百鬼夜行を背に背負い、事故現場へ向かう最中。今は胸の内に眠るに目を伏せて、しかし全身の底からグラグラと煮えるような熱に静かに拳を握った時。「様、あの・・・」と、横に控えていた雪女が恐る恐ると言った風におずおずと声を上げた。それに「なんだ?」と目を向ければ、何処か信じられないような心地で居るんだろう。最初と変わらない表情で続けた。
「本当に、・・・様、ですか?」と。問われた言葉に、フ、と笑む。確かに、今の俺はとは似ても似つかない。髪は逆立った白銀、背格好は高くなり、性別は男。親父に似たこの容姿を見て、誰がだと思うおうか。だが、
「お前はを見てなかったのかい?」
「へ?!」
「俺はアイツだよ。それでも、 俺は、俺だ。」
戸惑いを孕んだ眼で俺を見る妖怪たちにそう告げて、それは感じる風の冷たさに目を閉じて、思考する。
は、驚いてるだろうな。当然か。でも、多分アイツは初めから知っていた。だから、それ程でもねぇんだろうが・・・でも、ようやくアイツの心が動いて、意志が生まれた。手助けしてやるのは、手助けしてやりたいって思うのは当り前だ。・・・、
「今夜はなんだか・・・血が・・・あついなぁ・・・」取り敢えず。今は、俺に任せな。お前はお前に出来る事をすればいい。だから、俺はお前に出来ない事をする。俺は、お前だからな。だから、。
「リクオ様、それが妖怪の血です。」
「血・・・?」
「おじいさまの血です。」
「様は・・・ワシらを率いていいんです。貴方は、」
今はゆっくり、眠ってな。
「総大将の血を、四分の一も継いでいるのですから!!」
「ガゴゼよ。もうやめにしねぇかい、こんな事ァ。」
ニュースを見て、眼を剥いた。俺が3代目にを据える事をよく思わねェ奴がいた事は承知していた。後々その対策も立てねえといけないと思っていた所で、今回の事件だ。まさか、こんなに早くに、よりにもよってこんな最悪の形で動きを見せるとは思わなかった。には護衛を付けちゃぁいるが、それに巻き込まれたガキどもには面目も立たねえ。楽観視していた俺の責任だ。だからこそ、此処には俺が1人で来た。表面で表情を強張らせて固まるガゴゼに、チャキ、と祢々切丸の刃を地に滑らせ奴に向けた。
「テメェを、切るぜ。」
チラリ。視線を横にそらせば、そこには横向きに倒れるが乗る筈だったバス。そしてその周りに散乱する無数の瓦礫に、この暗いトンネルの中に閉じ込められ、不安げに俺達の事を隠れながら窺い見るガキ共。奴等が元気そうなのは不幸中の幸いだが、だからと言ってこの不義、許せるもんじゃぁねえ。ガゴゼ。テメェも、ガゴゼ会の組員も。こんな不義を働いたからには、生かしちゃおけねェ。ああ、全く本当「残念だ」囁いて。俺がその1歩を踏み出そうとした、その刹那。
「総大将ー!!」
「は・・・はぁ?!っ、な、お前等?!」
ずるっ、と。1歩を踏み外してずっこけそうになった。全くしまらねえ・・・じゃねぇ!
思って、バッと後ろ振り返れば、やはりそこにいたのはやっぱり奴良組の・・・何故か百鬼夜行。それにどういう事だと叫んだ俺に、ぞろぞろと俺の方へ歩み寄って来た奴等の中から首無が表情を引き締めて至極真面目な顔を作って見せた。その表情に、なんだ、と眉を寄せ「どうした。どういう事だ、首無」と問えば、やはり首無はその表情のまま僅かに頭を下げる。
「申し訳ありません、鯉伴様。しかし、」
「俺が頼んだんだ。」
「?・・・??・・・・・・、はぁ?!!」
一瞬。何が起こったのか分からなくてきょとんと瞬いた。だが直ぐにハッと我に返れば出てきた疑問に声を張り上げた。そいつは百鬼の群れの中、真っ直ぐにガゴゼを見据えていた。この暗がりの中、顔までは見えねえが、確かに光る眼光は鋭く、俺ですらハッとさせられるものがあった。
「・・・・・・・・・ガゴゼ。貴様、何故そこに居る?」
声は気迫に満ち、ガゴゼ会の奴等が狼狽えているのが目に見えて分かった。そして「ガ、ガゴゼさま」と窺いを立てる奴に、ガゴゼが「・・・本家の奴らめ・・・」と歯噛みしたのを視界にとらえた時、その視線の端でさっき口を聞いた妖怪が俺達とは逆側・・・バスとガキどもの方へ歩み出たのが見えた。この殺伐とした雰囲気の中、そうも堂々たる振舞いを見せるそいつには感嘆する。が、「よかった・・・無事で。」と。ガキどもの中の1人。確かの幼馴染のカナって言う女の前に立ったそいつが、囁いた。
「カナちゃん、怖かったら目つぶってな。」
この空間を震わせたその声の主は、真っ直ぐに俺の方へ歩んできた。ゆったりとした、だが確かな足取り。そうしてそいつが近付いて来るにつれて、その姿形がはっきりと視界に映る。
「借りるぜ。」
「、」
すれ違い様。ふ、と。俺の持つ刀の柄に当てられた小さい手。そこにいるのは、銀色の髪を持った少年。よりかは幾分か年上に見えるそいつは、だがどうしてか俺がまだ餓鬼だった頃の親父に酷く似ていて。逆立った髪に、吊りあがった目。親父に似ているそいつは当然俺にも似ていて、俺はそいつの眼を見て、自身の眼を見開いた。
「お前・・・、なのか?」
確証はなかった。だが、確信があった。俺の直感が訴えかけてくる。きっと、おそらく、間違いなく、こいつはなんだと。それを思って言った俺の言葉に、今度はこいつが目を見開く番だった。その反応にやはりと思う半面で、信じられない思いで瞠目した。だが、それでも俺の今の言葉に何処か嬉しそうに眼を細めたそれに、俺もまたなんだか嬉しくなってしまったのだが。それを隠しもせずに目元を緩めると、挑戦的に口端を吊り上げてこいつに向けて、試すように「・・・任せても大丈夫なんだな?」と問うた。そうすればこいつもまた口端をふ、と上げて言うのだ。「あぁ。・・・任せろ。」と。俺と全く表情で断言したその惑いない、迷いない声に、眼に。ようやく俺はフッと息を吐いて笑った。「んじゃ、」
「任せた。」 |