オーロラヴィジョン
「・・・・・・?」あれから。旧鼠組とのいざこざに決着がつき、カナちゃん達と別れた後。不意に後ろから朗らかな笑みを浮かべながら現れたに眉を寄せた。周りにはまだ奴良組の百鬼夜行がわんさかいんのに、全く臆することなく堂々と歩いて来るその度胸に、ホントに慣れてんだな、と。呆れすら孕んだそんな思考を浮かべる俺の傍らで、やはりはその笑みを絶やす事はなかったが、・・・俺はそれを確認して、刀を握る手に僅かに力を込めた。

「こんにちわ。この間は送ってくれてありがとう。」
「・・・・・・いや、・・それはいい。」
「?それは?」
「あぁ、だが。」

言って。ひゅ、風を切って祢々切丸の切っ先をの首筋に当てた。触れるか触れないかの瀬戸際で止めたそれに、それでもは怯えない。所かやはりいつもとなんら変わらない顔で問うのだ、「なぁに」と。それに益々持って不信感を抱いて「説明はして貰う。お前、今日の事・・・予め起こると分かっていたのか?」と。そう駆け引きも何も無く直接的に問えば、俺達の様子を窺い見るだけだった周りの連中も警戒心を強めたのが分かった。「・・・この間、」

「俺がお前を送った日に鼠と言ったな。それに、昨日の夕方には今日は忙しくなるとも言っただろう。あれは、この事を言っていたのか。お前は全部知ってたのか?それともこれは俺の考え過ぎで、実際には単なる偶然かい?」
「今日はなんだかいっぱい首に刀を当てられる日だなあ。」

全く見当違いなわけの分からない言葉に「は?」と胡乱な眼を向ければ、はふふっと可愛らしく笑って「そんな物降ろしなよ」と俺を見上げる。それを見て、いくらがジジイの友人でも、今回の事に関わっているならを見逃すことはできないと気を引き締めて「はぐらかすな。お前は、」と返す。だが、そんな俺の言葉の最中には困ったように眉を寄せて「うーん・・・言い方が違ったかな」と。ふらりと視線を刀から俺の眼へと視線だけど動かして言ったそれに、「は、」と声を漏らした俺に、言う。

「降ろしなよ。君程度じゃ私を脅す事なんて出来やしないんだから。」

「!貴様・・ッリクオ様を愚弄するのか!!」
「ば、馬鹿止めろ!」

の言葉に声を荒げたのは誰だったのか。だが、その妖怪に向けて慌てて叫んだのは首無だった。それに何かとに向ける刀はそのままに首無とその声の主の方を仰ぎ見て、瞠目した。

「下がられよ。今、殿はリクオ殿と話されておられる。」

其処にいたのは、この間俺が送った時。そして、・・・昼間の俺も会っている。確か、真田幸村と名乗った武人の霊。その男が、今、恐らく先程声を上げたんだろう妖怪をうつ伏せに地面に組み敷いて、その首に2本の槍を押し当てていた。霊である奴にそんな芸当が出来る筈がない。恐らくこれがの言ったO.S.っていう技なんだろう。成る程、霊を実体化させて使役する。全く便利な能力だと思う傍ら、それ以上に真田の実力に舌を巻いた。真田に組み敷かれているアイツも、奴良組の百鬼夜行の一人だ。それをあぁも簡単に、周りに悟られる事無く一瞬で伸せるなんてな。
だが、まずいな・・・と。思った俺のその視線の先で、真田は2度会った中で1度ですら見せなかった鋭い視線でもって言う。

「手出しも口出しも無用。それでも邪魔立てされると申すなら、」
「やめなよ幸村くん。どうせ手出しも口出しもする時はするし、しない時はしないんだから。それに、」

そこで1度言葉を切ったは、にこり。やはりそう笑んで、「今回は大丈夫だよ」と。凡そこの場に似つかわしくない穏やかさでもって断言した。それに「は」と。短く是の言葉を発した真田は組み敷いていた奴の上から退いてす、との横に並んだ。その真田に喰ってかかろうとした妖怪達は、首無が諌めていたが・・・首無の奴は一体の何を知ってんだろうな?
思って「首無」と、アイツを呼んで視線を絡める。そうして「コイツの言葉は信用出来るんだな」と。そう問うた俺に、首無は確かな自信をもって頷いた。それを見て、ふーっと息を吐いてから今まで向けていた刀の切っ先を下ろしてそれを鞘に仕舞った。

「・・・・・・・・・分かった。それならせめて1つだ。1つだけ、応えてくれ。」
「それを決めるのは君じゃあない。でも、まぁその質問になら応えてあげようかな。」

お前は、今回の事と関係しているのか?その為にこの街に来たのか、と。だが、それを問う前に言われたその言葉に、訳も分からず「なに、」と眉間に眉を寄せた。だがそんな俺には口元を緩めると、まるで全てを分かっている風な自然さでもってさらりと続けた。

「応えはノーだよ。私は今回の事とはなんにも関係ないし、本当に此処には遊びに来たんだよ。浮世絵町に来た理由は、この間話した理由以外にはないよ。私は、私に力を貸してくれる子を探しに来たの。」

多分は、俺の事なんて簡単に騙せるんだろう。まだ会ってこれっぽっちも経っていないが、それくらいの事なら分かる。コイツは多分、嘘も真実も何も変わらない自然さでもって、まるで毒が優しく体を蝕み侵食するような。全部が手遅れになったようやく気付けるか、結局何も分からないままに全てが終わってしまうような。そんな静けさでもって簡単に人を欺けるのだろう。だが、「・・・そうか、」コイツはきっと、それすらしないんじゃないかと。ジジイと首無が信じて、親父を大切な友人だと言ってくれた。なら俺も、お前を信じよう。例えどんなにお前が黒に近くとも。疑わしくとも。
答えが定まった所で、眼を伏せる。そうしてす、と頭を下げて見せれば、周りがどよめいたが、それにすら眼を瞑って息を吸った。

「悪かった。」
「うん、許す。」

自分に刀まで向けた俺に、それでも柔らかくこっちまで穏やかになるような落ち着いた物腰でもってそう言った彼女に、ふっと口元を緩ませた。本当に不思議な女だが、それでもやっぱり、嫌いじゃないのだ。それはきっと親父も、ジジイも同じだったんだろうと思えば、やはり浮かんでくるのは笑みばかりだった。


(まぁ、探しているのは持霊だけじゃないんだけれどね。)
と。刀を収めたリクオくんに笑みながら、けれど心の中ではその言葉をひっそりと胸に仕舞った。・・・本当に優しくて穏やかで大きくて強い。君達の血は、確かにこの目の前の"子供"に流れているよ、と。今は此処にはいない彼等に向けてしとりと思う。こんなに心穏やかでいられる人達。こんなにも温かくそして強い心を持った子供が3代も続くなんて、とても凄い事だと思いながら。「それじゃぁ君のお話が終わったろころで、」と告げた私に「あん?」と私の顔をジッと見つめたリクオくんににこりと笑んで続けた。

「力になってよ、リクオくん!」

言った私に「また突然だな。」だなんて呆れすら孕んだ失笑でもって言われた言葉に、ぷりぷりと怒っている風に腰に手を当てて見せた。「突然じゃないよ」失礼な。「ちゃんと昨日言ったでしょう?今度は正しく君に頼みに来るって。」そう、ちゃんと言ったよ。思いながら言った私に彼はぱちりと瞬いて、僅かにその小首を傾げて見せた。その際にさらり。流れた髪は、確かに奴良くんに似ている。

「俺が昼の事覚えてんの、知ってるんだな。」
「うん、知ってる。」
「でも、アイツが俺を覚えてない事も知ってる。」
「うん、知ってる。」

不思議そうな、複雑そうな顔を隠して平静を保っているけど、心の中では結構戸惑ってるのが分かる。それをしっかり周りに悟られないように隠せるんだから、畏れ入るなあ。思いながら、けれど私の目をジ、と見つめる彼の眼を私もまた逸らす事無く真っ直ぐに見つめながら、す、とそれを細めた。「でも、もう変わる。」言った私に、彼は何かを言いた気に「・・・、」と口を開いて、けれど結局そこから音を発する事はなかった。けれどリクオくんはその代わりに別の言葉を音にした。

「どうして俺にこだわるんだ?俺の他にも妖怪なんてそこら中にいるじゃねぇか。」
「でも強い妖怪はそんなにいない。霊もね。」

私の言葉に、リクオくんが口を開こうとしたのを見て、私はそれを制する。そっと彼の右手に触れて、それを私の胸の前で両手でぎゅっと握る。温かい、リクオくんの手。大きくて、ごつごつしていて、男の人の手。「力ばかりしかない仲間なんていらないんだよ、私は。」この手で彼は沢山のひとを守って、そうして沢山のひとを奪っていく。その重みも責任も全部を分かっている、全てを背負う覚悟を決めたひとの手。「君に力になってほしい。」

「私は、君が欲しい。」

す、と彼に近付いて、その切れ長の目に私を映す。私の眼にもまた、きっと彼が移っている筈で。リクオくんはそんな私に僅かに息を詰まらせたのが分かった。けれど私を突き放すでも、逆に受け入れるでもなく、その表情を困ったように笑ませて緩めた。きっと困っている、って言うよりは、困惑しているんだろうな。

「・・・随分、熱烈だな。」
「うん。熱烈だからね。」

にこっと笑んで。だけど私の横で幸村くんが顔を真っ赤にさせてはくはくと口を開け締めさせているのに気付いて、心の中だけで苦笑した。困ったなあ。心の中だけで呟いて、けれどその実何にも困ってはないないのだけれど。そっとリクオくんの手を放して1歩後ろに引いてから、曰く。熱烈な空気を消して、明るいものに切り替えた。

「あ。大丈夫だよ。確かに殺し合いなんて平気で起こるけど、それはこっちだって変わらないでしょう?それにいざとなったらちゃんと、「貴様何者だ!!?

言葉の最中に聞こえて来た、私でもリクオくんでもない別の声にぱちり。瞬いてしまった。
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