26時のイカズチ
「なッ・・な、ん・・・」漏れた声は自分でも分かる程震えていた。伸ばした人差し指の先はカタカタと揺れ、わなわなと口が震える。そんな俺を前に「?なんじゃリクオ。ワシの美しさに言葉も出んのか?」なんていけしゃあしゃあと悪い笑みを浮かべるソイツは、確かに言った。俺の、ジジイだと。が、だ。「だ・・っ」

誰だテメエ!!?
「誰だとは冷たいのぅ。お前のだんでぃーな爺ちゃんじゃろうが。」

信じられるかそんな事!!あの背の低い禿げた妙な頭のぱっとしないジジイが俺のジジイだ!だから俺のジジイがこんな長身でカリスマ性溢れる銀髪を靡かせた色男なわけがねえ!断じて!!そんな思いも込めて威嚇するようにコイツから距離を取って睨み付ければ、コイツはそんなもんどこ吹く風で飄々と笑ってやがる。

確かに見た目は妖怪の時の俺の姿と信じられないくらいに似てる。俺がもっと成長したような・・・そんな容姿だ。何らかの血縁関係が無けりゃ寧ろ逆に不審に思えるくらいには、だ。だからって俺の知ってるジジイはもっとしょっぱい感じの妙な後頭部のジジイだ。「リクオ。お前今スゲー失礼なこと考えとるじゃろ。」なんだ、どういう事だ、一体。思った俺に気付いているのかいないのか。その男・・・ジジイは、何でも無いような顔で盛大に笑って見せた。

「たく全然信じとらんの。・・・いやなに。そもそもワシが年の割に老けとったのは、昔心肝を失ったからだからな。」
「は?」
「それを随分前に治してもらってな。若い頃の・・・つーか。今のこの本来の姿に戻れるようになっとったんじゃ。な?」

ジジイの言葉に「ねー」なんて笑って見せた後ろのに半ば唖然としながら。「まー今まで黙っとったのはそーゆー顔が見たかったからだがな!」なんて笑って見せるこの・・・自称ジジイを取り敢えず一発ブン殴ってやろうかと拳を構えたのは間違いじゃねェ筈だ。そんな思いを込めて右手を握りこみ一歩左足を前に出した所で、

「それよりお前もいつまでそんな所で隠れてだ?どうせワシ達しかおらんのじゃから、降りて来て自己紹介くらいせい。」

そのジジイの言葉に何の事だと眉を寄せた。だが、その直後。
ひゅ、と。音もなく風を切った残像が天井から伸びた刹那、床に1人の男が片膝を立てて座っていた。

「いやー。ほんっとに喰えないジジイだねぇアンタ。さっきは前面に気付いてますって雰囲気だしといて、今回はそれ見せなかったくせにお呼び出し?全くそー何度も気付かれるなんて俺様自信無くしちゃうねー。」

そう。お茶らけて笑って見せた男は、迷彩柄の忍装束の男だった。だがどんなに剽軽に見せても、男の発する身も竦みそうな程の警戒心に緊張を隠せない。ジジイの方は気付いてたみたいだが、それでも油断はできない。そもそも俺はコイツはジジイだって事すら半信半疑なんだ。どう見ても人間には見えないソイツは、だが妖怪にも見えずに俺はジリッと警戒心を出して後ろに居るを庇うようにす、と左腕で隠す。・・・が。

「あはは、大丈夫だよ。ぬらくんが特別鋭いだけで、リクオくんの方は気付いてなかったでしょう?」
「そりゃそーなんだけどねえ。」

って、お前の仲間か?!!そんな思いも込めて後ろに居るをジト目で睨み据えれば、「お友達だよ」なんて朗らかに笑まれるもんだからたまんねぇ。何なんだこいつ等、と。このアンバランスな3人組に脱力してしまう。そんな俺に気付いていてなお笑うジジイの脛をゲシッと蹴っ飛ばしてから息を吐いて、目の前の男に視線を向ける。

「で?アンタ一体何モンだ?」
「俺様?俺様は見ての通り忍だよ。戦忍びの猿飛佐助。」
「なんと!猿飛佐助?!あの真田十勇士の猿飛佐助か!!いやぁ・・・流石。凄い奴を持霊にしたのう。」

モチレイ?と。その聞いたことも無い言葉に疑問を持ちながら、だがそれ以上に気になる言葉にを振り返る。「おい、真田十勇士って・・・本物かい?」と。そうして問うた俺の言葉に「うん、そうだよ」と何の迷いもよどみも無く返したに、益々持って訳が分からなくなる。本物って、おいおい。

「真田十勇士っつったら江戸時代初期にいたって言われてる忍だろ?なんで妖怪でもない奴が生きてるんだ?」
「なーに言ってんのさアンタ。ちょっと考えりゃ分かるだろ?」
「は?」
「ゆーれいってヤツ。とっくの昔に死んでるっての。」

「ほら。身体透けてんでしょ?」なんて。そう笑った男・・・猿飛に(幽、霊・・・あぁ、成る程)と納得する。そういやそんなもんもいたっけなと納得する。俺の周りに居る奴らは皆妖怪か、人の姿を忘れかけてた悪霊ばっかりだったもんだから、こんな人間の姿のまんまの霊なんて珍しすぎて失念していた。それを思って「すげー幽霊連れてんだな」とを見れば、は何処か嬉しそうに笑って見せて「じゃぁそろそろ帰るね」なんてとんでもない事を言いだした。

「帰るってお前・・・もうこんな時間だぞ?泊まって行かねーのか?」
「うーん。そうしてもいいんだけどね。お散歩から帰って来た子が誰もいないお家を見たら困っちゃうでしょう?」
「なんじゃ、もう2人も持霊を見つけたのか?」
「そーだよー。羨ましい?」
「ふん。ワシの百鬼夜行も負けとらんわ。」

なんだその俺の子分自慢は。なんて思いながら何より誇らしそうに自分の仲間の話をすると親父に呆れつつ。だが、その気持ちが分からないわけでもないから黙って2人の様子を窺い見る。・・・(理由は聞いたが)何故か若返ったジジイと、何故かそのジジイと仲の良い転入生の。謎としか言いようのない2人の縁だが、こうして久しげに話している所を見ると本当に仲は良いんだろう。そのは一通りジジイと話を終えると「ふふっ」と笑って猿飛に笑みを向けた。

「じゃぁ帰ろっか、佐助くん。」
「待ってました!こんなトコとっとと帰ろーぜ。」
「?!」

その。不意に後ろから聞こえた声にバッと後ろを振り返る。そうすれば其処に居たのは今まで正面に立っていた筈の猿飛で・・・コイツ・・・いつの間に。そんな思いも込めて瞠目していれば、その猿飛にフ、と目を細めて笑まれた。・・・だがその笑みが明らかに俺を舐めくさっている、そんな目で。ひくり、口元が引き攣った。
が。それでも俺はその表情を直ぐに消すと、1度はぁと息を吐いてから外に向かうの隣に並んだ。

「送ってく。」
「?こんな夜遅くに子供が出歩いたら危ないよ?」
「抜かせ。こんな時間に"女の子"を1人で返す方が危ねぇだろうが。」
「佐助くんがいるから大丈夫だよ。」
「そいつ幽霊なんだろ?」
「?それは      いや、いいか。うん、じゃぁ送ってもらおうかな。」

何か含みを込めて遮られた言葉に瞬いて。だがの方がその続きを言う気が無いのは直ぐに分かったから俺の方も追及はしないでそのまま並んで表に向かう。そうすればその最中。「」と。ジジイが信じられない位に優しい声で言った。

「明日は学校は休みじゃろう?暇ならまた遊びに来い。今度は昼間にな。首無達にも会いたいじゃろう?」
「あいたい!!」

ぱぁ!なんて効果音が付きそうな程に表情を明るくさせて弾けるように言ったに瞬いて、そうして直ぐに笑む。最初から終始無邪気な笑みを浮かべるこの女は信じられない位に掴めない。それでもこうして身体中から嬉しさを弾けさせるに、可愛いもんだと笑ってしまう。そしてそう思ったのはジジイの方も同じなのか「リクオ、しっかり送ってけよ」なんて笑って見せたジジイに頷いて。俺はそんな俺達の事をジッと見つめる猿飛に気付かない振りをして、と"ふたり"。歩き出した。
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