめぇ!!」

木魚達磨さんと、青田坊さんの声を聞きながら、沈黙した私は、考える。あぁ、どうして。でも、それならきっと、その方が、都合がいい。閉じた唇に浮かんでいるものは、笑み、に、他ならなかった。「青田坊!?」と、2人の喧嘩を止める妖怪。「うわー!!喧嘩だ!!」ただ戸惑い傍観するだけの妖怪。「青田坊と達磨様が・・・ワシらどうしたらいいんじゃー!?」現状におそれおののき、逃げる妖怪。・・・一体何が、違うって言うの。

人として生きて、人と妖怪の両方を、この世界で親に持っている私に、妖怪を選べ、なんて。そんなの無理に、決まってるのに。それでもそれを強制するのは、違うでしょう。私は俺は、選ばない。「ゃ、」


「やめねぇか!!」


血が、燃えるように、煮えたぎっているような、感覚。
私の口が、私じゃない、別の誰かの言葉を音として発しているような、感覚。
ざわ、ざわ。全身が、脈打っている。

「時間がねぇんだよ。おめーの分かんねー理屈なんか聞きたくないんだよ!!木魚達磨。」
「?」

・・・あぁ、それじゃぁ、「なぁ・・・みんな・・・」
その言葉に、木魚達磨さんが怪訝な目を向けた。私に向けて、私じゃない、もう、"ひとり"を見ている。周りに集まった沢山の妖怪たちの、囁き声。ザワザワ「お嬢・・・?」「お嬢の姿が・・・・・・?お・・・おい」「アレ」そんな声の、ずっと奥。部屋の柱の、その奥に。ぬらりひょんさんが、私を窺い見ているのが見えて、口が、笑った。

俺の時間を、始めるぜ。君の時間が、始まる。
「俺が"人間だから"だというのなら、妖怪ならば・・・お前等を率いていいんだな!?」



「だったら・・・人間なんてやめてやる!」
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