爪先立ちて思う事
「おぅリクオ、友達かい?」なんて。何でも無い顔をしてどすどす足音を立てて俺達の部屋に入ってきたじいちゃんに固まってしまった。皆には隠れて出てこないでくれって頼んだのに、どころか寧ろ盛大に音を響かせて俺達の前に出てくるって・・・どういうつもりなんだよ?!と、勿論そんな事を言える筈も無い僕は固まったまま、皆の探してるお目当ての大妖怪『ぬらりひょん』の登場にザット顔を蒼褪めさせて「・・・・・・ッ」と、声にならない声を上げた。

なのにそんな俺に全く持って気付いてない皆は「あっ」とか「どうもお邪魔してます。」なんて普通に挨拶してるけど、だらだらだらと込み上げる冷や汗を感じながら、僕はもうなす術も無く唖然と事の成り行きを見守るしか無かった。片やじいちゃんは堂々としたもので、「おーおー珍しいのう。お前が友達連れてくるなんてな。」とか「アメいるかい?」とか。その姿は本当に孫の友達を歓迎してるおじいちゃんにしか見えないけど、見えないけどさあ!!ちょ、どうするんだよこれ!!?若干涙すら浮かんできた目尻を擦ろうとした所で、お爺ちゃんが、言う。「どうぞ皆さん、これからも孫の事よろしゅうたのんます。」

「あ・・・ハイ・・・」
・・・え?
「まかして下さいおじいさん!!しかしこのアメまずいっすねぇ!」
?・・・え?は?

ちょ、ちょっと待ってくれ。状況が上手く飲み込めない。・・・あれ?皆?あれ?ホントに気付かれてない・・・目の前にいるのは、君等の目的ですよーと。心の中で行ってみても、花開院さんすら普通にじいちゃんに挨拶してるし・・・それを見て、ふと思い出す。『ぬらりひょん、勝手に他人の家に入ってもぬらりくらりと気付かれない妖怪』っていう説明文。あぁ、気付かれないってこう言う・・・と。安堵と一緒に呆れとも付かない不思議な感覚を覚えていた、最中。

「へぇ。リクオくんのお友達って君たちだったんだね。」
???!!!!!

突然。
そう、本当に突然何の前触れも無くこの間見たく普通に部屋に入ってきたさんに瞠目した。多分またじいちゃんに用があって来たんだろうけど、本当吃驚した・・・っていうか!!さんって爺ちゃんの知り合いって事はこの家に妖怪いるって絶対知ってるよね?!うわぁあああ・・・頼むから皆の前でその類の事は言わないでくれよぉ・・・

「確か私の入ったクラスに居たよね?・・・リクオくんの友達だったんだ。」
「確か・・・さんだったね?」

怪訝に問うた皆の言葉にさんがけれどにこっと笑んで「こんにちわ」と言えば、皆それぞれに挨拶を返したけれど。多分さんは俺の友達としてじゃなくて、じいちゃんの友達として・・・『遊びに』来たんだろう。だけどそれをどう説明しようかと俺が悶々としていたところで、さんの視線に気づいてその視線の先を見る。・・・そうしたら、何だか物凄い顔になってるカナちゃんがいて、それに僕が首を傾げようとしたところで、まるで耐えきれなくなったと言う風にさんがふはっと吹き出した。

なっ、い、一体・・・どうしたんださんは。
突然カナちゃんを見てお腹を抱えて爆笑だしたさんを見て、僕だけじゃなくて皆何事だと瞠目している。だけどようやくそれが収まってきたのか(それでもまだ笑って入るけど)さんは「あぁそうだ」というとポケットの中に手を淹れて、そこからカサガサなんて乾いた音を立てて何かを取り出してそれを花開院さんに渡した。

「はい、これ。」
「ぇ・・・?!」

花開院さんもだけど、僕もさんが渡したそれを見てぎょっとした。あれは確か、・・・爺ちゃんが趣味で集めた仏間の仏像に花開院さんが貼り付けたお札だった。だけどあの量は・・・多分、仏間で貼る前にも花開院さんが貼っていた札もあるんだと思う。それを、まさか全部回収して来たんだろうか?・・・え?でも花開院さんが何処で札を貼り歩いたのかも分からないのに、こんな短時間で全部剥がした、の・・か?
そう思ってさんの手から花開院さんの手に移った札とさんの顔を交互に見比べていたら、さんはにこっと笑んだ。

「人の家の物に許可なくこんなの貼ったらダメだよ。失礼だと思わなかったのかな?」
「ッ」

びくり。直接今の言葉を言われたのは花開院さんなのに、僕の方も震えてしまった。あ、あれ?可笑しいな。別にさん全然怒ってる風じゃないのに、なんか、凄く・・・こ、こわい?そう思ってさんの事を窺い見ている僕と花開院さんの横で、だけど清継くんは      ・・・いや、よく見てみればカナちゃん達も      それを全く感じていないようできらきらと輝いた顔でさんに詰め寄った。

「君も妖怪に興味があるのかい?!」
「うーん、特別な興味はないかなあ。」

さっき僕達が怖さを感じたのと全く同じ笑みで言い切ったさんに、また瞠目した。全く同じ顔なのに、こうも全く違う表現が、と。それを受けて爺ちゃんをチラリと覗き見れば、それに気付いた爺ちゃんが肩をすくめて見せた。それを見てさっき僕がこの笑顔に感じた恐怖が気の所為じゃなかった事に気付いてまた吃驚してしまったんだけど・・・そんな僕の目の目で、けれどさんは更に予想外の言葉を続けた。

「彼等は常に共にあるものだからね。当り前のひとたちだよ。」

どきり。心臓が、妙な音を立てて鳴った。これはきっと、さんにときめいただとかそう言った甘い何かじゃなくって、今の彼女の言葉がもっと、なにか・・・僕の核心に触れるような。そんな言葉だったからだと思う。      あるいは、羨ましかったのかもしれない。幽霊や妖怪なんてもの、信じてる人の方がずっと少なくって。信じていない人は徹底的にその思想を排除しようとする。そうして今まで信じていたものを、・・・いや。実際今まで僕と共にあったもの達を、僕もまた否定された。それから僕はそれを口に出す事が怖くなってしまった。だから、それを当り前に口にしたさんに、羨望のような感情を抱いたのかもしれない。

それを思って、ぎゅ、と。ひっそりと拳を握った僕の傍ら。さんは清継くんから花開院さんに顔を向けてにこっと笑んだ。

「陰陽師なんだって?」
「せ、せやけど・・・さんは、」

にこっ。今日だけでもう何度見たか分からない、笑み。さんは花開院さんの警戒心の込められた言葉に何も答える事無く、相変わらずの笑みのままで、だけど今度は大人が悪戯をした子供を窘めるような声調でもって言った。

「人のお家を勝手に歩き回っちゃだめだよ。悪意を持っての事なら尚更ね。」
「なっ!べ、別に私は悪意なんて・・」
「だって妖怪を殺そうとしていたんでしょう?」

妖怪を殺す、なんて。言われてみれば確かにその通りの事だけど、そんな直接的な表現でさんがそれを言ったことに驚いた。さんとは知りあってまだほんの少ししかたって無いけど、だけどもしそれを言うならもっと穏やかな・・・それと暗喩するような間接的な表現を使うと思ってた。だから花開院さんだけじゃなくて、これじゃあ他の皆も吃驚するんじゃ、と。そう思って皆の様子を窺い見てみて、驚くより先にゾッとした。

「殺意は、悪意だよ。」

こんな、・・・こんなにもはっきりと分かる、異常な空気。それをさんは隠す事無く花開院さんに向けていて、それに一歩引いてひたりと冷や汗を浮かべる花開院さんがいるのに、どうして、

「間違えたらいけないよ。力のある者なら、尚更ね。」
どうしてみんな、まるで・・・

「もう遅い。今日はもうお家に帰って休むと良いよ。」
まるで、それに気付いてない、みたいな        

「寄り道しないで、真っ直ぐね。」

にこり。やっぱり最初と変わらない笑顔で言ったさんに、皆は頷いて、そうして僕とじいちゃんに挨拶をして、普通に帰って行った。ただ、花開院さんだけがその指先を震わせて。

僕にはそれが、酷く不気味な事に思えて仕方が無かった。









「私って・・・まだ修行が足りひんわ。」

そうひとりごちて、「本当にいると思ったのに・・・奴良くんに失礼なことしてもーた。あん時は反論してもうたけど、さんの言う事も最もや」そう続けてから僅かに視線を地面に落とす。奴良くん家から帰る道で偶然会った家長さんを隣に帰路を歩きながら、数時間前の私の行動を振り返ってみれば、本当、滅茶苦茶な事ばかりやった。絶対いると確信していた妖怪がいなかった事もそうやけど、それ以前に常識が足りひんかった。それを思って呟いた私に家長さんもまた頷いた。

「・・・うん。私もリクオくんの家なのに、勝手に家中歩き回って失礼だったよね。久しき仲にも礼儀ありって、本当そうだよね。」

静かなトーンでそう続けた家長さんは俯いて、その言葉に私もまた頷いた。せやけど私の思考は其処とはまた別な所にも会って、だか「でもさん、転入初日に直ぐ帰っちゃうくらいだから怖い子だと思ってたけど・・・そうでもみたいで安心しちゃった。」なんて。そう、たった今私が考えとった人物の話をするもんだから「・・・そうやね。」なんて、無難で短い返事しか出来ひんかった。

・・・・・・・・・あん時。
あん時の、さんの雰囲気。それに言葉の数々。ほんのささやかな会話しかしいひんかったけど、それでもハッキリと分かるさんと妖怪との関わり。それがどういうもんで、どれくらい密接なもんかは分からんけど、それでも確かにさんは妖怪と何らかの交流があるんやろう。それを、隠そうともしてへんかった。         いや、それ以上にそれに、あの時の・・・さんの、今日見せたいくつかの全く同じ笑顔。

(なんや、あれ・・・人間、やんな?せやのに、)
「?ゆらちゃん?どうかした?」

ハ、と。声をかけられた我に返る。そうして家長さんに何でも無いと取りつくろいながら、あの時全身が粟立った、1番最初の笑みを思いだしてまた身震いした。あんな感覚、妖怪相手にした時にだって感じた事あらんかった。・・・あの時のさん、

妖怪より、よっぽど危ない気ぃがした。
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