スローガール
「じゃ、じゃぁ私はお茶でも用意して来ますね」と。そう言ってそそくさとぬらくんのお家に駆けて行った首無くんを見送って。私はぬらくんと話してる幸村くんの元まで歩いて首を傾げる。そうして「いつの間に2人ともそんなに仲良くなったの?」と問えば、ぬらくんはニヤニヤと笑って「お前等がいちゃいちゃしとる間じゃ」なんて返して来たものだから、私もまた「ヤキモチやいちゃった?」と笑った。・・・だけどそんな中で不意に私たちの事をジッとそわそわと見ている幸村くんに気付いて「ぬらくん」と促せば、それに気付いたぬらくんが幸村くんに向き直った。

「自己紹介がまだだったな。・・・ぬらりひょんじゃ。とはもう随分古い付き合いで、友人だ。」
「おぉ!貴殿がぬらりひょん殿でござったか!」
「あぁ。そう言うお主は自慢の新しい持霊か?武人の霊か?」

ぬらくんの問いに、幸村くんは「自慢など・・・某はまだまだ、」なんて謙遜して見せたけど、私が「うん、そうなの」と言って見せれば、直ぐに困ったように苦笑してから幸村くんもまたぬらくんに向き直ってす、と礼をした。

「某は武田信玄が家臣、真田幸村と申します。嘗ては戦国の世を駆け戦った武将で御座いますが、今は殿より受けたご恩に報いる為、人間霊ではなく精霊として生きております。」
「なんと!あの真田幸村か!?だから猿飛佐助なのか・・・奴にしろこ奴にしろ、また凄いのを持霊にしたのう。」

その心の底からの感嘆の言葉に「羨ましいでしょ?」と口端を上げて見せる。そうすればぬらくんもまた「ふん。ワシの百鬼夜行も負けとらんわ。」なんて笑うから、お互いに目を合わせて笑いあった。だけど直ぐにぬらくんはきょろきょろと周りに視線を彷徨わせるとその視線を私に戻してから不思議そうな顔をした。

「そういや、昨日の忍は来とらんのか?」
「佐助くんは此処が嫌いだからね。」

げぇー。またあそこ行くわけ?俺様あそこ嫌いだよ。なんて。ホテルを出る直前に言われた言葉をぬらくんにそのまま届ければ、「全くワシの自慢の家になんて言い種じゃ」なんて言ったけど、本気じゃないって事を分かってるから私も今の言葉をそのまま伝えたんだけど。それでも「ごめんね」と謝ってからぬらくんに促されてぬらくんのお家に足を踏み入れる。そうしてその際にあった沢山の靴にくすりと笑ってから案内されたのはぬらくんの部屋で。その中でぬらくんが「何処にやったかのう?」なんて座布団を探している間に、不意に今まで黙って後ろを着いて来ていた幸村くんが「殿!」なんて緊張したように声を上げたものだから、ぱちり、瞬いた。

「?なぁに、幸村くん。」
「そ、某、首無殿の手伝いをしたいのですが・・・、」
「?・・・うん、そうだね。場所は分かる?」
「はい。で、ですから、その・・」

私の言葉にうなずいて。だけど直ぐに窺うように私の事を見た幸村くんの言いたい事が分かって「うん、いいよ」と笑う。そうしてから私はちゃり、と。紐に通した6枚の銭貨を取り出すと、それを幸村くんの前に掲げる。そうして「オーバーソウル」その言葉と共にその六文銭に幸村くんの魂を憑依させた。


O.S.(オーバーソウル)は、巫力と呼ばれる私たち霊能力者・・・シャーマンが巫術を使う際に用いる力よって霊を媒介に憑依させて、霊力を具現化させる技術だ。つまりO.S.した霊は霊体だけれどこの世に物理的な干渉力を持つと言う事で。だから本来物質をすり抜けてしまう幸村くんの身体も、O.S.によってそれを手にとって触れる事が出来るようになるの。ただ、いくら具現化された存在とは言っても、あくまで霊的な者であることには変わりがなくて。だから幸村くんが霊体である以上、例え具現化されこの世のものに触れる事の出来る姿になったとしても、決して力を持たない者には視認される事がないのだけれど。

だけど此処は妖怪ばかりのいる屋敷だから、見えない人の方が少ないんだろうけど。若菜さんは兎も角、もともと霊的なものに近い妖怪には霊体が見えるからね。だからきっとこの姿ならきっとお手伝いが出来るだろうと、そう思って「行っておいで。」と言えば、幸村くんは力強く「はい!行ってまいります!!」と言って、今度は自分でこの部屋の戸を開けて廊下を駆けて行った。バタバタバタと聞こえる足音に笑った。・・・まぁでも。私のアレはちょっと手を加えてあるから、常人にも見る事が出来るんだけれどね。だから服も外に出た時ように学ランにしてあげてある。

「今のも・・・おーばーそうるとか言う奴か?人の姿だったの。」
「あはは。O.S.はそれを使う術者の影響も受けて姿を変えるからね。だから抽象的な姿になる事もあれば、何かを模倣した姿になったり、さっきみたいに人の姿を形作る事も出来るんだよ。O.S.はイメージの力でもあるからね。」

きっと私と鯉伴くんのO.S.を見た事があるからだろう疑問にそう笑って答えてから、「全く奥が深くて分からん」なんて渋い顔を作ったぬらくんに笑って見せた。だけどそんなぬらくんが不意に幸村くんの駆けて行った方を向いて「・・・今のは、気遣いか」なんて漏らしたものだから、あぁ、やっぱりばれちゃったか。なんて。あの嘘の下手な優しい幽霊を思ったら、胸が温かくなった。

「あはは、幸村くんもお客さんなのにね。でも、幸村くんは優しいから。2人だけにしてくれたんだね。」

私とぬらくんの雰囲気と、そしてこの間久しぶりに再会したって言っていたのを、覚えていてくれてたんだなあと。そう思いながら頬を緩めた私に、ぬらくんがようやく見つけた座布団を畳に置いて、それに座るように促した。そうすればそれを見計らったみたいに首無くんが2つのお茶を持って来てくれた。・・・その顔は何処か、疲れてたけれど。

「?どうしたの。なんだかさっきより疲れてるね。」
「いや・・・実は陰陽師が来ているらしくって。その陰陽師がリクオ様のご友人と一緒に屋敷中を歩き回っているらしいんだ。」
「あはは、マナーがなってないね。」
「笑い事じゃないよ・・・」

力なく零した首無くんににこりと笑んで、だけど其処に居ない彼の事を思い出して首を傾げて「それで?幸村くんはどうしたの?」と問えば、首無くんは「あぁ」と漏らしてからまるで小さい子供のお手伝いを微笑ましく見守る大人の顔だったけれど。

「彼ならあの後直ぐに僕の所に来て・・・なんやかんやあって若菜さまの手伝いをしてますよ。」
「そのなんやかんやが聞きたかったなあ。」

そう言って。だけど直ぐに困ったように、けれど確かにそわそわとしたそれを隠すように平静を装う首無くんに「ありがとう」と笑って。それにまちりと瞬いた首無くんに真っ直ぐに眼を向けた。「行ってきていいよ、気になってるんでしょう」と。
首無くんが気にしているのは、今日このお家に遊びに来ているリクオくんのお友達の事だって事には気付いてた。だからこっちは気にしないでそっちに行っていいよって言ってるのに、首無くんは「っ、で、でも僕は、の事も・・・!」なんて。必死になって言って来るものだから、ちょっとだけ嬉しい。私の事にこんなに真剣になってくれる首無くんが、嬉しい。だから、

「私はいつだって来れるもの。リクオくんのお手伝い、したいんでしょう?」

また直ぐいなくなったりしないよ。
暗にそう言ってもう1度「いっておいで」と。そうすれば首無くんは言葉を詰まらせて、それを見て、更に「それに、今日だって直ぐには帰らないよ」と続ければ、首無くんは不安そうな顔をして。だけど次の刹那にはその顔を消して扉の方に向かっていた。

「絶対待ってろよ!何で来たのか今まで何してたのか、全部聞かせてもらうからな!!」

その際に怒気も含めて言われた言葉には、失笑してしまったけれど。
それも含めて私は今一度ぬらくんに向き直ってさっき首無くんが持って来てくれたお茶を見下ろす。

「やっぱり首無くんは口が荒い。」
「・・・あんな口調もう数百年ぶりじゃぞ。」
「でも私はあっちの方が慣れてるよ。」

落としていた視線を持ち上げて、ぬらくんに寄せる。私にジッと視線を向け続けていたぬらくんに、ふ、と口元を緩める。「私は好きだよ」言った私に、「・・・口調がか?」なんて冗談を言うぬらくんに「どっちもだよ。だぁいすき。」って返したら、「へいへい」なんて物凄いしかめっつら返されちゃった。だから「ぬらくんの事だってだぁいすきだよ」って続けたら、益々渋い顔をされちゃったけど。

それにぱちりと瞬いた私にぬらくんは不意に「そんじゃ」と。そう言った、直後。

「2人だけじゃなきゃ出来ない話しでもするかの。」

ニヤリ。笑ってい見せたのは、さっきまでのおじいちゃんじゃなくて、若いぬらくん。楽しげに歪んだその顔に私もまた「うん、そうだね。」と返してから、今までの事。この間話せなかった沢山の事を切り出した。
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