誰も知らない心
「あらあら。今日は黒羽丸に送ってもらったの?」

あれから黒羽丸さんの左腕1本に抱えられて家に戻った私に、そんな言葉と一緒に「おかりなさい」と笑ってくれた若菜さんにちょっとだけ抱っこされているのを見られて気恥ずかしさに俯いた。それでも「ただいま」と返せば、彼女は相変わらず明るい笑顔のまま「格好いい男の子に抱っこしてもらえて羨ましいわー」なんて笑うものだから、益々もっていたたまれない。

そんな私を見て気を遣ってかそっと地面に私を下ろすと、黒羽丸さんは「それでは、俺はこれで」と言って若菜さんと私に一礼してから屋敷に戻ろうとした、ところ。

「黒羽丸ー」

と。不意に家の中から聞こえてきた鯉伴さんの声にそっちを向けば、彼は「ちょっと、こっち来な」と。そう言って・・・なんか。妙な笑みを携えて黒羽丸さんに向けて手招きをしていた。それにどうしてか黒羽丸さんは顔を引き攣らせていたけど、直ぐにはぁっと息を吐いて「は、・・・はい。」と、彼の元に足を踏み出した。のに。何故か黒羽丸さんは1度其処で足を止めると私の方に向けて踵を返して、それを不思議に見上げる私の頭に手を置いた。
ただ無言で。それでもフ、と笑んだ黒羽丸さんに、直ぐに理解する。・・・言わないで、くれるんだ。と。それにきゅっと唇を結んで、ぺこりと小さくお辞儀する。そんな私の頭をさらりと撫でると、今度こそ黒羽丸さんは真っ直ぐに鯉伴さんの元に向かった。

「パパはヤキモチ妬きね。」

その若菜さんの言葉には、首を傾げて瞬いてしまったけれど。
「よぉ。悪ぃがちょっとこれからいいかい?」

その夜。0時を回る頃。突然布団に入ろうと着物を寛げようとしたところで部屋の襖を開けてそう言った鯉伴さんを不思議に思いながらも「?はい。」と返して布団から抜け出ると、何故かきちんとした着物に着替えさせられてから長い廊下をぺたぺたと2人並んで歩く。そうして歩きながら「こんな時間に悪いな」と頭を撫でてくれた鯉伴さんに、私は「いえ、」としか返せなかった。・・・可愛くない、子供だろうなあ。それでなくても、気味悪い子供だもんなあ、私。生まれた時から全然愛想無かったし、子供らしくないし。でも今更子供らしくいなんて振舞えないし・・・

そう思って鯉伴さんに見えないように溜息を吐いた私に、だけど鯉伴さんはくしゃっと私の髪を撫ぜ付けた。だけど、本当こんな時間に何の用なんだろう。・・・黒羽丸さんは言わないって言ってたから、多分、清継くんをたたいちゃった事じゃないとは思うんだけど・・・・・・なんて思った、最中。私は不意に、気付く。なんか、ざわざわざわざわ・・・声が、多い、気が・・・それになんか、今私達が歩いてる方向って、よく沢山妖怪が来た日に総会やる部屋が・・・・・・え?あれ?私てっきり、鯉伴さんと若菜さんが私に用があるのかと思って、・・え

なんて思って顔を引き吊らせてひたりと冷や汗を浮かべた所で、来、ちゃっ、たー・・・思って足が固まってしまったけど、それに気付いた鯉伴さんが「任せろ」なんてニッと笑ってくれたものだから、足の緊張は直ぐに何処かに行ってしまった。そうして堂々とその部屋の襖を開けると、その中に居た・・・す、凄く沢山の妖怪が一斉にこっちを見て顔が引きつりそうになった。だけどその妖怪の先頭に座るぬらりひょんさんが「おぉ、やっと来よったか」なんて笑ったのをみて、「おぉ、遅くなって悪かったな」と返した鯉伴さんがその妖怪たちの真ん中を堂々と歩き出しちゃったものだから私も直ぐにその後に続くしかなかった。・・・あぁ、帰りたい。

思いながらその・・・ぬらりひょんさんの隣に座らされた私の隣に鯉伴さんが座って、何故か私が2人の間の・・・真ん中に座らされた事にぎょっとした。・・・え?なに、これ。何でこんな・・・総会に私なんかが呼ばれるの?っていうか、何この席、え、え?


「よぉ、皆ご苦労だったな。どうだ?最近妖怪を楽しんでるかい?」

私達3人・・・っていうよりは鯉伴さんとぬらりひょんさんがそろって座った事によって静まった部屋が、鯉伴さんのその言葉によって再び活気付いた。そうして聞こえる「へへへ・・・シノギ(・・・)は全然ですな」「所で総大将、今回はどういった?」っていう様な声にやっぱり私場違いじゃないかなとチラッと横に口元に笑みを携えて座る鯉伴さんに視線を向けた時、その鯉伴さんが口を開いた。

「あぁ実は、そろそろ三代目を決めようと思ってな。」

言った刹那。一瞬にして広がる動揺とざわめき。ぬらりひょんさんの方は楽しげに笑ってるから、多分2人の中ではもう決まってる話なんだろうけど・・・「は?!」「鯉伴様!!?」「そんな!まさかもう引退されるのですか?!」なんて言葉に私もまた心の中だけで冗談ですよねと鯉伴さんを見れば、彼は「馬鹿言っちゃいけねぇよ」と笑って見せた。

「勿論まだまだ俺ぁ現役だぜ。だが、俺は自分がいつまで生きてられるのか・・・半妖の寿命ってのがどれほどのか分かんねえ。早め早めに決めておいて悪い事あねえ。だろ?それに本格的に3代目に組を任せるのはまだ先さ。」

言えば、皆ほっとしたように息を吐く。でも私はと言えば此処に呼ばれた意味を理解して、息を吐いた。つまり、奴良組の3代目を決めるのに私のいない席で勝手に決めるのは体裁が悪いというかなんというか・・・まぁ、筋が通らない。だから私立会いの下で正式に3代目を決めようって事なんだろう。それをざまぁとかって思う人はきっと沢山いるだろうけど、私としては「おお・・・それはよいですなぁ」とか「総大将!悪事ではガゴゼ殿の右に出るものはおりますまい!」とか「なんせ今年に起こった子供の神隠しは・・・全てガゴゼ会の所業ですからな!」とかって言ってる妖怪達にはどうぞどうぞ頑張ってくださいとしか思えない。だけど、

「いやいや・・・大量に子を地獄に送ってやるのがワシの業ですから。」
「いやーさすが妖怪の鏡ですなー」

こういうのが妖怪の・・・百鬼夜行の主になったら、嫌だなあとは、思うけど。
だけどそう思ってるのが私だけだって事も理解してる。それがきっと、私と・・・人と、妖怪の違いなんだろうか。そんな事を考えてる私の傍らで、ぬらりひょんさんが「鳴る程のう。相変わらず現役バリバリじゃのうガゴゼ・・・」なんて言うものだから、やっぱり私はどうあっても妖怪とは分かりあえないな、なんて。そう思った直後だった。事件が、起こった。

私の左側に少しの距離を置いて座っていた鯉伴さんが突然ズイッと私の隣にぴったりとくっついて来たと思ったら、その直後か直前か。ばしっ!と。力強く、だけど痛さを感じないくらいの強さと勢いで持って突然私の右肩を後ろから掴んで、言った。


「だが・・・ダメだ。三代目には俺の娘、を据える。」


・・・・・・、・・・・・・・・・・・・な、
「な・・・なんじゃとぉ」「なんとっ・・・様とは・・・」「まだ幼い子供ではござらぬか・・・」「しかも様は女子で御座いますぞ?!」「確かにぬらりひょん様と総大将の血は継いでいるが・・・」口々に言う声も耳に入らない。左の鯉伴さんと、いつの間にか私の直ぐ真横に来て撫で撫でと少し乱暴に私の頭を撫でる右のぬらりひょんさんの笑い声。と、ぬらりひょんさんが私の顔を見て言う。

「どうした・・・喜ばんか。ワシの血に勝るものはない。お前はワシによーく似とる。それは鯉伴も承知の上じゃ。」
「ざけんな親父。は俺に似てんだよ。」

そう言って一層ぎゅーっと肩を回された腕に力を入れられて抱き寄せられる。
こ、この人達・・・本気だ。理解した直後、ザッと全身の血の気が引いた。

「さぁ採決を取る!!・・・お前に継がせてやるぞ!!」
「奴良組72団体・・・構成妖怪1万匹が今からお前の下僕だ!!」

いきいき、きらきら。そんな効果音が付きそうなくらい輝いた目で左右から言われた言葉に、私は肩を抱かれたまま硬直した。物凄く、後退りたい・・・。だけどそれもかなわない今、だけど言わなきゃいけない事は分かってる。「あ、あの・・」

「な、なりません。」
「は?」
「へ?」

行った直後、左右から漏れる2つの声。そんな2人のその気の抜けた声と一緒に抜けた腕の力にここぞとばかりにバッと立ち上がって、そんな私達の様子をこれまた唖然と見つめる妖怪達の正面で、「あの、私・・・明日も学校あるので、失礼します」と、二の句も継がせず吐き出して、皆の前を足は屋にとっととこの部屋を後にした。



「・・・・・・アイツ、」

す、と目を細め呟いた。鯉伴さんの想いも言葉も知らないままに。
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