雑草の生える場所
「・・・、・・・・・・?」

出雲国・・・いや。島根県出雲市からとっきゅー?やくも18号とかっていう電車で岡山まで乗り、それからのぞみ38号・・・えーと確か新幹線って言う乗り物に乗りついでからまた暫くして。出雲を発ったのがえーと・・・午三刻は確かえぇ?・・・あぁ、そうそう。午後1時頃に出発してからおよそろ・・6時間半。ようやく午後の7時を過ぎたこの時間。目的の場所・・・お嬢がこれから暫く滞在すると言っていたこの、街。

東京都浮世絵町。その街でふ、と。視界に入ったものに瞬いて、そうして直ぐに数歩前を歩くお嬢に向けて「ねぇ。あれって何?なんて化け物?」と問えば、彼女は「化け物?」とぱちくりと不思議そうに瞬いて俺様の視線の先を見て、直ぐに「あぁ」と笑った。

「あれは精霊だよ。」
「精霊?旦那と同じ?」

その俺の言葉に「そう。」と。簡単に頷いて、そうしてから直ぐに「それにしてもあんな可愛い精霊に化け物なんて罰あたりだね」なんて言いながら、彼女はもう人混みに紛れて消えた少年の肩に乗っていた蕗を両手で・・・まぁ可愛らしく抱きしめていた精霊ににこりと笑む。そうして「俺様てっきりあれが妖怪なのかと、」なんていう失礼極まりない俺の言葉に「あははっ、それってどういう偏見なの?」なんて笑って続ける。

「あれは蕗の精霊だね。アイヌのコロポックルって言う精霊だよ。蕗の下に住む大地の精霊。」
「アイヌっていうと・・・確か蝦夷の、」
「北海道。」
「・・・あぁ、今はそう言うんだっけ?で?蕗ってどういう事?」

俺様の言葉ににこりと笑んで「佐助くんは幸村くんと違って勤勉だなあ」なんて茶化すお嬢に苦笑して、だけど直ぐにその先の言葉を促せば、またよく分からないシャーマン論理を説明される。「植物霊や自然霊の類だね。自然の力が集合して生まれた自然霊って言うのは生き物じゃなくて、元から魂のみの存在として生まれるもの。コロポックルって言うのはその自然の力と、蕗の純化された力が集合して具現化した存在なんだよ」・・・正直難しい。でも、まぁ分からないでもない、かな?

・・・ん?「じゃあ旦那ってなんで精霊?」俺のこの問いにも、お嬢は言い淀む事も無く答えてくれる。「人間霊も強い霊力や秘術で魂が純化したり、長い時の流れで生前の形を忘れたり、複数の魂や念、自然の力が集合して具現化する事で魂の最も強いイメージに依存した異系や抽象的な姿をとる"精霊"に進化する事もあるんだよ。」・・・なんてさらっと言えるお嬢はきっと、間違いなく博識なんだろう。・・・え?

「でも旦那は旦那の姿の侭だけど?」
「それは、彼にとっての最も強いイメージがそれだったんだろうね。あるいは、」
「あるいは?」
「忘れる事が出来なかったんじゃないかな。」
「は?」

思わず漏れた声は自分で分かるくらいには間の抜けたものだったから、お嬢は全くとして遠慮なんてする事無く可笑しそうにそれを笑った。・・・まぁ、もうそれにも慣れたんだけどさ。思いつつ。俺がその言葉の続きを眼だけで促せば、お嬢はにこりと笑んだ。

「自分が自分じゃなくなったら、いつか会いに来てくれる大事な人が自分を分からなくなっちゃうかもしれないでしょ?」
「・・・それ、物凄く耳が痛いんだけど。」

あはは。嫌みも含みもなく笑う癖にグサッとくる事をさらっと言うからこっちは堪ったもんじゃない。しかもそれが否定しようも無い事実なら尚更だ。だから妙にひきつった顔を隠す事もせず表に出して、・・・そうすればお嬢は「だから佐助くんも精霊になったって可笑しくないんだけどね」なんて。またよく分からない事を言うものだから「は?」と漏らしてしまったけど、

「幸村くんは槍の・・・武人の精。なら佐助くんは忍者の精霊かあ・・・なんだかあんまり怖くないね。」
「・・・せめて忍って言って欲しいんだけどね・・・って。俺様も精霊になれんの?」
「なれない事はないよ。元々の霊力だって弱くないし・・・後はきっかけと気の持ちようじゃないかなあ?」

なにそれ益々分からなくなったんだけど。そんな想いも込めて「・・・なんか奥が深すぎて着いていけないねえ」と言えば、「大丈夫だよ」との事。「佐助くんは幸村くんと違って飲み込みが良過ぎるくらいだから。直ぐに慣れるよ。」・・・それは、「光栄だけどねえ」

殿ー!佐助ー!!遅いで御座るよー!!」

そんな会話を続けていた俺様とお嬢の歩く先。もう随分前にとっとと進んでいた旦那は不意に振り返ると、俺達に向けてそう声を張った。ぶんぶん。大きく右手を左右に振って目いっぱいの自己主張。・・・だけど。そんな旦那の声にも姿にも気付く人なんて、全くいない。
もう何年生きてんだか分からない位の筈なのに、未だその子供っぽい仕草の抜けない旦那に呆れる俺様の傍ら。お嬢が笑む。

「いこっか。美味しいお団子が待ってるものね。」
「・・・流石に付き合いきれないけどね。」

そう言って緩やかに歩みを進めるお嬢にのみ認識される、俺達。400年前に確かに生きてこの世界に存在していた俺達は、今はもう"この世"にはいない。この半透明に透ける身体は、如実にその事実を語っている。

俺様達は、幽霊と呼ばれるものだ。


「・・・ね、ねぇ紀田くん。さっきからあの人誰と話してるのかな?」
「いやー・・・ちょぉーっと狙ってたんだけど、不思議ちゃん過ぎて話しかけ辛いな。」

そんな俺達の事を認識して、使役する。あるいは俺達の力を借り、俺達自身もまたその力を借りる。霊と呼ばれるモノ達と共に生きる者。彼女は自分を、シャーマンと呼んだ。





浮世絵町。東京都の片隅にあるその街は、度々怪異におそわれるといわれる有名な街。かつて人は妖怪を畏れ、その都市伝説にも似た逸話は平安時代より1000年続き、噂では此処は妖怪の主が住む街とすら呼ばれている。その妖怪の主こそ、妖怪の先頭に立ち百鬼夜行を率いる男。
人々はその者を妖怪の総大将      あるいはこう呼んだ。魑魅魍魎の主、ぬらりひょんと         .
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