注ぎ満ちる愛のように
ゆったりとほんの僅かな荷物の入ったキャリーをがらがらと引きながら歩く浮世絵町の街中で、足音も無く隣を行く幸村くんは「妖怪屋敷でござるか?」と不思議そうに、けれど僅かに顔を歪めて首を傾げて見せた。だから私がにこりと笑んで「そんなに怖い場所じゃないよ」と言えば、自分がその"お化け屋敷"みたいな場所にちょっとした恐怖を抱いてた事がバレちゃったのが恥ずかしかったのかちょっとだけ頬を染めた。だけどその直ぐ直後に申し訳なさそうに眉を下げた。

「申し訳・・ござらん。殿のご友人を悪く思っている訳ではないのですが、」
「分かってるよ。でも幸村くんも可愛いね。自分も霊なのに、おばけがこわいなんて。」
「かわ?!殿!!某は男子として生まれた身!幼子なればまだしも、今更可愛いなどと呼ばれるのは些か「あ、着いたよ。」

言った刹那、幸村くんがびくりと固まった。
そんな彼に笑って、そうしてから直ぐ横にあるぬらくんの家を見て、だけど直ぐに首を傾げた。

「?なんだかざわついてるね。」
「ざわついて・・・?某にはなんの音も、」
「眼を閉じて音じゃない、魂を聞いてごらん。そうだね・・・なにかを恐れて震える魂が聞こえる筈だよ。」
「・・・・・・・・・〜〜〜〜〜」
「あはは、幸村くんにはまだちょっと早かったかな?」

そう言って正面に見える門の元へ行こうと視線を戻した時。からん・・と、軽い音が聞こえてそっちを振り返れば、地面に落ちた箒。そうして視線を上げればそこに居たのは大きく眼を見開いた、首が抜けた、格好いい男の人。「あ。」

「久しぶりだね、首無くん。元気だった?」
「な・・・な、・・っ」
「なんと!貴殿が首無殿か?!」

ひらひら。手を振って言った私の言葉に、けれど目に見えて反応を返してくれたのは彼・・・首無くんじゃなくて、幸村くんの方だった。彼は全身から明るい空気を弾けさせて首無くんの元まで一気に駆けると、1度彼の手を掴もうと思って・・・けれど直ぐに触れられない事実に気付いたのか、その様子を一切無かった事にしてから「おぉぉおおお!!本当に首が無いとは・・・妖怪とは真に不思議なものでござるな!!」と私を振り返って同意を求めてきたから、私もまた「そうだね」と笑う。だけれど幸村くんは不意にハッとすると、ビシッと気を付けをして首無くんに直った。・・・首無くんはまだ、固まったままだ。
それにしても、さっきまであんなに怖がってたのに、実際に見てみるとこうなんだもんなあ・・・やっぱり可愛いなあ、幸村くんは。

「申し遅れました。某、殿の持霊で真田源次郎幸村と申します。」
「え、な・・あぁ、どうも・・・・・・・・・じゃ、なくて!!」

頭を下げた幸村くんに頭を下げようとして。だけど首無くんは直ぐにハッとしたようにそう声を上げると私の方に詰め寄ってガッと私の両肩を掴んで来た。なんだか凄い形相だなあ。

「ちょ、な・・ッ貴方、ひ、ひと・・じゃ!!?」
「?ひとだよ?私は。」
「じゃあなんで貴方いき「まぁまぁ、細かい事はまた後でいいじゃろう。」

首無くんの言葉を遮ったのは、お爺ちゃんの姿のぬらくんだった。それにやっぱりあれは内緒なんだとひっそり思いながら「こんにちわ、ぬらくん。今日は賑やかだね」と笑めば、ぬらくんもまた「よく来たな」と笑ってその視線を首無くんにずらした。「どうじゃ首無。久々の感動の再会じゃろう?もっと何とか言ったらどうじゃい」そんなぬらくんの言葉に戸惑ったように私の元に歩み寄る首無くんは、そのまま私を見下ろした。

「いや、えっと・・・、?」
「なあに?」
「お、お久しぶり・・・です。」
「あはは。首無くんは随分お上品になったね。」

さらり。右手を上げて首無くんの頬から髪を撫ぜる。髪に通した指は閊える事無く奥に進んで、それをそのまま頬に戻して撫で撫でと二撫で。そうしてにこりと笑んで「ひさしぶり」もう1度言えば、首無くんは泣きだしそうな顔をして私の事を抱きしめた。「また会えてよかった」そっとささやかなその声は、きっと私にしか聞こえなかっただろう。もうずっと会う事も無かった。連絡だって一切取らなかった。彼と最後に別れた時からは、鯉伴くんと最後に別れた時以上の時間が過ぎていて。彼と過ごした時間よりもずっと首無くんと過ごした時間の方が少なかったけれど。それでも首無くんの心の中に私がほんの少しでも大事な物として残っていてくれた事実が、嬉しかった。

ぽんぽん、と。首無くんの背中をやんわり叩けば、首無くんの腕の力が強まった。震える彼の腕は、けれど口には出さなかった。






「・・・なんじゃ、真っ赤な顔しよって。まさか男女の抱擁を見ただけで狼狽える程初心なわけではあるまい?」

もう数えるのもアホらしい程の時間振りの再会に水を差すもんじゃないとさりげなくの新しい持霊なのだろう、赤い変わった鎧をまとった青年の霊をワシの方に促せば、そ奴が何故か挙動不審に視線を彷徨わせてとと首無の様子を窺い見る様子にからかうように言った。・・・それにそ奴が「!!」と、真っ赤に染まった衝撃の顔をして私を仰ぎ見たもんだからこっちの方が驚いた。おいおい、コイツこんな格好してるって事はざっと見積もってももう400年近くは霊やっとるんじゃろう?それで図星ってのはどうなんじゃ?

そんな思いも込めてどう返事をしてやろうかと考えてるワシの目の前で、ぽつり。この霊が、真っ直ぐにを見据えて囁いた。

「・・・本来なら、破廉恥だと叫びたい所では、あるのですが・・・」
「あん?」
「きっと大事な再会に、某が水を差すのは野暮と言うもの。」

・・・きっと。きっとコイツは、と首無の関係を知らないのだろうと、理解する。関係と言っても、鯉伴経由で知り合った友人と言うだけのものだが、それでもその深さも何も、知らないのだろう。それでもそう思えるのは、の事を真剣にこ奴自身が考えているからだろう。ならばきっと、こ奴もきっと、アイツに救われた魂のひとつなのだろう。・・・だが、

「某は、殿をお慕いしております故。殿の大事なものを、某も大事にしたいと思うのです。」



         未だ救われないこころがあるからこそ、アイツはまた、此処に来たのだろう。それはなんて、皮肉じゃろうか。
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