のろのろとしたく
ハンター試験を受ける為に連休を貰ったから、正月明けに営業を再開しても日替わりデザートはありませんよーって。それを伝えた頃に顔を引き攣らせた常連さんが、不意に、す。右手の掌を私に向けて「ちょと待つよ」って押し殺したような声を出した。

「・・・お前、まさか就活の為にハンター試験受ける言てるか?」
「いやだからそう言ってるじゃないですか。」
「・・・・・・・・・やめといた方が良いね、お前みたいなもやし死ぬだけよ。」
「え?ハンター試験ってなんか危ない試験なんですか?」
・・・・・・・・・

あれから3日経ったけど、結局ハンター試験の内容以上に試験会場が全く分からなくって、それを調べるのにいっぱいいっぱいで、実際の試験内容とかそういうのに全く手がつけられてない。だから常連さんに言われた言葉も今一ぴんと来ない。でも、確かにこの世界って物騒だもんなあ・・・リヴァイさんがハローワークで紹介された派遣の仕事にも、要約すると『命をかけて依頼人を守る仕事』って言うのだけならまだしも、『リストの人を殺す仕事』みたいなのもあったもんなあ。そっちのお仕事はリヴァイさん、受けてなかったけど。思っていれば、相変わらず固い表情のまま、常連さんが言う。

「お前・・・ハンター試験なにする場所か知てるか?」
「え?試験って言う位だから筆記テストとかやるんじゃないんですか?」
「・・・・・・」
「あ、でも死んじゃう?うーん・・・なんか実技試験とかもあるって事ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

「でも試験で死んじゃう事もあるって、やっぱり物騒な世の中ですねー」って。私としてはのほほんと首を傾げて言ってみたけど、それを聞いた途端常連さんの顔が凍りついた。・・・元々表情豊かな人じゃなかったけど、こんな顔は初めて見た。それにどうしたのかと思って黙々とご飯を食べながら常連さんを見つめていれば、はぁ。なんか・・・凄く人を小馬鹿にしたような溜息を吐きだしてから、やっぱり人を小馬鹿にしたような顔で、吐き捨てた。

「馬鹿だ馬鹿だとは思てたけど、まさかこれ程とは思わなかたよ。お前本当馬鹿ね。」
「ば、馬鹿じゃないです!結構勉強してるし!!」
「そういうところ馬鹿だ言てるよ、馬鹿。」

がーん、だ。良く会話の流れとかノリ的な感じで馬鹿って言われる事は合ったけど、こんな本気顔で言われたのは初めてだ。そのあまりの衝撃に「ひ、ひどい・・・!!」ってちょっと大仰な感じに右手で口を覆って仰け反って見せたけど、全然相手にされてない。それが分かったから私もとっとと姿勢を直したご飯を食べる。お昼休みも永遠じゃない。・・・思って、食べる事に徹しようと思ってたのに、

「お前みたいな屑の脳足りでも死なれるとワタシ困るよ。」
「ひ、酷い暴言だ・・・!」
「お前の作る菓子食えなくなるのは死活問題ね。」
「あの、愛とまでは言わないからもうちょっと優しさ持って接してくれませんか?」

何言ってんだコイツ。・・・何も言わなかったけど、そう声が聞こえて来た。そんな顔をした常連さんに腑に落ちない思いを感じながら、だけど黙ってた。もくもく、ぱくぱく。向かい合って無言で私はオムライスを、常連さんはケーキを食べる。・・・ごくん。そうして最後の1口を私が食べ終わったところで、とっくに食べ終わってジッと黙って空のお皿を見つめていた常連さんが、カチャ。とっくに冷めたキーマンの入ったティーカップに触れて、言う。

「ワタシこれでもお前の作る菓子気に入てるよ。だからお前に死なれると困るね。」
「え、あ、・・・(それはさっきも聞いたけど)はあ。」
「ま、死なない程度に頑張る良いよ。」
「はぁ、どうも。」

気の抜けた返事をして、時計を見る。・・・昼休み終了まで、後15分。微妙・・・とっとと席を立っても良かったけど、それもなあと思って、うーんと首を傾げる。でもふと、そう言えばこの人、ハンター試験についてちょっと知ってるみたいだし、と思って。ふと、ここ数日ずっと悩んでた事を、別に相談ってわけでもなく、普通の会話として喋る事にした。

「でもハンター試験って試験会場全然教えてくれないんですねー。ネットで調べてみたけど全然情報出てこないし、他の人ってどうやって会場まで辿り着いてるんですかね?」
「・・・・・・・・・せめてもの餞別に試験会場だけは教えてやるよ。」

どう前向きに捉えても呆れてますって顔と声で言われた言葉に、思わず「えっ知ってるんですか?!」って声を上げちゃって。静かな喫茶店の中でその声は結構目立っちゃって、何人かいたお客さんの中のちょっとの人にみられちゃった。・・・ちょっと恥ずかしい。そんな私の頭をベシッと軽く叩いてからギロッて睨んできた常連さんは、また溜息を1つ。その後で「いや、そう言うの調べるの得意な知り合いいるだけよ」ってサラッと言ったけど、そう言うのってどういうのだろうって密かにそっちの方が気になった。そんなどうでも良い事を考えてる私に、今度は常連さんの方が、言う。

「それからお前、二の腕出すね。」
「え、気持ち悪い・・・あ、ごめんなさい嘘です。二の腕ですね、」

気持ち悪って言った瞬間・・・なんか・・・ただでさえ2、3人どころか大量殺戮でもしてきましたってくらい鋭く悪い目付きが、今まさに大量殺戮真っ最中ですって眼に変わったから即座に謝って右腕の服をまくる。そうしたら、ジ。私の・・・二の腕辺りを無言のまま観察するように見つめられて、ちょっと居心地悪い。それでも私もちょっと耐えてたけど、流石に30秒ぐらいその状態が続いたら「・・・・・・・・・あの、」って声をかけた。そしたら何か・・・訝むような眼を向けられて私の方も眉を寄せた。

「お前・・・何かスポーツでもやてるか?引く程綺麗に筋肉付いてるね。」
「え、気持ち悪・・・あ、ごめんなさい言い間違いです。いや、スポーツは・・・ううん・・・格闘技?みたいなのなら、少し。」
「へぇ・・・人は見かけによらない本当ね。まぁ、その肉付きならそうそう死ぬ事なさそうよ、よかたね。」
「気持ちわ・・・・・・・・・ごめんなさい、多分聞き間違いです。」
「好い加減お前相手でもワタシもキレるよ。」

だって何かさっきから言い回しとかが気持ち悪かったんだもん・・・なんて言った日にはそれこそまず気がしたから、今度はちゃんと「ごめんなさい」って謝った。そしたらフンって鼻を鳴らされるだけで済んだけど・・・・・・・・・。チラリ。常連さんの顔を見てから私もまた自分の二の腕を見て、そうしてから服の裾を直して首を傾げた。

「でも、筋肉見ただけでそう言うの分かるものなんですか?あ、もしかしてインストラクターか何かやってたりするんですか?」
「・・・・・・・・・じゃぁそれでいいよ馬鹿。」
「だから何で馬鹿なんですか!」

さっきから繰り返される暴言に文句を言ったけど、言えば更に「ほら、もう時間よ。とととお勤め戻ると良いよ馬鹿」って、なんかもう犬猫にするみたいにシッシ、って手を払われた。それに文句を言ってもよかったけど、確かにもうそろそろお昼休みが終わる時間だし、食べた食器を洗ったり、多分今現在も何処かで試験会場を探してるリヴァイさんにもう探さなくていいってメール送ったりしてたら時間になっちゃうしなあ・・・それに別にそれほど気にする事でもないし、いっか。

思って、お皿を持って立ち上がる。ついでに常連さんの食べ終わったお皿も手に、「何かご注文は?」って聞けば「いつもの」との事。はいはい、キーマンのロイヤルミルクティーですね、答えてから、カウンターの奥に向かった。
「って事があったので、試験会場については何とかなりそうです!遅くても3日以内にはメールくれるそうですよー。」
「ほう、それは僥倖。これでようやく試験勉強ができるわけだ。」

常連さんのお陰でスキップでもしそうな勢いで家に帰った私を、今日は仕事の無かったリヴァイさんが迎えてくれた。一応昼休みの内に『もう試験会場探さなくていいですよー』みたいなメールは送っておいたから、その時まで図書館でそれを調べてたリヴァイさんはハンター試験の内容を調べる方にシフトチェンジしたらしい。ついさっきその辺りについてまとめたノートを見せてくれた。・・・半日調べても殆ど何にも分からない、って結論に至ったみたいだったけど。

そんな事を久しぶりにリヴァイさんが作ってくれた夜ごはん    野菜炒めと卵スープ    を食べながら話してたけど、そのリヴァイさんの言った言葉に、ぽり。野菜炒めの中に入ってたキャベツを食べながら首を傾げる。

「でも試験って毎年物凄く変わるってノートには書いてましたよね、どうします?」
「・・・その常連のインストラクターは、お前の筋肉を見て死ぬ事はないと言ったんだったな。」

思案するように言われた言葉に「?はい、言ってましたね。」って頷きながら、野菜炒めの中に入ってる野菜を見る。いつもの事だけど、気持ち悪いくらい綺麗に切れてる。野菜の種類ごとに大きさは違うけど、同じ種類の野菜は何故か殆ど同じ大きさ形で切られてるのだ。今回はないけど、リヴァイさんのキャベツの千切りとか神業だ・・・!ってくらい短い時間で細く綺麗に切れるもんなあ。基本包丁の使いが凄く上手なんだよなあ、リヴァイさん。その上几帳面だからこうなるんだろうけど・・・

ぼんやり考えながら。さっき食べた人参と器械で切ったんじゃないか、ってくらい全く同じ大きさ形厚さの人参をまたお箸で摘まんだ時、リヴァイさんが言った。さも、何でも無い事みたいに、あっさりと。

「なら取り敢えず体鍛えとけばいいんじゃねえか?」
「あ〜・・・・・・あぁ・・・」
「そんな嬉しそうな顔をするな。楽しくなっちまうだろうが。」
「鬼!!」

リヴァイさんの言葉にそれはもう、それはもう嫌そうな顔をした私に対して、ニヤリ。なんか物凄く悪そーな、楽しそーな顔で笑みを作ったリヴァイさんに思わず叫ぶ。基本的に厳しいなりに優しいリヴァイさんの修行は、本気で辛い。もう本当、的確に私の限界を把握して、その限界ギリギリすれすれの所まで身体を酷使しないといけない。・・・いや、流石に大分基礎体力の付いた今でとなってはそこまでする事はないだろうけど、辛いものは辛い。

何が辛いって・・・普通の、普通の女の人じゃ到底できないような、ちょっと尋常じゃない回数の懸垂だとか腕立てだとかが出来るようになっちゃった事だ。正直、今でも毎日の日課の1つになってるベランダの柵に膝裏ひっかけてぶら下がって腹筋、って言うのだけは許して下さいって言いたい。・・・許してもらえなかったけど。そんな事を思いながら、今度は一体何をやらされるんだろうってビクビクしていれば、相変わらずの楽しそうな顔でリヴァイさんが言う。「そうだな、取り敢えず・・・」

「飯食ったらその馬鹿みてぇな"隠"を解け。全力で"練"、だ。」
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