この距離感を見誤ってはいけない
小さい時から"ひとでないもの"と一緒に育って来た。

それは妖怪と呼ばれるもので、兄弟のいない私は両親の他に祖父と、そしてその沢山の妖怪たちと一緒に育って来た。そしてまた、父と祖父もまた妖怪だった。祖父・・・ぬらりひょんさんは元々妖怪で、人だったらしい祖母はもう何百年も前に亡くなっていて、私は1度もその顔を見た事が無いけれどとても美人だったって度々ぬらりひょんさんから自慢話を聞いている。そして父、鯉伴さんには妖怪と人と両方の血を引いていて、鯉伴さん自身もまた人である若菜さんと結婚して私を生んだ。・・・だから私には祖父の妖怪の血が4分の1、流れてるって何度も何度も聞かされてきた。それは偉大で立派な事なんだ、と。

ぬらりひょんさんも鯉伴さんも立派な妖怪で、奴良組って言う関東任侠妖怪総元締なんて大層な名前の任侠一家の長らしい。だから私もまた、この奴良組の三代目にするしないで色々話が何度も上がってるみたいだけど・・・

私は無理だな。そもそも女として生まれてきた上に、私は鯉伴さんとも、ましてぬらりひょんさんとも似てない。それどころか若菜さんや祖母とも見た目も性格も全然似てなくて、陰で私をよく思ってない    三代目を狙っている    妖怪たちからは本当にあの人達と血は繋がってるのか、なんて直接には言われた事無いけど、でも陰でそう言われてる事も知ってる。それに、私は何処からどう見ても人間で・・・随分昔に祖父や父から遊びみたいに教わった"ぬらりひょんの技"が使える位しか妖怪の血の流れてる取り得みたいなものもないし。

きっと今更あの人達も私に三代目を継がせようなんて思ってないだろうし、私自身も継ぎたいなんて思ってない。寧ろ・・・寧ろ私は、こんな場所に連れてこられた(・・・・・・・)だけでも可笑しくなりそうなくらい酷い仕打ちだと思ってるのに。これ以上妖怪だの任侠だのって言う危なそうな事に関わらせて欲しくない。         そう、思ってたのに。

転機が起こったのは、小学校3年生の時だった。









もうずっと前から聞かされてきた、妖怪ぬらりひょんのお話。それはぬらりひょんさんと鯉伴さんのお話。実際に2人がして来たであろうことを、物語みたいに話してくれた。昔はそれでも妖怪の話はしても、奴良組っていう組織の・・・任侠とかの事については伏せられて話されてきたんだけれど。私がそれに気付いてからはもう堂々とその話をするようになった。

聞けばやっぱり任侠集団の話しらしく物騒な物や、それとは全然関係の無い面白可笑しいお話もあったけど。それを聞く度に、やっぱり私には合わないと思ってしまう。そもそも、生まれた時から一緒に居た妖怪達。今でこそ慣れたけれど、初めは本当に怖くて仕方がなかった。どこから見ても人とは違う様相のものに、人とほとんど同じ姿なのに首が無く頭が浮いているもの。妖怪屋敷だなんて、本当に毎日怯えながら過ごしていたのは、数年前までの事。今では、妖怪って言うもの達が怖いばかりのもので無い事も知ってるし、この家に居る妖怪たちには皆、よくしてもらっている。皆、とても優しい人達。

そしてその沢山の妖怪達の先頭に居るのが、この2人なんだと、今一実感の無い事にそれでも感心してしまう。・・・そんな2人の武勇伝をツマミに食べる朝ごはん。だけど最近はその・・・なんていうか。それでも他愛も無いお話もしていたのに、奴良組のお話が占める割合が多くなった気がしてならない。それを不思議に思いつつ。それでも敢えてそれを指摘する事も無くいつもみたいに相槌を打ちながら食べ終えたご飯に「ごちそうさまでした」と手を合わせる。と、

様ー、お着替えしましょう。小学校に遅れてしまいますよ。」
「ひ、1人で大丈夫ですよ。」

それを見計らったみたいに丁度いいタイミングで掛けられた首無さんの言葉に、思わずどもってしまった。・・・いくら"小学生の姿"でも、見た目美青年の人に着替えを手伝われるなんて恥ずかしすぎる。そんな思いをひっそりと抱きながら首無さんから着替えを受け取って早足に部屋に向かう。その最中にかけられる沢山の妖怪達からの声。「様!」「おはようございます!」「今日も可愛らしい!」そんな沢山の妖怪たちの言葉1つ1つ全部に返事をする事は出来ないから、いくつかにだけ返して後は軽いお辞儀だけで返す。そうして、

「お嬢ー!!靴です」
「靴下です」
「足洗いです」

なんて。着替えを済ませてランドセルを背に玄関に向かう途中の廊下で待っていた妖怪に「それじゃあ逆ですよ・・・」と苦笑を1つ。初めは気味が悪いばかりだった妖怪たち。今ではそんな事を思わないけれど、だからこそ。変わりに感じ始めた罪悪感とか申し訳なさ。ぬらりひょんさんの孫で、鯉伴さんの娘。ただそれだけの普通の子供に、此処まで尽くしてくれる人達に恐縮・・・いや、寧ろ委縮してしまう。

あるいは。私がただこの家に生まれた"何も知らない子供"だったなら、受け入れられたのだろうけど。こう言った至れり尽くせりな環境が普通じゃない事を知っている私にはどうしても、受け入れがたい事だった。だから、

「・・・いってきます」と。その言葉と共にこの敷地内から外に出てられた時は、いつだってホッと息を吐いてしまう。・・・それが、益々持って、申し訳ないのだけど。私は私が酷い事を思っている。その自覚が、十分にある。






そんな事を考えながら、若干の駆け足で辿り着いたいつものバス停。近くに小学校の無いこの地区の子供は、皆このバスに乗って浮世絵小学校に向かうのだけど。そのバス停で私の事を待ってくれているカナちゃんが私に気付いて振り返る。「あー、ちゃんおっそいよ!もうバス来てるし!」そう言って声だけで怒りながら、それでも笑って私に駆け寄ってきてくれるカナちゃんと一緒にバスに乗り込む。

「もー遅いよちゃん!これ逃したら遅刻って言ってるのに!!」
「ごめんね、カナちゃん。ちょっと色々あって・・・」

幼馴染のカナちゃんにも、家の・・・妖怪の事は言ってない。それを後ろめたいだとかは思わないけど。そんな事を思いながら昨日のテレビの事とか、今日の授業の事を話しつつ・・・家は家で疲れるけど、こっちはこっちで疲れるんだよな、と。カナちゃんにも失礼な事を考えちゃうのは、仕方ないよな。家に居るより格段に楽な事は確かだけれど、それでも小学生の話とかテンションについていくのは相当疲れることだって言うのはもう随分前に知ったから、今では付かず離れず。浮き過ぎない程度の距離感で接している。・・・と、

「わーすっごい大きな家!」
「奴良ちゃんち?うっそー」

そんな声に、ふ、と横を見る。大きな屋敷に、沢山の妖怪たち。この世界(・・・・)にある、今まで(・・・)には絶対に無かったものや、事。まるで物語みたいな世界の中に、どうしてか私は、生きている。






「いやはや、嬢は手のかからない良い子ですねぇ。」
「ほんと・・・総大将達とはおお違い。」

烏天狗の言葉に僅かな笑みを乗せてそう答えれば、首無しもまた「ハハ・・・将来が楽しみですね」と笑って見せた。可愛くって、優しくって。一部ではもっと元気で活発なほうが良いなんて声も聞こえるけど、様はあれでいいんです!あれがいいんです!とっても落ち着いていて、賢くって!!そんな思いも込めて、微笑んだ。

「きっと・・・あの子が私たちの三代目を継ぐのね!」

私の言葉に「ええっ・・・どうかのぅー、」なんて漏らした奴をキッと睨みつける。
そうすればその妖怪はたじろいて見せてから、だけど直ぐに咳払いと一緒に続けた。

「いくら総大将の娘と言っても、人間の子供にワシら奴良組の長が(・・・・・・・・・)つとまるかのう・・・?」

・・・確かに、様は人間だけれど。それでも、様ならきっと・・・!そんな思いも込めて拳を握る。私は、様が大好きだから。だからその大好きなあの人にずっと付いていくって決めてるんだから!!
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