其処でいつかのお別れならば
ひたり、ひたり。素足で土を踏みしめて、ただ何処までも静かなこの(・・)場所でそれを止める。眼を閉じて、そこにある彼の、・・・あの、何処までも優しかった友人を浮かべてそこに膝をついて右手で触れる。此処で死んでしまった彼は、まだずっと、生きられた人だったのに。ざらり。地面に触れた右手でそこを撫ぜて、そうしてその場所に頬を付けるようにして横たわる。触れて、耳を当てて、けれど聞こえる筈も無いあの声を思い出して、けれどその曖昧な記憶の声に眼を伏せれば、込み上げて溢れそれが地面に染み込んだ。「鯉伴くん、」

声として空気に出したその名前に、益々もって、あふれだす。

「・・・ひさしぶり、鯉伴くん。」






ざりっ、と。このただ静寂だけが残るこの場所で踏み締めた砂利が音を立てたにも関わらず、視線の先でただこの静寂に溶けるように無反応に地面に身を横たえている女から視線を逸らさない。今日転校してきた、不思議な女。どうしてかジジイと知り合いだと言ったその女が、今。・・・親父が死んだ場所で、まさに、それと寸分違わぬ場所に、頬を当て、横たわっている。

「・・・お前は、」
「鯉伴くんは、此処でいっちゃったのね。」

俺の言葉に答えるでも無く言った彼女の言葉は、独り言、なのだろうか。
なのにどうしてか、俺には・・・そうは、聞こえなかった。

「君は鯉伴くんによく似ているね。髪の毛は、ぬらくんの血を継いだみたいだけれど。」
「俺が誰か、分かるのか。」
「リクオくんでしょう。分かるよ。違うのは姿だけだもの。」

ほんのちらりとすら俺を振り返る事無く言った彼女は、しかし迷う様子も見せずはっきりとそう言った。だが仮に振り返っていたとしても、今の俺と・・・さっきまでの俺とを見て同一人物であると、判断できるのだろうか。身長も違えば姿だってこれっぽっちも似ていないし、声だって俺の方がずっと低い。
それなのに確かな確信を持ってそう言われた言葉に、俺は数瞬言葉を詰まらせた。だが直ぐに言うべき言葉を口にする。

「冷えるぞ。部屋に入ろう。・・・もう遅いし、今日は泊まってくんだろ?」
「君の手も、温かいね。」

言って。静かにその冷たい肩に触れれば、ふ、と。その肩に触れた手に、俺の手よりずっと小さく細くてやわらかな指先が触れる。その女の子の手は握れば簡単に折れそうで、潰れそうで。

「彼も、温かかったんだよ。」

その声は、震えてはいなかった。凛と綺麗で、まっすぐ伸びて。
・・・なのにどうして。俺にはその声も身体も、

「あんなに、あたたかかったのにね。」

その全部から、悲しみがあふれ出して見えて。
彼女が親父と一体どういう関係だったのか。どういう経緯で持って知り合ったのか、俺は知らない。どうして俺と同じ年の頃の彼女が、親父やジジイと知り合いなのか。どうして彼女は、俺の婆ちゃんや母さんの事を知っていたのか。なにも、分からない。だが、

「友人が1人、また1人と消えてしまうのは、寂しいものだね。」

ぽたり。込み上げたそれをそっと静かに、地に落とす。ただただ、哀しみだけを零したようなそれに、手をかぶせる。彼女が温かいと言った手を、彼女の触れるまま。どうしてか。人である彼女が知るという親父の温もりと同じだという俺の体温に、益々もって涙を落とすこの人に、言葉を零す。「戻ろう。親父の話を、聞かせてくれ。」俺の言葉に俺の手をそっと退けると、溢れんばかりの涙を瞳に溜めて、けれど彼女は微笑んだ。
彼女が・・・が何者なのか。俺にはなにも分からない。それでも確かに、この悲しい程に綺麗な涙は、本物なんだろう。
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