青枯れ色の猫が鳴く
貴様何者だ!!?

私の言葉の最中に聞こえて来たその男の人の声に、ぱちり、瞬いた。それにそっちの方を向こうとすれば、即座に私の事を後ろに庇ってくれたリクオくんに優しいなあと笑む。笑んで、祢々切丸を構えたリクオくんの肩口から背伸びをしてその場所を見て、もう1度ぱちりと瞬いた。そこにいたのは真っ黒の髪をした、鎧をまとった青年の妖怪。・・・あれは、鴉天狗だね。そしてその鴉天狗の子と、その子の錫杖を首元に押し当てられている・・・、

「・・・・・・・・・なに、やってんだ?猿飛。」

佐助くんだった。リクオくんは百鬼夜行から少し外れた・・・けれど近い場所で、一切動じた様子も見せずにへらっと気の抜けた笑みを浮かべて首の後ろを撫ぜている佐助くんに向けて呟いた。そんなリクオくんの様子に鴉天狗の子が「リクオ様・・・?知り合いですか?」って不思議そうに、けれど錫杖は放さず問うた。その正面で、佐助くんが私に明るい声を弾ませた。

「いやぁ、ごめんごめんお嬢。バレちゃったY
「あはは、そうみたいだね。」
「全く何をやっておるのだ!減給ものだぞ、佐助!」

笑った私に対して、幸村くんはご立腹だ。「そりゃないぜ旦那あ」なんて情けない声をわざと出す佐助くんにも「許さぬ!」なんてぷりぷりしてる。でもそんな冗談を言ってはいるけど、佐助くんの方は妖怪が嫌いみたいだからなあ・・・隠してはいるけど、表に出せば竦み上がりそうなくらいの警戒心を持ってるのが分かった。でも、まぁ・・・と。そう思って。私はリクオくんの腕をふ、と退けて、未だに錫杖を動かさない優秀な鴉天狗の子の元へ歩いて、彼に向けて朗らかに笑んだ。

「ごめんね。彼、私の子なの。返してくれるかな?」
「ちょっ、そのお嬢の子供みたいな言い方やめてくんない?俺様のがずっと年上でしょーよ。」
「彼、私の子なの。返してくれるかな?」
「人の話聞いてる!!?」

勿論聞いてない。聞こえてはいるけどね。思ったそれは口に出すことはせずに、私の目の前で困惑したように1歩後ずさった鴉天狗くんの両手を私の両手で包みこんできゅっと握った。そうすれば彼は益々困惑したように「あ、あの」とか「えっと」とか声を漏らして、ようやく僅かに錫杖が佐助くんからずれた。勿論私がこんなお願いなんてしなくても佐助くんなら簡単にこの子から逃れる事も出来たんだけど、それでも佐助くんがそれをしない以上は私がお願いをする他ない。だから、

「ね?おねがい。かえして?」
「え、いや・・・あの、君は、」

お願いをする。そんな私に目に見えて狼狽える彼に益々詰め寄って、その顔に自分のものを近づけた。「ねぇ。お願い。」そんな私に僅かに頬を染めた彼に、にこり。笑んだ。「返してくれないと、」

「ッ、「おぉ!やっぱり来とったか!!」

((((((!!!!???))))))
(え、誰?)(誰?)(あれ?何かリクオ様に似てる?)(誰?)(なんだアイツ。)

私の言葉の最中。遠くの方で首無くんが私の名前を呼ぼうとしたのを遮って、別の弾けるような明るい声が響いた。それにそっちを向けば、そこにいたのはお爺ちゃんの姿じゃなくて、若い溌剌とした姿のぬらくんだった。それにあれ?と思いながら、だけど周りの戸惑いとか驚愕とかに全部気付いていて全く知らない振りをしている彼の男らしさに頬笑みながら、私は鴉天狗くんの手を握ったまま顔を彼の方に向けて首を傾げる。「?ぬらくんも来てたの?」

「てっきりお家で将棋でもさしながら飲んだくれてるものだと思ってたんだけど、」

私の言葉に「んー?」と笑顔のまま私の顔に自分のものをずいっと近付けた彼は、唇も触れそうな距離でぱかっと口を開けると、はぁー。!!

「わっ、お酒くさいよっ!酔っぱらってるの?」
「はっはっは!可愛い奴め!」
「もう、からかわない欲しいなあ。」

息を吐くと同時にその口の中から溢れ出たアルコール独特の臭いに鴉天狗くんの手を掴んでいる右手を放してぬらくんの肩を押せば、ぬらくんは盛大に笑って私の頭をがしがしと撫でた。そんな私の正面では鴉天狗くんもお酒の臭いを感じたのか顔を歪めていたけど、だけど直ぐにハッとしたように表情を変えた。そうして彼はその表情のまま1度口を開いては閉じ、開いてはまた閉じてを繰り返してから、突然の乱入者であるぬらくんを驚愕の面持ちで見上げた。

「え・・・、う、ぁ・・・そ、総大将、ですか?!そ、そのお姿は一体、」
((((え、総大将?!!))))

鴉天狗くんの言葉に、この姿のぬらくんを知らない人達の妖怪たちの声が聞こえてくるようだった。そうして知っている古株の妖怪達は、その突然若返った彼の登場にようやく口々に「まさか」とか「どういう事だ?!」とかって疑問を口に出せるようになってきたみたいだ。それに、あぁ。今日はぬらくん大変そうだなあと思っているのが伝わったのか、ぬらくんの方は1度苦笑を浮かべてからくるっと鴉天狗くんの方へ向き直った。「で、じゃ。黒羽丸。」

「彼女はワシの友人じゃ。で、ソイツは彼女の友人じゃ。そ奴の事、放してやってくれんか?」
「いや、あの・・・総大将・・ですよ、ね?」
「おう。中々だんでぃーじゃろ?」
「え、・・あ、・・・え?」
「ほれ、とっとと放せ。黒羽丸。」
「はっ、はい!」


(何とかなった、か?)
思いながら。ワシはの大きい眼を見返した。ジ、と。邪気の全く見えない瞳に真っ直ぐに覗かれて、ひたり。冷や汗すら浮かびそうな心地がした。そんなワシに気付いているだろうは、だがそれにすら気付いてない風を作ってからフ、と。表情を緩めて笑んで見せた。それに内心、盛大に安堵の息を吐いた。だから黒羽丸の手を放して言った「・・・お友達想いだね」なんて冗談じゃねェぞと言いたいの言葉にも「アホ。お前が短気すぎるんじゃ」と溜息を吐きだすように返す事が出来た。

と。そんなワシ達を遠巻きに見つめている百鬼夜行の群れの中から、妙に不服気な顔を作ったリクオが歩み寄って来た。

「ジジイ・・・アンタ一体何しに出て来たんだよ?」
「なんじゃリクオ、そうツれん事言うな。孫の晴れ舞台を見たいジジイ心の分からんやっちゃのー。」
「知るか。」

吐き捨てられた言葉に笑って、そんなワシからに何処か困ったような面持で視線を移したリクオに、もまたニコッと笑んだ。そんな可愛い2人組を見下ろしながら、「はっはっは!」と盛大に笑って見せた。全くほんとう可愛い奴らじゃ。

「すまんすまん。いや、じゃがの事はワシの他にはほんの数人しか知らんからのう。こそこそ隠れるのがその忍の務めとはいえ、黒羽丸も自分の仕事をしとっただけじゃ。見逃してやってくれんか?」
「仕方がないね。私も奴良くん達の大切なお友達をぶっとばすのは気が引けるもの。いいよ、許す。」

謝れば冗談じゃ済まないような事でも大抵の事は簡単に許してくれる所は相変わらずじゃな。そんな所が好きでもあり、嫌いでもあるんだが・・・思いながら、それでもそれは口には出さずに「すまんな。」ともう1度謝っておく。そうすれば黒羽丸の方も「申し訳なかった」と謝罪したが、それについては「君の謝る事じゃないよ」と清々しい笑みを作っていたから・・・おいおい。まさかお前、黒羽丸にまで唾付けようとしてんじゃないだろうなと訝む。・・・それが伝わったのか、にーっこりと笑みを向けられちまったが、・・・おいおい。リクオだけじゃ足らんのか。

この可愛い欲張りに嘆息しながら、しかし、と。さっきのの言葉を思い出せば「・・・しっかしお前、ブッ飛ばすとか似合わんのぅ。」と漏れてしまったのは仕方ないだろう。本当に、似合わん。それを指摘すれば「そうかなあ?」と返されたが、そうだろう。「ぶっころす、とかも言えるんだけど。言う度に止めろって言われちゃうんだ。」そりゃそうだ。・・・と。今まで当事者の癖に黙って(しかもご丁寧に気配まで絶って)ジッとしていた猿飛の腕をがツイとつついた。

「ほら、佐助くんも。」
「はいはい、分かったよ。許す許す。」
「俺は許さぬぞ、佐助!」
「げっ、旦那・・・(また面倒臭い顔してんなあ)」

・・・穏便に事が済みそうだった所に、まだんトコの持霊がちゃちゃを入れた。真田は大層ご立腹の様子で、眉を吊り上げて猿飛に詰め寄っていた。・・・そん時の猿飛のあの面倒そうな顔ったらなかった。そんな猿飛に真田は「大体お前はいつもいつもいらん所で妙な気を回し過ぎなのだ!そもそも忍ぶのならちゃんと忍ばぬか!全くお前は・・」と、一体いつまで続くのか分からん説教を永延と続けとるが、猿飛の方は返事はしつつも聞きはせんって感じじゃな。それにワシもリクオも、周りにいる奴等もどうしたもんかと思っとったが、がそれを制してくれた。

「幸村くん。遅くなっちゃったしもう帰ろっか。早く眠らないと朝起きれなくなっちゃうもんね。」
「は!そ、そうでござるな。某の配慮不足で・・・」
「えぇ?私が我が侭言って連れだしたんだから、幸村くんが気にする事じゃないんじゃない?」
そうはいきませぬ!

「わっ、びっくりした。」ワシも吃驚した。マジでビクッと肩が揺れたわい。見てみればリクオと黒羽丸も瞠目しとる。そんな真田に詰め寄られてはパチパチと瞬いているが、真田の方は至極真面目な顔で捲し立てる。「某は殿に仕える身故、何をおいても殿の事を「あー、はいはい。旦那、取り敢えず今はもう帰るからねー」・・・猿飛に背中を押されてこの場を離れさせられたが。そうして此処に残ったに向けてリクオが溜息を吐きだすと、睨んでいるわけではないがジロリという視線を向けた。

「・・・送っていく。」
「いらないよ。」
「だが、」
「今日は学校だよ。早くお家に帰って眠りなさい。」

全く人の事言えんがな。思いながらも口に出すことはせず、取り敢えず連中に「帰ったら説明する」とだけ告げての腰を抱いた(おいそこ!「あんな子供に手ぇ出すなんて・・・」なんて人聞き悪い事言うな!聞こえとるぞ!!)

「ならワシが送って行くかのう。」
「?ぬらくんが?どうして?」
「どうしてってこたぁねぇだろ・・・」
「まぁいっか。それじゃぁ今日は泊まって行く?」

その発言に周りがどよめいた。おいおい、本気でワシが手ぇ出すと思って・・・おい!リクオまでなんつー顔しとんじゃ!流石に出さんわ!!・・・何でワシってこんな信用ないんだ?ジジイの姿ならこんな顔絶対向けられんのに、この姿か?この素敵に格好いい顔がいかんのか?若い頃のワシを知ってる奴らならまだしも、知らん奴らまでこの冷たい顔・・・そんなにヤラシイ顔しとんのか?
そう密かに落ち込むワシの右手をす、と握ったはそのまま歩き出すと、くるっとリクオの方を振り返って笑った。

「おやすみ、リクオくん。またお昼に、学校でね。」

そんなの言葉に「・・・昼って・・・・・・・・・遅刻する気満々じゃねェか。」と呆れたように呟いたリクオの言葉を背に、ワシらはのんびりと歩きだした。・・・帰ったら(特に鴉天狗から)質問攻めじゃろうな。・・・面倒じゃのう・・・
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