選りすぐりの婉曲なら
じ、と。目の前の光景から目を逸らさない。スマフォの画面越しに映る、その光景から。湿った空気のその中に、酷い血の臭いが漂う。殆ど風の無いこの湿原の中に漂うその臭いは本当に強烈で、だけど、もうその臭いに吐き気が生まれる事はなかった。すごく、この上ないくらい不快な臭いだし、気分の上では気持ち悪いけど。もうその光景に気を失う事も、涙を流す事も、足が竦んで動けなくなる事もない。

生き延びたいなら、順応しろ。この世界で生きる事を受け入れろ。お前が今息をしてんのは、"この世界"だ。

リヴァイさんに、何度も繰り返し説かれた言葉だった。初めは受け入れ難かった言葉で、その度に物凄く怒られたし、躾って称して散々な目にも遭った。でも、この世界は、こういう場所だった。強いものが弱いものを淘汰して、当り前に喰い尽す。それが凄く分かりやすい世界。初めは受け入れられなくて、泣いて、喚いたりもした。悪夢に魘されて眠れなくなった事も、あまりの光景に食事がのどを通らない事もあった。
だけど、涙はその内止まる。喉が枯れれば声は出ない。眠気も限界に達せば嫌でも眠るし、お腹はすく。

その内にその光景はこの世界では当然に起こる事で、私が生きる為にその光景は嫌でも見て、横を通らないといけないものなんだって分かれば、その内にそんな光景にも慣れた。不快でも、なんでも。慣れるものは、慣れる。だから私は今こうしてその光景を目の前に取り乱さずに冷静でいられるし、今までこうして生き延びる事が出来た。


だから、そう、今も。目の前で、私がサトツさんを先頭に走る列に誘導しようとしていた大勢の人がヒソカくんに惨殺されている光景を見ても、無理に助けに入ったりはしない。その凄惨な光景に悲鳴を上げる事も、身を竦ませる事もない。ただそれは、この世界では必要な事だけど・・・さびしい事だって、分かってるけど。

・・・と。不意に現状に変化が起こった。今までヒソカくんが『試験官ごっこ』と称して、ヒソカくんに向かって言った人達を皆殺しにした後。彼に挑みに行かなかった3人だけが残ったのだ。スマフォの画面を動かして、ウィキペディアで見てみれば年配の人がチェリー、綺麗な金髪の人がクラピカ、何故か上半身裸にネクタイって変態みたいな恰好をしてるのがレオリオって人らしい。

その3人は不意にチェリーって人の「今だ!」っていう言葉にバラバラに逃げて行ったけど・・・ヒソカくんの方は、あんまり逃がしてあげる気はないみたいだ。楽しげに10秒だけ逃げる時間を上げるって言うと、のんびり「いーち、にー」なんて秒読みしてる。そして、ついに10秒のカウントが終わった時。奥の方から・・・さっきのネクタイを先にヒソカくんのトランプの突き刺さった腕に巻き直したレオリオくんが戻ってきた。・・・・・・・・・え?

「やっぱだめだわな。こちとらやられっぱなしで我慢できる程・・・気ぃ長くねーんだよォオー!!」

えええ、嘘だよあの人。なんで戻ってきちゃうの?絶対殺されちゃうよ、・・・って、思った所で、不意にスマフォの画面に表示された人物名に、ん?って思う。なんかこれ・・・こっちに来てるんだけど・・・え?ちょっと、何しに来たの?真っ直ぐこっち向かって来てるけどこれ・・・うそぉ。

そう思った所で、嘘じゃなかった事が証明された。ドゴッ!って、良い音がヒソカくんの額からした。見れば、ゴンくんがずっと持ってたつりざおの・・・ルアー・・・っていうのかな?なんかそこがヒソカくんにクリーンヒットしてた。で、その先をたどればやっぱりゴンくんがいた。そうしたらヒソカくんの興味は一気にゴンくんに移ったらしい。

「やるねボウヤ 釣り竿?面白い武器だね ちょっと見せてよ

そう言ってゴンくんの元にヒソカくんが一歩踏み出した時、折角自分から注意がそれてたのにレオリオくんが「てめェの相手は俺だ!!」って言って木の棒を持って殴りかかりに行った。・・・い、いい人なんだろうけど、それは・・・まぁ、当然の如く当たらなくって。所か右頬にヒソカくんの左腕が炸裂して失神しちゃった。・・・い、痛そう。・・・でも殺されなくってよかったね。

ひっそり両手を合わせて、今度はゴンくんを見る。ゴンくんはヒソカくんに顎と首の間を掴まれて捕まっちゃったみたいだけど、直ぐに離してもらってた。そうしてヒソカくんはゴンくんの目の前に屈むと、ゴンくんの顔を見て・・・ニコッ!って音がしそうなくらいいい笑顔を作って見せた。

「うん!君も合格 いいハンターになりなよ

そう言った所で、ヒソカくんのケータイが鳴った。それに何事かを喋ると、何故かヒソカくんは自分が伸したレオリオくんを担いで森の奥に歩いて行っちゃった・・・。えぇ?多分・・・ヒソカくんが歩いて行った方向、サトツさん達のいる方向だから列に戻って行ったんだろうけど・・・・・・・・・えぇ?

わ、訳が分からない。でも、・・・うん。ゴンくんが無事でよかった。地面にへたり込んじゃってるけど、怪我もないみたいだし。・・・思った所で、さっきのクラピカくんが駆け戻ってきた。その事にクラピカくんはゴンくんのお友達だったんだ、なんて思いながら。ほとぼりも冷めたし、と思って、今隠れてるこの小さい茂みから出てのんびりと2人の元に向かう。

「ゴンくん、君ってとんでもない事するねー。」
「うわぁ?!!」

右手をひらひらと振ってそう言ったら吃驚したように「?!」って声を上げたゴンくんと、ちょっとだけ私を警戒したように見るクラピカくんににこって笑んだ。そんな私に対して、ゴンくんは立ち上がってたたっと私の方へ駆けよって来た。

、今まで何処にいたの?ずっと列にいなかったから心配したんだよ?」
「あはは、心配してくれてありがとー。私もリヴァイさんも列じゃなくてこっち目指してたから。」

言ってから、「因みにさっきまではそこの物影にずーっと隠れてたよ」って、本当にすぐ近くの茂みを指さしたら「嘘?!あんなに近くにいたの?!全然気付かなかった!!」って驚かれた。だから「すごいでしょ?」って笑えば、やっぱりゴンくんは素直に「うん!すごい!!」って感動してくれた。ゴンくんは本当に良い子だなあ、絶対キルアくんならケッて言うもん。キルアくんもキルアくんで子供らしくてかわいいけど。

そんな事を思いながら、私でも我ながらよくこんなヒソカくんのいた場所から数メートルも離れてない場所に隠れられたなあって感心する。・・・此処に来たばっかりの頃なら絶対考えられない。何が考えられないって、隠れながらあのヒソカくんにも絶対見つからないだろうなって自信を持ててる事がだ。

      私には、特別念能力とか戦闘の才能があるわけじゃない。それでも私があんな至近距離で隠れていられたのは、絶に絶対的な自信があるからだ。他の何が劣っていても、絶だけは負けないって言う自負がある。此処まで絶を極めるのも大変だったけど、それはこの世界の特性に助けられた。
その特性って言うのは、身体能力のそれと同じだ。この世界では念能力も鍛えれば鍛えるほどに上達した。絶もそう。だから特別優れた才能があるわけじゃない私でも、こうしてそれなりに戦えるようになった。・・・リヴァイさんにいっぱい鍛えられたしね。

・・・と。あの頃をしみじみ思いだせば、あの鬼みたいなリヴァイさんを思いだしてふるりと震えた。・・・私、この世界に来て結構頑張ってるよね。そんな事を考えてる私を今まで伺うように見てたクラピカくんが、不意に声をあげた。

「・・・ゴン、その女性は?確か、若い男性と一緒に走っていた方だろう?」
「あれ?よく見てるね、クラピカくん。」
「・・・貴方も私の事をよく見ていたようだ。私が貴方の事を覚えていたのは、その、・・・珍しい組み合わせだと思ったからだ。」
「?・・・あぁ、リヴァイさんの事?そうだねー、確かに親子にしては年近いもんねぇ。」

それにしてもクラピカくんって丁寧だなあ。さっき見たら17歳って出てきたから、私と同じくらいなのに。思いながら、言われた言葉に確かに目立つ組み合わせだなって納得した。親子にしてはリヴァイさん若いし、兄妹にしてはちょっと離れ過ぎてるし。・・・、

「援助交際って知ってる?」
「ごほッ!!」
「え?えんじょこーさい?」

私の言葉に噎せたクラピカくんと不思議そうに私とクラピカくんを見たゴンくんにあははって笑ってたら、突然後ろからベシッ!って頭叩かれた。「いたい!」悲鳴を上げれば、あきれ顔で「馬鹿言ってんじゃねェ。それじゃぁ俺が犯罪者になっちまうだろうが」って言うリヴァイさんがいた。・・・ん?私がヒソカくんを見付けてちょっとした位に受験生を拾って地下通路の所まで連れて行ったから私の場所まで誘導しろってメールを貰ったけど、ちょっとヒソカくんがいて電話に出れそうになかったから、大まかな方向だけ教えてそれっきりだったのに・・・「あれ?」

「随分早かったですね、リヴァイさん。」
「お前な・・・お前が突然変なメール送ってくるから吃驚して飛んで来たんじゃねェか。」

変なメール?・・・首を傾げて、そう言えば確かに送ったなあって思いだす。『目標目の前、ヒソカくんに駆逐されてるなう。とっても怖くてお布団かぶってお家で震えてたいです。』みたいなメールだ。・・・それ見て飛んで来てくれたんだ、「優しいなあリヴァイさん」言えば、「馬鹿言え、普通だ」って返されるから、やっぱりリヴァイさんは優しい。
そんな私達のやりとりを(多分私が援助交際云々を言ったから)微妙そうに見てたクラピカくんが神妙そうに口火を切った。

「しかし、どうする。何とか命は繋いだが、このままでは二次試験会場に到着できずに全員不合格だ。」
「あ、それなら・・「え?どうして?レオリオの臭いを辿って行けば大丈夫だよ。」
「ん?」「あ?」「は?」

クラピカくんの言葉にグーグルアースを開こうとした私より先に、なんかゴンくんが不思議な事を言った。だけど今回は私とリヴァイさんの感覚が可笑しいんじゃなくって、クラピカくんも訳が分からないって顔をしたから、この反応でちゃんとあってた。でも一応「どういう事?」ってゴンくんに聞けば、レオリオくんが付けてる香水の臭いは特徴的だから追えるとの事。・・・・・・・・・、

「・・・リヴァイさーん。もしかして私いらなかったですかね?」
「いや、お前のお陰で俺が行った方の奴等は助かった。取り敢えずだが。」
「いやぁ・・・でも私が担当する筈だったこっちの人達、皆死んじゃいましたし。」

思って微妙な顔をした私に、だけど声を上げたのはクラピカくんだった。「?どういう事だ?」って少しだけ不思議そうにしたクラピカくんに対してリヴァイさんは「別に大した事じゃねえ。」って言ったのに、素直でいい子なゴンくんは空気を読まなかった。

「ねぇ。もしかしてとリヴァイさんは俺達を助けに来てくれたの?」
「・・・」

あぁ、言っちゃうんだ、ゴンくん。折角リヴァイさん黙ってたのに。グッて眉を寄せたリヴァイさんは、だけどゴンくんに悪意が無いのには気付いてるから何にも言わなかったけど、もしこれがキルアくんだったらまた痛い拳骨が落ちてた事だろう。そんな事を考えたらリヴァイさんの拳骨の痛さを思いだして、自然と手が自分の頭を撫でた。
それを横でリヴァイさんは怪訝そうに見て来たけど、ゴンくんが曇りの無い顔で人差し指を立てて言う言葉に意識を戻した。

「途中から森の奥から聞こえて来てた悲鳴が凄く少なくなったんだ。俺、それはその人達が死んじゃったからだと思ってたんだ。でも、もしかして、2人が助けてあげたの?」
「んーん。助けたのはリヴァイさんで私はそこの物影に隠れてただけだよー。ヒソカくん怖いしね。」

っていうか。ゴンくんも随分あっさり言うね。やっぱりこの世界の人って感覚可笑しいなあ。あれだけいっぱいいた人達が死んじゃったと思った―とか、普通言わないよね。お国柄?世界柄かなあ。本当に世知辛い世界だって常々思う。普通あれだけ大勢の人が死んじゃったら大騒ぎどころの騒ぎじゃないし、そもそも最初の腕が落とされちゃうって時点で大事件だ。・・・私の感覚、合ってるよね?私が普通なんだよね?思って、ゴンくんを見る。

「君も大概だよね。」
「え?なにが?」
「コイツならサトツのいる場所までの案内が出来るからと連れてきたが・・・お前がいるなら問題ねェな。」

私とゴンくんの会話なんて聞いちゃいないのか、勝手にそう結論付けたリヴァさんの言葉に、今度はゴンくんとクラピカくんが「は?」「え?」って声を上げた。・・・で。なんかクラピカくんが物凄ーく微妙そうな顔を向けて来たから、なんか変なこと考えられてそうだなって思った所で、クラピカくんが伺うように、怪訝そうに、言う。

「因みに、それは・・・まさか、物凄く鼻が?」
「あはは、いやだなぁクラピカくん。私は至って普通の人間だよ?そんなこと出来ないよー。」
「(確かにゴンの鼻は普通じゃないが・・・さらっと酷いな。)」
「普通にサトツさんの所までの地図があるっていうだけだよ。」

私の言葉に「は?」って、またそうぽかんと声を上げたクラピカくんににこって笑う。そうして、「でも、道分かるなら確かに私達はいらないですね」ってスマフォを弄りながら言えば、「え?一緒に行かないの?」ってゴンくんの声。うん、行かないよ。「うん。私たちじゃペースが違うし、先に行っちゃうね。」別に元々一緒に行動してたわけでもないし、そこまで合わせる必要もないし。そう思って行った所で、取り敢えずクラピカくんに笑む。

「私、だよ。よろしくね。」
「あぁ・・・知っているようだが、クラピカだ。そちらは、・・・リヴァイさん、と言ったか。」

そのクラピカくんの言葉に「あぁ。」って短く答えると、リヴァイさんは立体機動装置の剣のトリガーに指をかけた。それを見て地図を出してまたサトツさんに『目的地』を設定してナビを起動させた私を尻目にすたすた歩き出すと、リヴァイさんは私の方を振り返りもせずに声だけを投げかけた。

「とっとと行くぞ。さっきのシャッターみたいに締め切られたらマズイしな。」
「そうですね。えーと・・・あ。ビスカ森林公園って所でもう止まってますね。そこが二次試験会場なんでしょうか。」
「という事は、この湿原は抜けると言う事か。」
「そうみたいだね。・・・あ、方向はあっちだよ。それじゃぁ、二次試験会場でまたね。」

ぽかん。そんな表情で私達2人を見る2人に、一応場所の方角だけ指差して教えてからばいばいって手を振る(そしたら2人とも振り返してくれた)。そうしてとっととアンカーを射出して飛んでったリヴァイさんを追おうと1歩を踏み出した所で、くるり。振り返ってゴンくんを見る。「ね、ゴンくん。」

「ごめんね。」
「え?」

不思議そうに瞬いたゴンくんに、今度こそ私も立体機動装置の剣のトリガーを引いて空を飛んだ。
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