ただひとつの火
美味しいお菓子を食べて、いっぱいお喋りもできて、その上あの後で立ち入り禁止になってる機関室とか操縦室を会長さん権限で探検することができた。その上記念写真も撮っていいよって言って貰えたから、ばしゃばしゃこれ大丈夫なのかな?っていう精密機器まで諸々沢山の撮らせて貰えて、大満足。

ご機嫌にスキップをしながら、ネテロさんのお話を聞き終わって直ぐに借りたお部屋のカードキーでドアを開けて入れば、パンツ一丁で肩にタオルをかけて缶ビールを煽ってるリヴァイさんがソファーに座っているのが見えた。・・・。

「お、おじさんくさぁい。」
「ふふん、そうだろう。」
「そこで誇らしげにされても・・・」
「旅行の醍醐味だろう?」

そう言って二本目のビールを開けたリヴァイさんは、なるほど確かに旅行中のおじさんって感じだ。そんなリヴァイさんから視線をずらして、今度はきょろきょろと部屋の中を見渡した。見渡して、

「・・・・・・・・・あれ?キルアくんは一緒じゃないんですか?」
「とっくに帰った。」
「え、そうなんですか?一緒に寝ようと思ったのに・・・」

そもそも部屋に来なかったなんて続けられた言葉に、しょんぼり。折角お泊り会みたいなことできると思ったのになあ、そう言って眉を下げて「ざんねん」って呟けば、「そういや最近泊りがけでって仕事はしてなかったな」と思い出したようにリヴァイさんが言う。

何年か前までは、それこそ、行けるところにならどこにでも行った。どこにどんな手がかりがあるかわからない。だから、どんな所にだって行った。でも、そうして世界を転々とする内に、気付いた。違う。ようやく、自分を納得させた。私たちの探し物は、あちこちどこもかしこもを探して、そうして見つかるようなものじゃない。

納得してから、アパートを借りて一所にとどまる事にした。何処に行くのにも便利な、交通機関の発展した街に。

流星街を拠点にしていた最初は、私もリヴァイさんも必死に、兎に角情報を、兎に角お金をってしてたから、絶対にお巡りさんに捕まっちゃうだろうなあってお仕事も結構してきた。そうしてきたけど、なんの成果も得られず、ただただ溜まっていくだけのお金に、結局私たちの精神が圧迫されていくだけだった。

だから引っ越しを決めた時、十分にお金を稼いだから、また必要になるまでは全うな仕事をしようと決めた。今まで稼いできたお金は情報収集の為に使って、新しい仕事で稼いだお金を生活費にしようって。走り続ける為には、休息も必要だって言うのが私とリヴァイさん、2人で出した結論だった。

だけどそれが思った以上に大変だった。
2人分の生活費と、何よりも大切な情報収集をする為の時間。その両方を確保できる、戸籍も何もない私達が就ける会社は、思った以上に少ない。それでも何とか私は喫茶店、リヴァイさんはハローワークを通して派遣みたいな感じで仕事をしてからは、飛行船を使っての大移動なんて機会はほとんど無くなった。

そもそも今までみたいに同じ仕事をしてるわけじゃないから、よっぽどお金が必要で短期で稼げる仕事を協力してって時でもなければ、一緒に出張って言う事も無い。

だからこうして飛行船やだって駄々をこねるリヴァイさんを宥めるのも本当に久しぶりだ。・・・本当。折角の飛行船なのに、隙間なく閉められたカーテンが勿体ない。なんて思いながらカーテンをジッと見つめる私に気付いているのかいないのか、リヴァイさんはあっという間に飲み終わったビールの缶をぐしゃっと片手で潰しながら言った。

「しかしあのガキも大概デリカシーってもんがねェな。」
「え」
「なんだその顔は、抓ってほしいのか?」
「ほしくないですどうぞ続けてください。」

突然なんか言い出したリヴァイさんに、思わず何言ってるんだこの人って顔を向けたら怒られた。だからなんにも言わないからと先を促せば、一度私に不満そうな顔を作ってから溜息を吐いた。

「・・・腹の傷はなんだと聞かれた。」

ぱちり。瞬いて、「ほら、子供って素直だから」ってフォローしてみた。けど、確かにデリカシーの無い質問ではある。そう簡単に聞けるほど、リヴァイさんのお腹の傷跡は浅いものじゃない。・・・ただリヴァイさんも大概デリカシーがないから、ひとの事は言えないと思います。とは、もちろん言わなかった。

そんな私に「お前今失礼な事考えてるだろう」なんてズバリな事を言われちゃったからわざとらしく顔反らせば、今度は私に対して溜息を吐かれてしまった。吐かれて、「時々、思う。」そうつづけた言葉は、温かくも冷たくも無く、本当に何も感じられない無感動なものだった。

「この世界の、化け物みたいな力を持った奴が、あっちにもいたら。そう、考える。」
「リヴァイさんは、いてほしいんですか?」

純粋な、疑問だった。リヴァイさんは、あまり、たらればの話をしない人だ。その人が言った、もしかしたらの、きっとありえない例え話。リヴァイさん自身もきっと初めて口に出したんだろうそのその言葉に聞いた私に、リヴァイさんは「・・・いや。俺は、」と。だけど迷うことなく、言う。

「いなくて良かったと、心底思っている。」

眼を瞑って、噛み締めるようにそう言った。
リヴァイさんは、違う。私とは、違う。恵まれた優しいだけの世界で生まれた私とは、違う。圧倒的弱者として踏みにじられ続ける。そんな世界に生まれて、その世界の戦争の最前線で戦ってきた人だ。

だから時々、私も思う。リヴァイさんは、帰りたくないって思う事はないんだろうか、って。本当に、帰りたいんだろうか、って。

だけどそれは絶対に言ったらいけない事だっていう事も分かってる。リヴァイさんがそれでも帰りたいって言うなら、きっとそれがすべてなんだって納得しないといけないって、分かってる。分かっているから、何も言わない。言わないで、リヴァイさんの座るソファーまで歩く。

私がなんでもない顔をしてばふっと隣に座れば、リヴァイさんは3度目の溜息を吐きだした。前の2回よりも深く長いそれを吐き出し終えてから、「所で、よ」と。今度こそいつもと同じ温度のその声で、続けた。

「何処で何してたんだ、お前。こんな場所で随分待たせやがって。心細かっただろうが。」
「ええー?でもリヴァイさんキルアくんと遊んでたんじゃないんですか?羨ましい。」
「いや、あのガキ一人は怖いと怯える俺を一人残して身体だけ流してとっとと出て行きやがった。薄情な奴だ。」
「冗談だって思われちゃったんじゃないんですか?」
「馬鹿言え、兎みたいに震える俺のどこが冗談だ。」
「あはは、そこだと思いますよ。」

普段のリヴァイさん見てると、震えてる所なんて冗談でも想像できない。それを思って笑えば、「おい、笑い事じゃねえ」って本人にとっては本当に怖いんだろうけど笑い事にしかできない。そんな私の頬を一度ぐにっと摘まんでから、「痛い!」って悲鳴を上げる私を無視して「で?何してたんだ。」ってもう一度聞いたリヴァイさんに、にんまりと笑って見せる。

「"人類最強"とおしゃべりしてました。」

言った私に、ぱちり。少しだけ目を大きくして、その少し後に瞬いた。
だけどすぐに「・・・あぁ、あのジジイの事か」って納得したように呟いたリヴァイさんに頷いて、ぽいっと靴を放って膝を立てる。その膝に両手を乗せて甲の上に右頬を触れさせると、隣のリヴァイさんの顔を下からのぞき込む。

「リヴァイさんもお話してきたらどうですか?年の項でいいアドバイスとかくれるかもしれないですよ。」
「あぁ、それもいいかもしれねェな。」

ちょっとだけ笑ったリヴァイさんは、多分機会があれば本当に聞きたいなって思ってるような空気を出してた。それにふすっと笑った私の頭をぐしゃって撫でて、「よかったな」って言ってくれたリヴァイさんに「はい、よかったです」って答えておく。

そうして、ちょっと休んでから寝るかって、キルアくんの髪を洗ってやったって自慢を聞かされたり、さっき撮って来た写真を自慢したりしながらのんびりしていた最中。そう言えばと、思い出す。「でも、」



「なんで他の受験生の人、わざわざ通路で寝てるんですかね?お部屋借りればいいのに。」
「さぁな。固い床で寝るのが好きなんじゃねェか。」
「えぇ?まぁ空調整ってるし、風邪ひくって事はないと思いますけど・・・もしかして、お部屋借りれるって知らないんですかね?」
「はぁ?これだけ豪勢な飛行船貸切ってんだぞ?他の客もいねぇのに部屋借りれねぇって事はないだろう、常識的に考えて。」

胡乱な顔を作ったリヴァイさんに、私もこれ以上フォローの言葉は浮かばなかった。「そうですよねえ、変なの」本当、変なの。
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