藍を落とすイエスタデー
「え、えーと・・・さんは、帰らなくていいの?もうこんな時間だし、・・・危なくない?」
「ふふ、そう。君はまだ彼と記憶を共有できていないんだね。」

皆が帰ってから少し。だけど皆と一緒に帰る様子を全然見せないさんの様子に、だけどそろそろ暗くなるしと思って言った僕の言葉に帰って来たその訳の分からない言葉に「え?」と不思議に瞬いた。だけどさんの方も僕にそれを教えてくれるつもりも無いのか「心配はいらないよ。夜は私にとって危ないものじゃないし、それに私には頼もしいボディーガードもいるしね」と。またしても不思議な言葉を返したさんに、だけど僕もこれ以上何かを言い募る事はしなかった。

そんな僕達のいる部屋は、さっきまで皆も一緒にいた客間の1つで。僕とさんの他に爺ちゃんしか居ない部屋で、僕はさんの事を窺い見た。

・・・さん?さんって、一体何者、なの?皆の事も妖怪だって気付いてるみたいだし、」

と。其処まで言って、自分でも言葉を詰まらせてしまった。行き成りこんなこと聞いたら失礼だったかな、とか。そう言う事も思うけど、だけどやっぱりハッキリさせておかないといけない事だからと言った僕に、けれどさんは気にした様子も見せずに笑みを作って見せた。

「ふふ、そんなに警戒しなくてもいいのに。今日は本当にぬらくんに会いに来ただけだよ。」
「・・・あの、さ。さんって、じいちゃんとどういう関係なの?」

もしさんが妖怪なら、爺ちゃんに対してこんな気易いって事も無いだろうし・・・と。それを思って今度は爺ちゃんに視線を移したけど、爺ちゃんの方はニヤニヤ笑うだけで完全に傍観に徹してるし・・・それを見て溜息を吐こうとしたところで、
」と。不意に響いた声は、珍しく・・・所か初めて聞いた荒れた首無の声。それに何かと思ってそっちを見てみれば、荒々しく襖を閉めて中に入ってきた首無がいて。その首無はドタドタと足音を響かせてそのままの勢いのままさんの両肩をガッと掴んで、酷く深刻な顔をして彼女に詰め寄る。・・・だけどその声は聞いた事の無い位低くて、それに僕は吃驚しちゃったんだけど、

「そろそろ・・・話してくれないか?君が、来た理由を。」
「そうだね。でも、君の考えているので間違いはないんだけれどね。」

?・・・首無とさんって、知り合い?なんだ。と、それにまた驚いた僕の傍らで、けれどさんは「あぁでもその前に、」と言うと、不意にあさっての方を向いてふふっと笑った。僕にはその意味が分からなくて胡乱な表情を向けてしまったわけだけど、直ぐに聞こえてきたどだだだだだだだだだだ!!!っていう荒々しく徐々に近づいて来る足音に何事かとその音のする方を仰ぎみていれば、

殿!見て下され!!みたらしをこんなに作って頂い・・・?殿?これは一体何の集まりで?」
「幸村くんも帰ってきた事だし、まずは自己紹介から始めようか。」

突然現れた、見た事の無い男の人にぎょっとした。長い茶色の髪を後ろで一纏めにしたその人は学ランを着ているから、多分高校生くらいかと思うけど・・・さんの知り合いらしい彼に彼女は「座って、幸村くん」と促せば、彼は不思議そうに首を傾げて、だけど直ぐに「?は!」と、まるで弾けるような明るさでもって返事をすると彼女の斜め後ろの方に正座した。そんな彼を見て微笑んでから、ようやくさんは僕の方へ視線を向けた。「リクオくんにもきちんと自己紹介をしないとね、」

「私はぬらくんのお友達で、。一昨日リクオくんと同じクラスに転入して来たシャーマンだよ。」

そう言って笑んださんに、僕の方は「シャーマン?」と瞬いた。今まで聞いた事の無かった言葉にそう言えば、さんは「霊能力者の事だと考えてくれればいいよ。」と言ってから、さも何でも無い事みたいに後ろに座る茶髪の男性に手を向けた。

「それで、彼が私の持霊の真田幸村くん。」
ぶふぅ!!
「リ、リクオ様?!!」

あり得ない位軽い感じにあっさり言われた衝撃的な言葉に思わずむせてしまった。それに首無が心配そうに背中を撫でてくれたけど、ちょ、え・・さ、さ、さ・・・真田幸村ぁぁああああ!!!??

「さ、真田幸村って・・・あの?!あの歴史でよく出てくる武田信玄の家臣で大坂夏の陣で徳川家康に挑んだ?!あの?!!」
「うむ。相違御座らん。」

これまたあっさりきっぱり言われた言葉に気が遠くなった。っていうか、「・・・え?」でも、ちょっと待った。「あれ?その人、生きて・・る、よね?それに何でまた学生服・・・」言ってから、すとんとその言葉が胸に落ちた。あ、あぁなんだ・・・霊能力者だって言うからてっきり真田幸村の幽霊なのかと思っちゃったけど、冷静に考えてみればそんなわけないよな。なんだ、只のジョークか。はは、と。乾いた笑いを浮かべた僕に、だけどさんは「若菜さんのお手伝いをするのに霊体じゃあ何も出来ないでしょう?」と、そう言ってから、「それに、」

「こんな格好のお兄さんが街中を歩いていたら目立つでしょう?」
「!わっ?!」

その言葉と共に突然現れたのは、さっき真田幸村って言ってた人と全く同じ顔の、だけどさっきまでとは全く違う格好の彼だった。長い真っ赤な鉢巻を額に巻いて、下は具足、なのに上半身は・・・ライダースジャケット?っていう不思議な格好をした、だけどその格好が妙に似合っている。そんな事を思っていれば、ちゃり。と、彼の開いた胸元から覗く紐に通されて首に下げられた六文銭と同じものを持ったさんがそれを鳴らして僕に笑んだ。      いや、だけどそれより何より気になるのは、

「今のはO.S.(オーバーソウル)って言ってね。霊や精霊とか、実態の無いものを具現化するシャーマンの技・・・技術の1つだよ。」

さっきまで確かに地に足を吐いて立っていた彼、・・・真田幸村さんが、今は半透明に透けて居るって言う事だ。
それに・・・オ、オーバーソウル・・・?わ、分からない!なんで幽霊が実態化なんてするんだろう?それがシャーマンの技なんだって言われればそれまでだけど、さんはさんで今僕にそれを詳しく教えてくれる気はないみたいだし・・・だけどそのオーバーソウルっていうのが、さっきまでの真田さんと今の真田さんの違いを生み出してるって言う事は何となく分かる。

それに些か半信半疑ながらも納得しようと奮闘している僕の横で、ようやく首無が口を開いた。

「・・・が、」
「なあに?」
が、また此処に来た理由は?」
「せっかちだなあ、首無くんは。」

神妙ん顔をして問う首無に対して、さんの方は至って朗らかに応えた。
だけどさんもまたそんな首無に合わせてかどうなのか、不意にす、と。表情を引き締めて見せた。


「シャーマンファイトが、始まる。」


聞いた事の無い言葉に、けれどどうしてか気圧された。
だけどどうしてかさんの言葉を聞き逃したらいけないような気がして、必死に彼女の言葉を拾い集めようとする。

「私が此処に来た理由は簡単だよ。もう直ぐ星の王を決める戦いが始まる。」
「・・・やっぱり、」

さんの言葉にそう声を上げた首無に、僕は「ほ、ほし?おう?」と、首無に目を向ける。そうすれば首無は納得したように「リクオ様は、ご存じないのですね。」と言って、それに不味かっただろうかと内心焦った。だけど直ぐに「無理も無いよ」と言ったさんに安堵もしたんだけど、「これは妖怪の子達より寧ろ、私達シャーマンの人間の方に関わってくる事だから。」

「でも、無関係じゃない。」


(・・・やっぱり、急だったかなあ)
なんて。きっぱりと言い切った私に息を飲んだリクオくんを見てから、さっきからずっとただ『そこにいるだけ』のぬらくんに視線を向けた。そうすればぬらくんはただ無言で頷いたのを見て、私は彼の求める言葉をそのまま伝える。

500年に1度。シャーマンキング・・・この世の森羅万象を司る地球の王を決める為の戦い。それがシャーマンファイト。そしてそのシャーマンファイトで勝ち抜いた者は精霊王グレートスピリッツ、全知全能の精霊を手にする事が出来る。そうしてその精霊を手にしたシャーマンは、あらゆる夢や野望を叶える事が出来る。

「で、でもシャーマンファイトだかシャーマンキングだかとかなんて聞いた事・・・そんなに凄い人なら有名になってたって可笑しくないんじゃない?」
「昔のシャーマンファイトには3000年前の太公望とか500年前のレオナルド・ダ・ヴィンチだって参加していたし、歴代のシャーマンキングには2500年前では釈迦とか2000年前ではイエス・キリストだっていたよ。」
「・・・・・・・・・え?

その何とも言えない崩れた顔に込み上げた。それを押し殺す事も隠す事もせずにあははっと笑ってから、それに恥ずかしそうに顔を歪めたリクオくんにまた笑う。幼いなあ、リクオくんは。
「世界を変えられる力を持つ人の皆が皆、知られていなんて言う事はないよ。シャーマンだけじゃなくて、シャーマンの能力を持たない人達にも影響を与えるような事をしたシャーマンキングは当然その名前を後世に残しているよ。良い意味でも、悪い意味でもね。」・・・それを伝えてあげれば、リクオくんは何だか不思議そうな、不安そうな顔をして見せた。

「悪い意味?・・・だって、王様なんでしょ?王様って言うのは人を守る為に、」

彼の言葉に、「それは違うよ」と即答する。シャーマンキングって言ったって、人である事に変わりはない。それに、「シャーマンキングは人の為にあるのだと考える人もいれば、自分の夢を叶える為だけに勝ち取った称号に過ぎないものだと考える人もいる。シャーマンキングがその能力をどう用いるかは、全てその当代シャーマンキングの採決に任されているからね。だから、過去には地球上の人類を3分の1にまで死滅させたシャーマンキングだっていた」そういう現実だってあるんだよ、と。そう言えば、眼に見えてリクオくんは顔を強張らせた。


(そ、そんな・・・でも、なんでも出来るって、・・・そういう、事なんだ。)

ごくり。
思った思考に息と一緒に唾も飲み込んで、僕は目の前でそう言ったさんを見た。とても、冗談や嘘を言っているような感じじゃない。それに首無の深刻な顔に、爺ちゃんの雰囲気。そのどれもが今の話を確信づけるようなものばかりで、それに俺は戸惑って、だけど疑う気にはなれなかった。「・・・で。」

「私もシャーマンファイトに出場しようと思っているんだけれど、此処にはその為に力になってくれる頼もしい持霊を探しに来たんだよ。本当は鯉伴くんを誘いに来たんだけど・・・振られちゃったとしても、浮世絵町は有名だからね。他にも強い子がいるんじゃないかってね。結局、失恋しちゃったけどね。」

おどけて笑って見せたさんに、だけど僕は笑う気になんてなれなくて。
・・・だからこそ。僕は恐る恐る、問う。

「戦いって・・・どんな事をするの?」
「シャーマンとしての力と力をぶつけ合う。ようするにシャーマンとしての能力を使った戦闘だね。未熟なシャーマンもいれば、強いシャーマンもいる。強いシャーマンを相手にすれば、死人だって出るよ。」

何でも無い事みたいにあっさり言われた言葉に愕然とした。・・・そ、そんな。死人だって出るって、それってそんな・・・あっさり言う事じゃないだろ?!いや。だけどそれより何より気になるのは、

「・・・さんは、シャーマンキングになって何を叶えたいの?」
「誰かに叶えてもらえるような夢は、私には無いよ。」
「じゃぁどうして、」

どうしてそんな・・・だって、戦って、死ぬかもしれないって言ったじゃないか。なのに、どうして・・・僕にだって、漠然とした将来の夢とか、そういうのは、ある。他の皆にしたってそうだと思う。だけどそんな・・・誰だって将来の夢をかけて命がけの戦いをするなんて事、全然思わないし、思えない。そんな次元にある事じゃないんだ、なのに、

      其処までして叶えたい夢って、なに。問うた言葉に、さんはふ、と、顔を伏せた。そうしてとても静かにその口元に笑みを湛えると、まるで囁くような静けさでもって、言った。

「本当は、シャーマンキングになんてならなくってもよかったんだけど、」

とても、穏やかな声だった。まるで母親が、眠った自分の赤子をあやすような、そんな静けさをもった、空気。
その空気を身にまとったまま、さんはす、と。目を細めた。

「約束したものね。・・・鯉伴くんと。」

それはほんの、ささやかな音だった。
とてもやわらかく軽く、けれど何処までも優しい音だった。そうしてその音と同じ優しさでもって形作られたふわり。空に浮かぶような、そんな表情を浮かべたさんの表情はけれど、笑顔では、無かったのだけど、「だから、」

「その戦いを勝ち抜いてシャーマンキングになるのは、私だよ。」



限りない慈しみに似たそれを浮かべて、けれど何処までも鋭い意志でもってそう言った。彼女の眼は、つよかった。
<< Back Date::110903 Next >>