たとえばのオーロラ
普通のゆで卵が出来るのが、ゆで加減にもよるけど7、8分くらい。そう考えたらもう数分でできるんだろうなあ、なんて考えながらゆで卵が出来上がるのを待ってる最中。不意に思い出したように「で?お前は何を怒ってたんだ?」って何だか不思議そうにしたリヴァイさんに、私もまた不思議な顔を作った。

「え?まだ言ってるんですか?」
「俺は何で谷底に落ちただけで機嫌が回復してんのかが分からん。」

グ、って眉を寄せて、そうしてメンチさんの方に視線を1度だけ向けてからまた私に怪訝な目を向けたリヴァイさんに、今度は別に不機嫌でもないけどわざとぶすってした顔を作って見せた。

「ちょっとリヴァイさんに何度も殺されかけた事思い出してただけです。」
「殺されかけたとは御挨拶だな。鍛えてやったんだろうが。」
「だってリヴァイさん、いっつも楽しそうだったじゃないですか。」

じとり。そんな目でリヴァイさんを見れば、「あぁ、そうだな・・・」って、視線を上に持ち上げたリヴァイさん。そうしてほんの数秒だけ思案顔を作ったと思ったら、ニヤリ。なんか・・・なんか、すごく、ものすごーく、悪そうな、さも愉快です、って言わんばっかりの顔を作って見せたものだから、私の顔はちょっと引き攣った。

「手塩にかけて育て上げた奴が強くなっていくのを見るのは楽しくて仕方ねぇ。」
「・・・・・・・・・」
「そんな嫌そうな顔をするな、楽しくなっちまうっつっただろうが。」
「いじめっこ!!」
「おい、30過ぎのおっさんに『子』はねぇだろう。」

一転、物凄く嫌そうな顔を作ったリヴァイさんに私も嫌な顔を作る。ジロリ。ジロリ。お互いに微妙な顔で見つめっていた所で、「さぁ、そろそろ頃合いよ!」っていうメンチさんの声が響いた。
それにパッとそっちに身体を向ければ、ザバッ。もくもくと湯気を立てながら、ブハラさんが大鍋を大きいざるの上でひっくり返してお湯を捨てて、卵をザルにあけてる所だった。そのザルに乗った卵の内の2つ・・・1つはさっき私達が採って来たクモワシの卵と、もう一つはよくお店で売ってる普通の卵をメンチさんは手に取ると、それを掲げて見せた。

「こっちが市販の卵で、こっちがクモワシの卵。さぁ、比べてみて。」

言われた言葉に卵と取りに言って、だけど周りの受験生の人達がみんな普通に卵を手にとってたから、私もまた気にせずに卵に手を伸ばしたんだけど、「あっつい!」さっきまで熱湯に揺られてた卵は凄く熱かった。ぱっ。直ぐに卵から手を伸ばして、立体機動装置の剣を鞘から少し抜き出して、その刃に手を当てる。ひやり。冷えた金属は冷たくて気持ちよかったけど、「おい、失敗したらどうする。危ねェだろうが。」ってリヴァイさんが言うからしぶしぶ手を放した。

「お前・・・こういう時は普通耳朶だろうが。」
「だって耳朶あったかいですよ、意味無いじゃないですか。」

さわさわ。自分の耳朶を触りながら言えば、「そうか?」ってリヴァイさん。「・・・割と、冷たいと思うが。」言いながら、リヴァイさんもまた自分の耳朶を触ってたけど、返ってきた返答は私のとは間逆のものだった。から、「冷たく無いですよ!ほら、触ってみてくださいよ!」って髪の毛を耳にかけて右耳をリヴァイさんの方に向ければ、「いや、冷たいだろう・・・触ってみろ」って、私の耳に手を伸ばしながら右耳を私に向けるリヴァイさん。

いやいや、絶対あったかいよ。そう思いながら、お互いにお互いの耳たぶを触ってみる。みて・・・・・・・・・、「た、たしかになんか冷たい」「・・・あったけぇ、ガキみたいだな」。お互いに間逆の感想を持った。剣程じゃないけど、ひやっとするリヴァイさんの耳朶をふにふに。ちょっと遊ぶ感じに弄ってたら、「おいやめろ」って怒られちゃったけど。そんな私達に、何故かレオリオくんがすっごい変な顔で「何やってんだお前等」ってさっきまでちょっと遠くにいたのにわざわざ歩いて来た。「何って、」

「リヴァイさんが耳朶冷たいって言うから、そんな事無いよって話してたんだよ。」
「は?耳朶?」
「そうだよー。でもリヴァイさんの耳朶は冷たかったの。」
「あ〜・・・まぁ、そりゃ。耳朶は人の身体の中で1番体温低い場所だからな。」

レオリオくんの言葉に「え、そうなの?」って瞬く。涼しい顔してるけどなんかリヴァイさんも興味ありげな顔でレオリオくんを見てる。そんな私達に「耳朶ってのは他の場所より8度は低いんだよ、真夏でも30度はいかねぇ。」って言葉に「へぇ〜」って思わず声を上げた。そっかぁ・・・だから火傷した時とかは耳朶、っていうんだ。私の耳朶はあったかかったけど・・・そんな事を思いながら、なんだかサラッと教えてくれたレオリオくん見て、言う。

「なんだか先生みたいだね、レオリオくん。ね、リヴァイさん。」
「は?」
「あぁ、なんか・・・あれだ。医者みたいだな。」
「お、おおう・・・ありがとな。」

なんか大分雑な感じに言ったリヴァイさんに、だけどレオリオくんの方はちょっとだけ照れたみたいに頭を掻いた。そんなレオリオくんを見て、ふと、思い付いた。ザルに置きっぱなしになってたゆで卵を服の袖を指先まで伸ばして、服の上から卵を掴んです、っとレオリオくんに差し出した。

「ね、ついでにこれ殻向いてくれないかな?」
「は?・・・はぁ?!ちょ、おまっそりゃいったい何のついでだよ?!」
「お婆ちゃんの知恵袋のついで!」
「俺ァババアじゃねェ上についでの意味が分からねえ!!」
「おい煩ェぞ。こんな事でギャーギャー騒ぐな、みっともねェ。」

しかめっ面で注意されたけど、私の方もちょっと異議を唱えてみる。「手と顔の皮が厚いリヴァイさんにはこの辛さが分からないんですよ!」言えば、即座に「馬鹿言うな、俺は結構繊細だ。」なんて返ってきちゃったものだから・・・・・・「・・・ははっ。」ちょっとの沈黙の後、笑った。そしたらまた大層不満げな視線が返ってきちゃったけど。

「おい、何だその反応は。」
「あはは、冗談ですってば。リヴァイさんがせ、・・ふっ、繊細だって事も神経質だって事もちゃんと知ってますよ。」
「おい、お前今1回笑っただろ。」

いやいや、笑ってないですってば。ちゃんとリヴァイさんが硝子のハートの持ち主だって事は心得てますってば。おい、そりゃ俺を馬鹿にしてんのか?いやいや、まさか。そんなどうでもいい会話を続けてたら、それを今まで黙って見てたレオリオくんが、とってもうんざりしたように盛大な溜息を吐きだした。そうして右手を差し出すと、

「・・・なんかもう面倒臭ェから卵貸せ、剥きゃぁいいんだろ剥きゃぁ。」
「わぁい!レオリオくんありがとー!!」

ぺりぺり。嫌々そうにしながら、でも丁寧に卵の皮を剥いてくれた。そうして「ほらよ」って手渡されたそれにお礼を言ってから、ぱくり。そのゆで卵を1口だけかじって食べて、刹那。「あっつい!!」悲鳴を上げた。

はふはふ。もくもくと湯気を立てて口の中に鎮座するゆで卵に空気を送りながら、あんまりの熱さに涙目になって口を押さえる私に、隣から心底呆れたって眼と一緒に「あほか。」って一言を投げられた。最もだけど酷い!!思いながら、「大丈夫かよ」って水の入ったペットボトルを手渡してくれたレオリオくんにまたお礼を言って、相変わらず馬鹿を見るような眼で私を見るリヴァイさんにジトッとした眼を向ける。

「リヴァイさん、気を付けた方がいいですよこれ。ものすごく熱いです。」
「みりゃ分かる。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・ニヤニヤするな。猫舌なんだ、知ってんだろうが。」

私が叫んで、言ってから。ジッと卵を持ったまま口に運ぶ気配の無いリヴァイさんに無言のままニヤニヤしてたら、凄く不満そうな顔をされた。でも最初に私の事を小馬鹿にしたのは自分だって自覚はあるからか口出しも手出しもしてこなかったけど。
そんなリヴァイさんの傍ら、ゆで卵を持ってる様子も食べてる様子もないレオリオくんを見て「レオリオくんもう食べたの?熱くないの?」って首を傾げたら、「寧ろお前等は何でまだ食ってねーんだよ」って言われちゃった。・・・と、

「美味しいものを発見した時の喜び!少しは味わってもらえたかしら。こちとらこれに命かけてんのよね。」

誇らしげにそう言ったメンチさんを見て、ちょっと慌てる。ど、どうしようメンチさん、もう試験お終いな雰囲気出しちゃった。ブハラさんが大鍋とか片付け始めちゃったし、「お、おいお前とっととそれ食っちまった方がいいんじゃねェか?」ってレオリオくんに心配までされちゃう始末だ。ま、待って待って!でもこれまだ熱くて食べれな・・「って!!アンタ等まだ食べてなかったわけ?!」ば、ばれた!!

「熱い内にとっとと食べなさいよ馬鹿じゃないの?!!」
「馬鹿言うな、今食ったら火傷しちまうじゃねぇか。」
「はぁ?!!」

げっ!って顔してレオリオくんはささっとゴンくん達の方に戻って行っちゃった。そんなレオリオくんにちょっと狡いって思いながら、取り敢えず謝っとこうとした私の傍ら、シレッと言ったのは勿論リヴァイさんだ。それも、リヴァイさんの手の中にある卵に至ってはまだ殻すら剥けてない。それを見て、これが大人の余裕って言う奴かな、なんて思いながら。取り敢えず玉子を半分に割ってふーふー息を吹きかけて冷ます事にした。と、そんな私を見てメンチさんが顔を引き攣らせた。

「・・・ちょっと。まさかアンタも猫舌でたべれませ〜んとか情けない事言うわけじゃないでしょうね?」
「ふーふー」
「情けないとは失礼な奴だな。鍛えようのない場所に情けないも何もねェだろうが。」
「ふーふー」
「アンタはもうちょっと努力しなさいよ!!まだ殻も剥いてないってどういう事よ!!?」
「ふーふー」
「まだ食わねェのにこんな風の強い屋外で剥いたら埃かぶるだろうが、汚ェ。」
「ふーふー・・はふ、・・はふ!!はふはふ!!」
「アンタはさっきから何やってんのよもー!」

私に向けられたメンチさんの注意がリヴァイさんのお陰で逸れたのをいい事に、卵を冷ます事に専念してたけど・・・冷めたかな?って思って食べたのにまだ凄く熱かった。ぜ、絶対舌火傷した・・・そんな事を思いながらはふはふしてれば、メンチさんに呆れられた。でも最初に食べた一口は本当に熱くて味が分からなかったから、今度の一口は・・・ってちょっと頑張って口の中で冷ましてもぐもぐすれば、口いっぱいにクモワシの玉子の味が広がった。そうしてそれを飲み込めば、最初に零れた言葉は、

「おいしい・・・」

それだった。塩も何もかけてない、ただゆでただけの卵なのに。食材の味その者でこんなにおいしいんだ、って。ちょっとした感動と美味しさに顔を緩めたら、メンチさんに「もっと早くに食ってればもっと美味しかったのよ馬鹿!!」って怒られた。ばか・・・

「でも、ま。そんだけ美味しそうに食べてくれたしね、今回は許してあげるわ。」
「え?ん、んー・・・ありがとうございます。」
「アンタはとっとと食いなさいよ!!」
「冷めたらな。」
「茹でたてが1番美味しいのよ!!!」

怒るメンチさん、適当にあしらうリヴァイさん。そんな2人の横で、また1口ゆで卵を食べる。・・・やっぱりおいしい。私は、美味しい物の為にわざわざ大変な想いをして材料を手にいれたり、料理をしたりって事はしないけど。でも、ご飯が食べれるって、凄く嬉しい事だし。あったかいご飯を毎日食べれるって、それだけで幸せな事だもんなあ。へにゃっ。自分でも分かるくらいだらしない顔をして、ゆで卵の最後の一口を食べる。
・・・うん、「しあわせだなあ。」なんとはなしに呟けば、ぐしゃり。リヴァイさんが1度だけ私の頭を撫でた。
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