青のペディキュアが剥がれた
浮世絵小学校前ー浮世絵小前―
いつもと同じ帰りのバスの付く時間に其処にいると、不意に悪意の籠った声でもって「どうしたー!妖怪ちゃん乗らないのかーい!?」と後ろからそれを投げられた。それに内心あぁやっぱりと、こんな状況を作る原因を作っちゃった自分自身に溜息を吐きながら。だけど「やめときましょ!一緒に乗られたら妖怪に襲われるかもぉ!?」と続けられた2人組の男子生徒の声に振り替える。

「そーいやあいつんちって古くてボロボロらしいですぜー」
「妖怪屋敷かぁ?ピッタリだねぇー!」

くんと くんのアハハハハァーと嘲笑する声。だけど今更そんな事を嘆いたり悲しんだり出来るような子供じゃない私は、仕方ないか、と。次のバスに乗ろうかとこのバス停から1歩引こうとしたところで、ばしん!と。盛大な乾いた音と共に背中に軽いとは言えない衝撃が走った。

「もう!なにめそめそしてんの!!」
「いたいよ・・・」
「アレ逃すと30分後だよ!あんな奴らほっときなって!乗ろ!」

そう言って力強く私の腕を引くのはカナちゃんで。・・・30分くらいどうって事ない、とか。私と一緒にいるとカナちゃんも眼、付けられちゃうかもしれないよ、とか。別に私は1人でも後から帰れるよ、とか。そもそも私はめそめそなんてしてない、とか。そう言う事を言おうと口を開いたけれど、それを声にする前にカナちゃんの言った言葉に、その声は空気に溶けて消えてしまった。

「でも、もう妖怪はいるーとかって言わない方が良いと思うよ。」
「・・・カナちゃんも、妖怪はいないと思う?」

彼女の言葉に、私はほんの少しの逡巡。けれど直ぐにその言葉を口に出して言えば、カナちゃんは「だって怖いもん!妖怪って・・・お化けでしょ!?」と、酷く子供らしい答えをくれた。子供らしい、嘘偽りも、見栄も無い本心。私の前を歩きながら、だけどそう言い切って私の方を振り返る。ぎゅ、と。両腕を通したランドセルの紐を両手で握って、続ける。

「見せてくれたら信じるけど・・・やっぱりそんなの見たくないよ!!」

それは確かに、普通の感想だった。それを知らない人にとって、当り前の回答。だけどそれに「・・・怖い?」と、私は何か思考をするより先に囁いた。それにあれ、と思うより先にカナちゃんが慌てたように両手を振って「あっごめん!ちゃんもしかして妖怪とか好きな子だった?」と、気遣いように行ってくれたけど、「・・・ううん。」そう、その、はず。


         私もよ。」


生まれた時からずっと傍に居た。
純粋に生まれた時からずっと当り前に隣に居たなら感じなかった筈のこの感情。だけど、正しく"生まれた時からずっと"で居られなかった私には、この感想が、この感情が、この回答が、正解。

それを思って応えた私に、カナちゃんは何処か戸惑ったように「、・・ちゃん?」と、私の顔を窺い見た。それに、あぁ、今、"子供"になりきれてなかったのかと、思わず首をもたげた本心を隠すように、いつもと正しく同じにこっという笑みを張り付けて。こんなに簡単になってしまった表情の貼り絵に、あぁ、と。ほんのささやかな嘆きを1つ。「ごめんね。」

「やっぱり教室に忘れものしちゃったから、次のバスで帰るよ。」


"昔の私"が私を見たら、こんな"未来の私"に、何を思うんだろう。









「ご、ごめんなさい・・・今日も連れて帰ってもらっちゃって・・・」

私は本当に次のバスを待つつもりだったのに、昨日と同じように黒羽丸さんに抱かれて家まで帰宅する結果になってしまった事に申し訳なくて、いたたまれなくて何度も頭を下げれば、黒羽丸さんは戸惑ったように両手を振って「いえ、気になさらないでください。」と、

「お嬢のお役に立てるならどんな事だって、「!!

そう言ってようやく辿り着いた奴良組の中庭に私を下ろしてくれた黒羽丸さんの言葉の最中。突然聞こえた聞き慣れた鯉伴さんの・・・けれど聞いた事の無いような切羽詰まった悲鳴みたいな声に驚いてその声のした方を振り返ろうとして、衝撃。身体全部を包む体温に、そうして耳元で聞こえる「良かった・・・ッ」っていう声。今のこの現状に数回瞬いて、ようやく鯉伴さんに正面から抱きすくめられてる事に気付いた私は、おずおずと鯉伴さんの背中に手を伸ばして、けれど突然の事に眉を下げて戸惑った。

「り、りはんさん?どうしたんですか?」
「今、・・・テレビで流れてたんだ。いつもお前の乗ってるバスが、事故で・・」
「・・・ぇ、?」

一瞬。何を言われているのか、分からなかった。だけどじわじわとその言葉の意味を理解して、慌ててテレビのある正面の部屋に駆け込む。そうしてそのテレビ画面に写されている光景に、絶句した。『中継です!!浮世絵町にあるトンネル付近で起きた崩落事故で路面バスが"生き埋め"・・・中には浮世絵小の児童が多数のっていたとみられ・・・』普段は無機質なアナウンサーの、酷く切羽詰まって引き攣った声。巨大な岩々の積み上げられた、その、場所。其処は確かに、普段私が小学校に通う時・・・バスで通る、場所だった。

「な、・・なんで、バスがっ」

1歩、後退り。そんな私の背中に、とんっと当たった温もりに振り返れば、其処には私を追いかけて来てくれたんだろう、鯉伴さんがいて。鯉伴さんはほんの一瞬だけテレビ画面を怖いくらいの眼光で睨み据えた後、直ぐに私が鯉伴さんを見上げている事に気付いたのかいつもの笑みを作って私の頭に手を置いた。でも私は、気付いてしまった。

様が帰っておられるぞ」「本当じゃ」「死んだとは嘘か、よかったよかった」そんな、屋敷の中にいる妖怪たちの声を聞きながら、くしゃり。私の頭を一撫でした鯉伴さんが、私の横を通り過ぎた。

「悪い、。俺はちょっと出かけてくっから、何かあったら母さんに伝えてくれ。」
「・・・あ、」
「良い子で、待ってるんだぞ。」

ぽん。最後に私の頭をやんわりと叩いて出て行った鯉伴さんの後を1歩だけ追って、だけど直ぐにその足を止めた。・・・追って、なにをするつもり、なんだろう。何が出来るつもりなんだろう。あぁ、どうして。もしも私がただの小学生だったら、きっと何も気づかないでいられたのに。だけど私は、気付いてしまった。・・・私は只の、小学生じゃ、ない。

「お前等!ちょっくら出てくるが、の事任せたぜ!」
「ヘイ!」

鯉伴さんが向かった先を、私は知っている。あの事故が、ただの事故じゃない事にも気づいてしまった。なにが、どんな理由で、起こったのかも。      ドクン。心臓が大きく脈打って、心のどこか奥底で、問いかけられた。どうするつもりだ、と。
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