砂時計に閉じ込めるような
あれから不服気に顔を歪めた佐助くんを言い包めて先に帰ってもらって、今はリクオくんと2人。並んで夜の浮世絵町を歩いてる。私の寝泊まりしている場所を知らないリクオくんは私の隣を歩くだけだけれど、私は意図して人通りの少ない場所を歩く。そんな暗い静寂だけのある夜道の中。ようやくリクオくんがずっと聞きたかったであろう言葉を口にした。

。お前・・・親父の知り合いだったって言ってたけど、」
「違うよ。鯉伴くんは友達だもの。」

リクオくんのその言葉に即座に訂正を入れれば、リクオくんは何処か嬉しそうに「悪い」と謝罪してからふ、と雰囲気を和らげた。鯉伴くんが死んでしまったのはリクオくんが随分幼かった頃だったらしいけど、それでもリクオくんが鯉伴くんの事を大切に思ってくれているだろう事がそのやわらかな空気に私も嬉しくなった。そうして「どういうきっかけで友達になったんだ?アンタ・・・人間だろ?」と。そう問うたリクオくんに笑った。「人間かどうかって言うのは大した問題じゃないよ。鯉伴くんはひとが好きだったからね。」

「あの時私がこの街に来たのは、頼もしい持霊になってくれる子を探していたからだったんだけれどね。」
「その・・・持霊、ってのはなんなんだ?」
「あぁ、うんそうだね。其処から教えてあげないといけなかったね。」

鯉伴くんの時もそうだったけれど、やっぱり妖怪にはあんまり関係の無いことなのかなあ。まぁ、実際妖怪を知っているシャーマンは少ないし、霊よりも寧ろ人に近い妖怪を"そういうふうに"つかえる事を知っているシャーマンはさらに少ない。そう言う意味では、妖怪の彼が知らないのはきっと普通の事なんだろうけど。・・・ちょっとだけ寂しいぞ、鯉伴くん。私と鯉伴くんの武勇伝くらい子供でもリクオくんに話してほしかったなあ。

そんな事をひっそりと思いながら言う、シャーマンと言うもの。「私はシャーマンって呼ばれるものでね。シャーマンって言うのはまぁ色々いるんだけれど、霊能力者の事だと思ってくれれば良いよ。そしてそのシャーマンの・・・そうだね。その個人に協力してくれる霊の事を持霊っていうんだよ。」そして、持霊と言うもの。

「人間霊、動物霊、精霊、付喪神、そして妖怪。浮世絵町は古くからそういった類のもので有名でしょう?本来何処にでもいる筈のそう言ったもので名が知れているって言う事は、つまりそこには力の強い"そういったもの"が多くいるって言う事だからね。だから、この街に来たんだよ。」

浮世絵町は、街って言う狭い場所でありながら強い霊的なものが多くいる。日本のみで言うなら恐山や出雲に並ぶくらいには。その中でもこの街にはぬらくんっていう"百鬼夜行"の主がいる。最近では確かに奴良組の勢力は落ちて、代わりに今日妖怪たちの勢力が増してきていることもまた事実だけれど。・・・あ。そう言えば奥州の方に強い妖怪のいる里があるって聞いたなあ。今度行こうかなあ。なんて余所事を考えて。だけど直ぐに思考はあの時の事に戻る。

「そうして、偶然出会ったのが鯉伴くんだったんだよ。・・・その後でぬらくんには再会したんだけどね。」
「お前・・・元々はジジイの知り合いだったのか?」
「うん、そうだよ。だから珱姫のことも知ってる。」

ぬらくんに再会したのは、偶々そう言う用事があったから遊びに行っただけで、持霊探しの方がメインだったから鯉伴くんに出逢う方が先だった位だもの。そう言って笑った私に、リクオくんが怪訝な目を向けた。それに「なあに」と問えば、「お前、・・・人間、だよな?」との事。そのあんまりにも見当違いで可笑しな問いに、思わず笑ってしまってから「何処からどう見ても人間でしょう?」と問えば、やっぱりその怪訝な顔のまま「そう・・・なんだよなぁ」と難しそうな顔。
だからそんな彼に静かに笑って。そうして前を向く。街灯の明かりも殆どない真っ暗な道は、だからその声を響かせた。

「鯉伴くんは、私の持霊になってくれた子なの。」

「私を、たすけてくれた。」と。そう言って目を伏せた。私を見たリクオくんに気付いても、だけど今度は顔を上げる事も彼に応えてあげる事もしなかった。ふ、と。感じるのはリクオくんの気配。リクオくんともぬらくんとも似ている、けれど確かに違うその空気の柔らかさに目を閉じた。・・・眼を閉じれば、簡単に思い出せる。あの顔も声も姿も、温もりも、なにもかも。

「本当に・・・優しいひとだった。」
「・・・お前、殿ぉおおー!!

リクオくんの言葉の最中。聞こえた声に顔を上げる。そうすればそこに居たのは佐助くんと、その隣に居る茶髪の少し変わった真っ赤な服と鎧を身に纏う戦国武将。彼は佐助くんと嘗てその人生を共にしたひと、だ。ただ、佐助くんとは違って彼は人間霊では無くて、人の魂が更に洗礼されて強くなった、精霊と、呼ばれるものだけれど。
その彼の、もしも"生きている声"ならそこら中から文句を言われそうな程の声量のそれに唖然としているリクオくんの傍らで、私はにこりと笑んで彼の元に「ただいま」と歩めば、彼はぷりぷりと怒りながら細い腰に両手を当てた。

「遅いでござるよ殿!大体佐助も佐助だ!!こんな夜更けに一体お前も一緒でありながら何故・・・そもそもいくら護衛の方と一緒とは言ってもお前の仕事もまた護衛。さすれば佐助、自身の職務の・・「はいはい、そのお話はまた明日ゆっくりね。」

真面目過ぎる彼の言葉を一旦遮って、それに「ちょ、ちょっとお嬢」と焦った風に声を上げて顔を嫌そうに歪めた佐助くんににこりと笑う。そうしていつの間にか辿り着いた今日の『宿』を前にうろを振り返って、ひくり。顔を引き攣らせて私を見ているリクオくんが、言う。「・・・おい、

「此処、ラブホテ「それじゃぁリクオくん、また明日。遊びに行くね。」

その声を無理矢理遮って踵を返せば、「おっおい待てよ」なんて私の腕をガシリと掴んだリクオくんに呼びとめられる。それにぱちりと瞬いてから、だけど直ぐにその腕にそっと私の手を乗せて彼と目を合わせて笑む。

「その時は、可愛い顔の方のリクオくんだね。」
「かわ・・・じゃぁ、今の俺はどんな顔なんだい?」

困ったように眉を下げたリクオくんに「格好いい顔。色っぽくて素敵だよ」にさらりと返せば、また戸惑ったように「・・・あ、そう」と目を逸らされてしまった。だけど未だに私の後ろにあるこの『宿』と私を交互に見るリクオくんの手をやんわりと外す。リクオくんは真面目だなあ。なんて思いながら、だけど彼の本当に言いたい事には目を逸らさせてもらって。

「気を付けて帰ってね。もう遅いから。」
「妖怪にとって夜は人間の昼みたいなもんだぜ?心配いらねぇよ。」
「うん、そうだね。だから、」

だから。その続きの名前を口にしようとして。
けれどその名前は喉の奥に仕舞って別の、けれど全く関係の無いわけでもない言葉を口にした。

「ねずみには、気を付けてね。」

私の言葉に「は?」と怪訝に眉を寄せたリクオくんににこっと笑みを向けて、そん私達の事を不思議そうに見ている幸村くんに顔を向けて笑えば、急にハッとしたように目を大きくさせて「もっ申し遅れ申した!某・・」なんて自己紹介をしようとした彼を「それはまた次にね」と言って、一歩を歩いた。

そうして「おやすみなさい」と振り返った私をまた微妙な顔で見送ったリクオくんの眼は、この宿・・・ラブホテルの看板を見ていた。






殿!何故先程は自己紹介をさせてくれなかったのでござるか?!」
「手短に済ませちゃうより、今度そう言う機会がある時にしっかりした方が良いでしょう?」

私の言葉に「むっ、確かに・・・」なんて声を上げた幸村くんににこりと笑んでから、ふわっと欠伸をする。そう言えば、もう3時も過ぎてる時間なんだっけと思いだして、早くお風呂に入って眠ろうかなと考える。今日のお風呂はふわふわの泡風呂にしよっかなあなんて考えているさなかに、不意に幸村くんが首を傾げて見せる。

「それより、先程の方とは一体どういったご関係で?」
「私のお友達の孫で、子供。私はあの事もお友達になりたいなって思っているけど。幽霊でも人でもない、」

幸村くんは不思議そうに眼を瞬かせて、佐助くんは顔を歪めた。
そんな顔しないでよ、私の大事なお友達なんだから。



「妖怪って言うひとたちだよ。」
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