遠くの君
「はい。じゃあ明日から宜しくお願いします。」

にこり。人当たりの良い笑みを浮かべて職員室を後にした1人の女子生徒を「あぁ、気を付けて帰れよー」と言って見送れば、彼女はぺこりと頭を下げて出て行った。・・・そんな。明日から自分の担当するクラスの生徒となる転校生の女の子を見送った俺の3つ離れた机で「はー・・・しっかりした子ですねえ。」と、職員室内で俺達の様子を窺い見ていた1人の若い教員が声を上げた。その言葉には、俺にも「全くだ」と返す他ない。そうすればそんな俺に別の教員もまた感心したように言う。

「出雲から単身上京して来たんですよね?中学生なのに凄いですよね。」
「あぁ、全く・・・どういう教育方針かは知らないが、それでもあんな風にしっかり育つもんかね?」
「ねぇお嬢。今日もまたびじねすほてるに泊まんの?」

明日から転校生としてこの学校に通い始める訳だけれど・・・確かに。噂で聞いていただけあって(・・・・・・・・・・・・)、随分個性的な学校だなあ、なんて。そんな事を考えながらぱたんぱたんと先程借りた来客者用のスリッパを鳴らしながらこの東京都浮世絵町にある放課後の浮世絵中学校の廊下を歩きながら、不意に直ぐ横をほんのささやかな足音も無く歩く佐助くんに問われた言葉に瞬いた。そうしてそんな彼に視線を向けて「え?その予定だけど?」と答えれば、げえっと物凄く露骨に嫌な顔をされてしまった。「でもあのホテル俺様嫌いだよ」

「何か妙に毒々しい色してるし、なんか凄い沢山女の喘ぎ声とか聞こえて来てさ。傾城みたいじゃん。」
「遂に言われちゃったねえ。」
「は?」
「うーん・・・これ言ったら佐助くん怒ると思うんだけど、」
「・・・・・・・・・なに?」

少しの沈黙の後に怪訝に問われた言葉にうーんと苦い笑みを浮かべて一旦は誤魔化そうとして。だけど直ぐにまあいいかと思い至ってへらりと笑って切り出した。・・・うーん・・・傾城かあ・・・まぁ、違うんだけど。おしいと言えば、おしいよねえ。

「あのホテルって本当は男女が如何わしい事する為のホテルなんだ。学校から近いし豪華だから泊まってただけで。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
「だからね。佐助くんが本当に嫌気がさした時は本当のビジネスホテルに泊まろうかと思ってたんだ。」

あのホテル、受付の人とかいないタッチパネル式の奴だから、1人で入っても大丈夫なんだよね。別にビジネスホテルと値段がそんなに違うわけでもないし、だったら学校からは勿論。駅や商店街からも近いあのホテルに泊まってたんだけど・・・「流石にそろそろ辞めないとバレたら先生に怒られちゃうかもしれないしね」なんてわなわなと全身を震わせる佐助くんにあっけらかんと言い切って。そうしてとどめに「本当はあぁいうホテル、ラブホテルって言うんだよ」幸村くんが知ったら卒倒しちゃうね。なーんて続ければ、佐助くんが、叫んだ。「おっ、」

女の子がなんて所で寝泊まりしてんの!!?






「・・・?」不意に聞こえた声に、振り返る。だけどその声の人は先の廊下の曲がり角の奥に居るみたいで、その声の人を見る事は出来なかったけど・・・それにしても、凄い声だったなあなんて思ってボケッとしていれば、直ぐ横から「?どうしたリクオ?」なんて怪訝な声を掛けられてしまった、それに慌てて取り繕うように「凄い怒鳴り声だったなって思って」と、あははーと笑えば。・・・なんか、また、更に怪訝な顔をされてしまった。「?何言ってんだ?」

「怒鳴り声なんて聞こえねーぞ?」
「へ?だって今、「奴良ー。さっき2組の担任がお前呼んでたぞー。」

返された言葉に疑問の声を上げようとした時。さっきの角からそう声を掛けられて、僕は「え?あぁうん!ありがとう!!」と返す。そうして隣を歩いていた彼に「じゃあ僕行くから」と声を上げてタッとさっきの道へ駆ける最中。「頑張れよーリクオー」と貰った声にありがとうと返して角を曲がる。その際すれ違った私服姿の女の子に転入生かな?なんて思いながら。だけど僕はこのいかにも人間らしい生活に満足しながらにこにこと職員室に向かった。



         奴良、リクオ?」
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