ありふれた流星
物凄く高い崖の上。その下に落ちて行ったメンチさんを「おお」って声を上げて見下ろしていれば、「マフタツ山に生息するクモワシ。その卵をとりに行ったのじゃよ」って言ったネテロさん。その言葉にネテロさんの方を振り返れば、立派なお髭を動かしながらネテロさんは続けた。

「クモワシは陸の獣から卵を守る為、谷の間に丈夫な糸を張り卵をつるしておく。その糸に上手く掴まり、1つだけ卵を獲り、岩壁をよじ登って戻ってくる。」
「よっと。この卵でゆで卵を作るのよ。」

見計らったようにネテロさんの言葉の後に影を登って戻ってきたメンチさんが、獲って来た卵を掲げながら言った。そのメンチさんの言葉に気圧されたみたいにたじろぐ人達に、こういう試験の方が分かりやすくっていいって言う人達はそれぞれだったけど。どちらかというと私とリヴァイさんも後者だなあ、なんて考えながら。もう1度崖の下を覗きこんで、言う。

「高いですねぇ・・・」
「そうだな。」
「・・・あぁ、これが高いって言う自覚はあるんですね。」
「あ?」
「いえ別に。」
「?なんか怒ってねェか?」
「いえ別に。」

言いながら、でもぶすっと顔を歪めた。・・・今から何年も前。今みたいにこの世界に順応出来るくらいの『体力』が無かった時、特訓と称してこれよりもずっと高い滝壺に蹴り落とされた事があった。それだけじゃなくて、ここよりも高い断崖絶壁を命綱だけで登れって言った癖に、落ちたら死ぬって高さまで登った所で突然命綱切ったり。・・・・・・あ、何かまた恨めしくなってきた。

そんな私に「おい、やっぱりなんか怒ってんだろ」って怪訝な顔をしたリヴァイさんにまた「いえ別に」って返してから、とっとと谷底に身を投げる。後ろから「・・・やっぱり怒ってんじゃねェか」って呆れたような声が聞こえたけど、無視だ。

びゅうっ。強い風が肌を刺すのを気持ちいいって思えるようになったんだから、大概私も普通じゃなくなっちゃったなあ。こんな高さから落ちたら普通死んじゃうし、怖いって思う筈なんだけど。今は全然怖くないし、このくらいの高さから落ちるくらいじゃ死なないんだから、やっぱりこの世界って可笑しい。観念とかそう言うのもだけどそうだけど、こういう身体能力的なものについてが1番可笑しい。・・・そもそも念能力、なんてものがある時点で相当おかしいんだけど。

そんな事を考えてたら丁度いい高さまで落ちたから、ひゅっ、と。立体機動装置のアンカーをクモワシの糸の方へ飛ばす。そうしてそれが1本の糸の横を過ぎた所で、ワイヤーをこっちから引っ張ってアンカーの手前側の返しにひっかける。そしてその糸に引っ掛かったアンカーを軸に、ワイヤーの長さの所まで落ちれば遠心力で自然とまた身体が上に上がっていく。その際に近くにあったクモワシの卵を1つもぎ取って、今度は崖の上の方にアンカーを飛ばしてガスの噴射とワイヤーの巻き上げで崖を上っていく。そうすれば殆ど体力を使わずに上にまた戻って来れた。・・・所で。

「へぇー・・・アンタ等のその道具ってそうやって使うのねー。」
「あはは、面白いですよね。」
「面白いってアンタね・・・まぁ、面白いけど。」

呆れたみたいに肩を竦めたメンチさんに首を傾げる。そんな私にメンチさんに「まぁいいわ」って、なんだか妥協したみたいに言われて益々疑問符が浮かんだけど、分からないものは分かららないからもういいやって思う事にした。そんな私の傍ら、メンチさんは相変わらず興味深げな視線を立体機動装置に向けてる。

「でもそれ、使うの大変じゃない?あの速度で動く身体を2本のワイヤーで吊り下げて移動するんでしょ?バランス感覚鍛えるだけでも相当訓練したんじゃない?」
「そりゃぁもうしましたよー。一体何度死にかけたか・・・」

思い出せば、・・・ふ、って。それはもう物憂げな息が漏れた。そりゃぁ・・・そりゃぁ、感謝はしてるけど。今私が生きてるのはどう控え目に言ってもリヴァイさんのお陰だけど。でも、だからって滝壺に突然お尻蹴っ飛ばして蹴り落としたりする事はないと思うんだ。落とすにしたってさ、もっとこう・・・行け、って一言いってくれれば(多分落ちるのに30分くらいかかるけど)落ちるのに。蹴るってさぁ・・・そりゃぁさぁ、リヴァイさんはどうせやるんだから無駄にうじうじされると鬱陶しい、とっとと行け。って人だけどさぁ、ほんとうにさあ・・・ほんとうにさあ・・・
ぶつぶつ。心の中でうじうじ・・・それこそリヴァイさんの大っ嫌いなかんじに考えてる私に、メンチさんが不思議そうな顔を向けた。

「?まあいいわ。ほら、こっち来なさい。この鍋の中でいっぺんに茹でるから後であの中入れてね。」

そう言ってメンチさんが指差したのは、いつの間にか準備されていた大鍋だ。もう既に薪がくべてあって、中にたっぷりと入った水の底の方ではふつふつと小さい気泡が生まれて来てる。それを見て「はーい」って返事をしてぼんやりそれを眺めながら、私より少し後に崖の下に落ちたリヴァイさんが戻ってくるのを待ってたら、不意にまたメンチさんが話を振って来た。

「ねぇアンタ、どっかの料亭で働いてんの?」
「はい?いえ、料亭って言うか・・・普通に喫茶店でアルバイトしてます。」
「喫茶店でバイトぉ?」

答えた瞬間物凄く怪訝な声を返されて「え?・・はい、まぁ。」って、ちょっと戸惑った。そんな私の事を足の先から頭のてっぺんまで視線を巡らせて見たメンチさんは、さっきの声と同じ怪訝な顔でもって「・・・・・・・・・なんか作ってる?」って、たっぷりの間を置いてから聞いて来た。・・・な、なんか?え、なにを?・・・・・・・・・あ、料理か。思い至って「一応出勤した日には日替わりデザートとか、後ちょっとご飯の方も作ってますよ」って答えれば、「ふぅん・・・」って微妙な返答。

・・・な、なんだろう。これ、試験なのかな?面接?え、なんだろう・・・ちょっと不安な気持ちでメンチさんの事を覗き見れば、にこっ!何故か突然笑顔になったメンチさんが、ばしっ!って私の肩に手を置いた。び、びっくりした!

「ま、頑張りなさいな!アタシはアンタの事買ってるからね、応援してるわ!」
「え?え!あ、はい!ありがとうございます!」
「アンタ今ケータイ持ってる?番号教えなさいよ。」
「は、はい!」

な、なんだろうなんだろう!何かよく分からないけど突然メンチさんが嬉しい事言ってくれてる!ぱぱっとメモ紙を取り出してアドレスをささっと書いて手渡せば、「ん、ありがと。後でメール送るからちゃんと登録しなさいよ」って言って、踵を返して崖の方で下に落ちるか落ちないか思案してる他の受験者の人達の方に向かうメンチさん。

「料理の事で聞きたい事があったらいつでも連絡しなさい?ま、他の要件でも良いけどね!」

最後に私の方を振り返って、バチッ!ウインクを投げたメンチさんの背中を視線で追いかけながら、わなわなと震えた。
か、か、か・・・!!

「か、かっこいー・・・」
「お前の感覚はよく分からん。」
「わ、吃驚した!」
「お前の絶には劣る。」

突然横から声が聞こえて何かと思ったら、なんかすっごく呆れた、って顔をしたリヴァイさんがいた。そのリヴァイさんの表情に首を傾げた私に、フ、って息を吐いてからリヴァイさんが言う。

「お前はああいう女が好みなのか。」
「え?だってかっこいいじゃないですか、メンチさん。」
「そうか・・・?まぁ乳はデケェが。」
「・・・わざとそう言う事言うのやめた方がいいですよ。」

私の言葉にメンチさんの方に・・・なんかもー・・・本当にどうでもよさそうに口だけでそう言ったリヴァイさんに、ちょっと呆れながらそう言った。そしたらそんな私に対して「どうだ、中々オヤジ臭かっただろう」なんて胸を張るものだから堪らない。だからちょっと意地悪して「加齢臭が、って答えればいいですが?」って言えば、

ゴンッ!「いたい!!」
「自業自得だ、アホ。」

瞬間頭に拳骨が落ちた。ひ、ひどい。









「やっぱりおかしいですよリヴァイさん。何が楽しくておじさんに見られたいんですか?」

ぐつぐつぐつ。あれから崖から落ちた受験生の人達が大体戻ってきた所で(戻って来なかった人は皆流されていっちゃった)、さっきメンチさんの言っていた大鍋の中に卵を淹れて数分。ぐつぐつと音を立てるそのお鍋から立ち上る湯気に視線を向けながら、未だにジンジンする頭を摩ってぶすっと言った。そしたらリヴァイさんは心外だとでも言いたげに顔を歪めた。

「お前には分からねェさ。三十路過ぎたおっさんが新卒に見られた時のあの屈辱は。」
「もういっそ髭でもはやしたらどうですか?私はそんなリヴァイさん見たくないですけど。」
「馬鹿言うな、髭伸ばしっぱなしなんてだらしねェ上にみっともねェだろう。そもそも俺の髭は産毛にしかならん。」
「・・・・・・・・・ふはっ」

我慢するつもりだったけど吹き出しちゃった。でもなんか可笑しくって「ふ、ふふっ」って笑いを零せば、「笑うんじゃねェ、気にしてるんだぞ」ってギロリ。いつもとおんなじ鋭い目付きで睨まれて、でもそれがまた本当に気にしてそうな顔だったのが面白くってまた吹き出した。「ぶつぞ」「ごめんなさい」
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