闇夜のあわいに身を寄せて
花開院さんが転入してきてまだ少ししか経っていないのに、また同じクラスに転入してきた女の子は「です。よろしく。」という手短な自己紹介の後、僕の隣の席に座る事になった。そうしてHRが終わって直ぐに質問攻めを軽やかに受け流し終えた彼女は僕の方に顔を向けてにこりと笑んだ。
そうして「こんにちわ」と言われた僕は、突然声をかけられた事に驚けながら、だけど直ぐに「え?あぁ、うん。こんにちわ」と返す。そうすれば彼女はその笑みを消す事無く僕の目を真っ直ぐに見つめて小首をかしげて見せた。

「君、奴良って言うの?変わった苗字だね。」
「え?う、うんそうなんだ。」
「ふぅん・・・お爺さんの名前を貰ったの?」

言われた言葉に戸惑いながらも曖昧に返せば、それに返ってきた問いに「え?」と。瞬いた。・・・お、お爺さんの名前を、もらった?え?なにを?え、苗字を?え?え?なに、何言ってるんだこの人。なんて。直ぐ目の前でにこにこと絶えず変わらない笑みを浮かべている彼女になんて返事をしたものかと考えていれば、けれど彼女は僕に返答を求めていたわけじゃないのか。あるいは僕からは答えを聞き出せないと思ったからなのか、また別な話題を切り出した。

「ねえ。今日君の家に遊びに行っても良いかな?」
「へ?!」
「知りあって数分の人間が何言ってるんだって思ってる?」

いや、別に・・・いや、確かに思わない事も無いけど。だけど、なんでだろう?「ダメかな?」なんて小首をかしげて見せた彼女にどう応えたものかと視線を彷徨わせて「い、いや・・あの」と言葉を濁らせていれば、「リクオ様ー!」と。いつもの声にびくりと肩を震わせた。そうして若干ひきつる顔で「え?あ、あぁ及川さ・・」と、振り返った、その直後。

ゾワ・・・ッ

唐突に感じた寒気に後ろを振り返る。
だけどそこに居るのはそんな俺の様子にも動じず笑みを浮かべているだけのさんだけで、

「?どうされました?」
「え、あ、いや・・・何か今、寒気が・・・」
「!そ、それは大変です!!まさかお風邪でも?!」

いや、そう言うのじゃないと思うんだけど・・・なんて。そう思いながらも視線をさんから外せずにいると、だけどさんは相変わらず穏やかな表情を浮かべたまま。にこっと笑むと、もう直ぐ1限目の授業が始まるのに、すっと立ち上がってしまった。

「それじゃあ。また今度遊んでね、奴良・・リクオくん?」

と。それだけを言い残してそのまま廊下に出て行ったさんは、それきり放課後になっても戻って来なかった。・・・そう言えば鞄も持ってきてていなかった気もするし・・・もしかしてさんって、不良なんだろうか?なんて。そんな事を思いながら、僕は無意識に腕をさすった。         それにしても。なんか、薄気味悪い寒気だったなあ。






あれが、今朝の事。そんな不思議な今朝の事を思い出しながら、夕食の席で向かいに座るお爺ちゃんに「そう言えば、今日転入生が来たよ」と何げなく言えば、お爺ちゃんは興味を示したみたいで「ほう?」と言って沢庵を掴んだままのお箸を止めて「どんな子じゃ?」とにやりという・・・なんていうか・・・あんまり人の良さそうじゃない顔をした(いや、まぁ確かに妖怪・・・なんだけど)

僕の家・・・この奴良家は、僕のお爺ちゃんであるこの目の前の妖怪、ぬらりひょんを筆頭とした関東任侠妖怪、奴良組という組織の総本山だ。そしてこの奴良組の頭がお爺ちゃんなわけで・・・僕は妖怪であるお爺ちゃんと、今は亡き人間のお婆ちゃん。そしてその2人の間に生まれた半分だけ妖怪の・・・今はもういない父さんと、人間のお母さんの間に生まれた。つまりぬらりひょんっていう(信じられないけど)大妖怪の血を4分の1も継いでいるって言うんで、この奴良組を継がされそうになってる。

そしてこの夕飯の最中にまでそんなうんざりするような話を聞かされて、それを逸らす為に何気なく発した話題だったんだけど・・・ううん。そう聞かれると、僕もちょっと答え辛い。だけど自分から振っただけに此処で適当に話題を切るわけにもいかず「うーん」と言って首を捻る。

「女の子なんだけど、あー・・・なんていうか、不思議な子、かなあ?」
「なんじゃいそれは。」

うん、本当なんだろう。自分で言っててわけが分からない。
不思議は不思議・・・なんだけど。花開院さんとは全然違うタイプだし、あぁ、でもそれにしても、

「・・・何で僕、折角遊びに誘ってくれたのに断っちゃったんだろう?」

普段なら絶対断ったりしないのに。人として!!なのにどうしてかさんにあぁ言われた時、どうしてか言い淀んでしまった。それを思い出してあぁ、さん僕の事変に思ってないかなあとかって疑心暗鬼になっていれば、お爺ちゃんがそんな僕を見て遠慮なく盛大に溜息を吐きだした。

「何?!まーったくなんじゃ情けない!ワシがお主くらいの年にはそりゃあもう・・・」
「はいはい。」
「・・・信じとらんじゃろ。ったく勿体ないのう・・・」

「一緒に遊んでくれるなら私はぬらくんでもいいけど?」

2人だけしかいなかった筈の和室の中に、突然ふわり、と。聞き慣れない女の子の声が優しく響いた。それにギギギッとその声のした方に首を向ければ、そこには件のさんがにこり、と。何でも無い顔をして何故か僕とお爺ちゃんが向かい合って座る席の直ぐ横に僕達の方を向くように座って笑んでいた。・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、

うわぁぁああああ!!?

がたがたがたっ!と音を立てて膳をひっくり返しそうになりながらさんから距離をとるように後ずされば、そんな僕を見て笑ったさんにわなわなと震える。ちょ!え!?なっ

「ななななななん、なっ、さん?!!ちょ、なんでこんな所に!!!?」
「こんにちわ。・・・あぁ、今はもうこんばんわの時間かな?」
「(スルー?!!)も、もしかして・・さん・・・・・・み、見た?」
「?何を?」
・・・?お主やっぱりか!?ひっさしぶりじゃのう!!」

こてり。傾げられた頭に、ほっとする。あぁ、よかった。さん相当変わった人みたいだけど、でもまさか妖怪を見られるわけにはいかないし・・・この時間帯に此処まで来る間に1人にも会わなかったのは奇跡としか言いようが無いけど、でも本当、よかっ・・っていうか!!「うん久しぶり」なんて久しげに笑ってるけどじいちゃんと知り合いってどういう・・ッ「鯉伴くんはぬらくんと珱さんの良い所ばっかり持って行ってたけど、今の君は若菜さん似だね。」
言われた言葉に、固まった。・・・え?ちょ、・・・は?り、鯉伴、・・って、「それより、」

「どうして君はそんな恰好してるの?心肝はもう治してあげたんだから、もうあの姿に戻れる筈でしょう?」

その、全く理解の出来ない言葉に「は?」と思わず声を上げた僕の横で、おじいちゃんが盛大に笑って彼女に近づいた。そうして彼女の背中をぽんっとやんわりと叩くと、俺の疑問にも彼女の問いにも答える事無く、いつの間にか食べ終えていた食事に「馳走になった」と手を合わせてから立ち上がって「それより、積もる話もある。ワシの部屋に来んか?美味い羊羹でも摘まみながら将棋の相手でもしてくれ」と、静かに穏やかに笑ったじいちゃんに、さんもまた、笑った。「いいね。私も、」

「私も、君に話したい事が沢山あるの。」



そこにぽつんと残された僕はと言えば、突然の急展開に付いていけずに未だにぽかんと口を開けたまま唖然とするばかりで。だけど不意に「・・・あれ?」と。
2人が恐らくお爺ちゃんの部屋に向かって姿を消してから、未だにさっきの事を夢か何かのように思いながら、それでも今ようやく思い至った事に声を上げて首をかしげた。・・・おかしい、な。お母さんの事を知ってるのは、まぁ多分此処まで案内してもらったか何かで知ってるんだろうけど、でも・・・あれ?

「何でさん、おばあちゃんの事、知ってるんだ?」
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