それ以外は多分まぼろし
嬢!お荷物お持ちいたしました!!」

弾けるような明るい声にいつもの事かと納得して。もうそんな時間かとその声のした方を見れば、其処にはセーラー服に身を包んだ嬢と、彼女に鞄を差し出す雪女だった。嬢は恐らく自分の部屋に荷物を取りに行く途中だったんだろうけど、それを先回りして笑顔でその荷物を差し出す雪女に申し訳なさそうに眉を下げていた。

「・・・ごめんなさい、ありがとうございます。」
「そんな謝らないでください!これが私の生き甲斐なんですから!!」

そう言って着物に隠れて見えない腕で力瘤を作って見せた雪女は「それに敬語なんてやめて下さいっていつも言ってるじゃないですか!」なんて続けるけど・・・無理だろうな、と。心の中で嘆息する。嬢は昔から・・・それこそ生まれた時から僕達なんかに敬語を使っては、僕達のする当然の仕事に恐縮して申し訳なさそうに眉を下げていた。最近では嬢もそれに一々礼を言う事は無くなったけど、それでもこういう細かい所でそれが出る。勿論それが悪い事だというわけじゃないし、それが嬢の良い所でもあるんだけど・・・でも、奴良組に仕える僕達としては、それもまた少し心苦しくもあって。

・・・「いってきます」と。そう言った嬢が僕に気付いたのににこりと笑んでお辞儀をして。それにまたぺこりと頭を下げて玄関へ向かった嬢を見送る雪女の後ろに歩み寄った。

「・・・嬢は、いつになったら敬語を使わないでくれるようになるのかしら。」
「さぁ、どうかな。」
「!!?くっ、首無!居たんなら声くらいかけなさいよ!!」

ぽつり。困ったように零した雪女にそう返せば、驚いたように僕を振り返って声を上げた雪女に気配も消してないのに気付かないなんて、なんて多少のあきれを孕みながらも「ごめんごめん」と言葉ばかりの謝罪を口にして。僕もまた、嬢の歩いて行った廊下の方へ視線を向けた。「・・・どうしてだろう、」

嬢は・・・生まれた時からずっと一緒に居るのに、心を許されている気がしない。」

僕も、雪女も。他にも沢山いる妖怪たちは、嬢の事を総大将・・・鯉伴様の一人娘として、そして家族として大事に思っている。だけど、どうしても分かってしまう壁の分厚さ。まるで、此処は自分の居場所じゃないんだと。そう言わんばかりの余所余所しさが、いつだって嬢にはあった。それが何だか、寂しくて。

「いつか、私達を家族だって言ってくれる日が・・・くるのかしら。」

ふ、と微かな寂しさを滲ませて眼を伏せた。雪女のその言葉に、僕は何も返す事が出来なかった。






ふ、と。庭から見えた可愛い愛娘の姿に「」と声をかける。そうして緩やかに俺の方へ振り返ったの元にからんころんと下駄を鳴らして歩み寄れば、はぱちりと瞬いて俺の方顔を見上げた。早いもんでもう中学1年になったは、ついこの間まで背負っていた赤いランドセルを部屋にしまい、今では中学の指定された黒いバッグを肩にかけて背負っている。そんな姿に思わず手を伸ばしてその頭をやんわりと撫でて問う。

「随分今日は早いな。日直かい?」
「いえ、・・・この前授業で花を植えて、」
「あぁ、水やりか。当番にでもなったのか?」
「そうじゃ、なくて・・」
「?なんだ?」

妙に言葉を濁して僅かに視線を彷徨わせたに首をかしげる。そうすればは困ったような表情で「植えた時は皆、水やりしてたんですけど・・・」なんて。それでも濁した言葉に「あぁ、」と納得する。植えて暫くしたから飽きられたのか、と理解して。そうしてこんな碌でもない親父からよくまあこんな良い娘が生まれたもんだとくすぐったい気分になりながら「偉いな。」と。その頭を一層ぐしぐしと撫でてやる。
そうしてその手を放す際にさらり。俺と同じ黒いさらさらと流れる髪を、たった今俺が見だしたのを直すように流れに沿ってさらりと撫でる。そうしてその手を着物の裾に入れ腕を組んで玄関の戸に背を預けて、笑う。

「気を付けてな。」

言った俺にはゆったりと小首を傾げて仄かな笑みを浮かべると、「はい、行ってきます」と返してくれた。そうして広い門に向けて足を進めたは、しかしふと足を止めると僅かに首を落として胸に手を当てた。

「・・・いってきます。」



そっと静かに囁いた。あの言葉の意味を、俺はもうずっと図り切れずにいる。
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