修辞法のあやまり
「えーと・・・今日リヴァイさん、仕事の後はハローワークに行って来たんじゃないんですか?」

ご飯を食べて、後片付けも終わって落ち着いた所で、食洗機が食器を洗っている音をBGMに食事の時の話を振った。ソファーに隣り合って座っていたリヴァイさんは、ひじ掛けにさっきから置いていた1枚の紙をす、と私に手渡す。そうしてから今まで背凭れに乗せていた両腕を今度は組んだ膝の上に乗せる。その横で手渡された紙をジ、と見つめる私にリヴァイさんが答える。

「いや、ハローワークには行かなかった。図書館には行ったが。」
「なにしに?」
「ハンター試験について調べて来た。」

・・・確かに。手渡されて紙には『プロハンターについて』っていう見出しからずらっと文章が続いていて、図書館の本をそのままコピーして来たんだろうこの紙には、右端に本の綴じ跡がある。で、肝心の文章はって言うと、・・・なんか結構細かい文字でずらっと書いてあって読むのが面倒臭い。けど、見出しの通りプロハンターについての説明がずらっと書かれてるんだと思う。その文章の所々に、リヴァイさんが引いたんだろう赤線のアンダーラインがある。・・・まめだ。思いつつ。でもこれを全部読むのも面倒くさかった私は、紙に向けてた視線をリヴァイさんに戻した。

「それで、・・・その、ハンター試験?を、受けるんですか?私も?」
「そうだ。それを受けてライセンスを入手する。」

どうして・・・そうなったんだろう。っていうか、そう。さっき聞いた通り、今日はリヴァイさんは一仕事終えた後でハローワークに行く予定だった筈で。それがどうして突然ハンター試験について調べるって言う事になったんだろう。そもそもリヴァイさんも勤めるならなんか・・・普通のサラリーマンになりたいとかって言ってた筈だ。ハンターっていうのは良く分からないけど、でも結構有名な単語だからよく聞く。けど、ハンターって言うのはそういう・・・普通の仕事とは結構離れた仕事の筈だ。何で今まで必死に就活してたのが突然ハンター試験?何かを受けるって言う結論に至ったんだろう。・・・っていうか、ん?

「ライセンスって、なんですか?」
「よく分からんが、これからこの仕事をプロとして続けていく気があるなら持っていると便利だと言われた。」
「仕事続けていくのにって・・・え、派遣続けるんですか?」
「いや。プロとしてって事はつまり正社員登用制度って事だろう。続ける気はないが。」
「あぁ、成る程。」

納得して、・・・だけど今のリヴァイさんの仕事にプロとかあるんだって、ちょっと物騒な世の中に首を傾げた。ん?つまり、今リヴァイさんはアマチュア、に、なるのかなあ?・・・・・・・・・ん?「つまりリヴァイさん、ハンターだったって事ですか?アマチュアの?」聞けば、「あぁ、そうらしい。俺も今日初めて知った」って返される。そっか、ハンターだったんだ、リヴァイさん。アマチュアの。


リヴァイさんは、派遣社員だ。
元々はフリーの何でも屋?みたいな事をやってたんだけど、あんまり知名度が無かった上、リヴァイさん自身も後ろ暗い仕事よりは全うな仕事をしたかったらしくて、元々結構貯金はあったらしいからヨークシンに来るちょっと前に廃業した。だけどリヴァイさんも私と同じで戸籍も学歴も無いものだから、正社員としての採用は難しい(因みに戸籍もないから図書館の本も貸し出してもらえず、図書館内でコピーした資料を持ち帰る事しか出来ない)。だけど取り敢えずハローワークって言う物がこの世界にある事を知った私は、リヴァイさんに其処に行ってみる事を進めてみた。で、拾ってきたのが今の派遣の仕事だ。

っていうのも。ハローワークの職員の人に今までの職歴を聞かれたリヴァイさんは、正直に自営業(って言っていいのかは微妙だけど)の『何でも屋』について話したらしい。それを聞いた職員さんが、じゃぁって言って勧めてくれたらしい。

派遣される仕事は、今までリヴァイさんがやってきた『自営業』とまぁ似たようなもの。猫探しだったり、屋根の修理だったり、ハウスクリーニングだったり、ちょっと危ない感じの怪しいお仕事だったり。でもその仕事の殆どが1日2日の短期のもので、その仕事をしやすいように元々いた流星街からヨークシンに越して来たのだ。

・・・って事は?あれ?・・・リヴァイさんの仕事を時々手伝って来た私もハンターなのかな?アマチュアの?聞けば、「まぁ、そうなんじゃねえか?」って返された。ほ、本当かな・・・。訝みながら、だけどなんか良く分からないショックを受けた。でも取り敢えず置いといて、話を進める。

「ハンター試験って、合格すると何かの資格が取れるんですかね?」
「まぁ・・・試験って言うくらいだしな。何かしらの資格を取得する試験ではあるんだろう。」
「何かしらっていうと・・・ハンターの?」
「多分な。」
「ハンターの資格って?」
「さあな。」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

私達の間に、微妙な沈黙が落ちる。そんな中で、不意にリヴァイさんがす、と。私の方に少しだけ身体を寄せて、私の持つ紙の・・・アンダーラインを引いてあるところを指差した。

「ハンターの資格については知らんが、ハンター試験に合格するとさっき言ったハンターライセンスってのを貰えるらしい。」
「あぁ、何かそれは聞いた事あります。売ると凄く高いっていう。」
「らしいな。」
「でもそれ持っててどうするんですか?売るとか?」
「売らねェよ。ハンターライセンスってのは戸籍みたいなもんだろ?」
「えっ、嘘!」
「いや、知らねェが・・・持ってると色々便利らしいぞ。就活にも使えるんじゃねェか?」

首を傾げられながら言われた言葉に、ちょっと慄く。ハンターライセンスって・・・なんか高級な合格証みたいなものじゃなかったんだ。す、すごい。今まで完全に自分には関係ない事だと思ってたけど、それがあれば、面接を受けさせてもらえるかもしれない・・・!ちょっとした希望にドキドキし始めた私に、更にリヴァイさんが指を動かして続ける。

「それにライセンス持ってるとハンター専用の情報サイトが利用出来るって書いてあるぞ。」
「ハンター専用の?」
「あぁ・・・そこにしか無い採用情報とかあるんじゃねェか?」
「それは・・・いいなあ。ハンターの人しか見れないなら倍率低そうですし。」
「それに交通機関公共機関の殆どを無料で利用できるらしい・・・面接受け放題じゃねェか。」
「い、いいなあ・・・!」
「あと此処だ。これ、持ってるだけで一生不自由しないだけの信用を得られるらしいぞ。」
「え?!」
「戸籍なんかよりよっぽど就活には有利なんじゃねェか?」

リヴァイさんが指差した所には、確かにそう書いてある。此処の文章だけアンダーラインじゃなくて四角く囲んで更に星印まで描いてある。こ、これだ!今、私達に必要なのは、まさに、これだ・・・!!その確信にバッとリヴァイさんを仰ぎみれば、真剣な顔で1度頷かれる。こ、これしかない・・・!なにするのかはよく分からないけど、取り敢えずこれに合格するしかない!合格して、ライセンスを手に入れれば就活が今よりスムーズに進む・・・!たぶん!!

「ち、因みに試験っていつあるんですか?」
「来年の1月4日らしい。」
「えっ、随分急ですね!」
「あぁ・・・それも試験会場の正確な場所は知らされないらしい。」

ぱちぱち。瞬いて、首を傾げる。数秒前まで高揚していた気持ちに、ちょっと訝みが混じる。試験会場が知らされないって・・・え?じゃぁどうやって会場まで行くの?っていうか、なんか公の場所でやったらまずい理由とかあるのかな。・・・、

「・・・・・・・・・それって大丈夫な感じの試験なんですか?」
「まぁ・・・大丈夫なんじゃねェか?ハンターって結構デカイ企業なんだろ?知らねェが・・・」
「あれ?ハンターって企業なんですか?」
「?ハンター協会ってのの名前なら何度か聞いたが・・・違うのか?」
「あぁ・・・そう言えばそうですね。そんな気がしてきました。」

言われてみればハンター協会も結構有名だ。でもあれ、企業名だったんだ。てっきり私、何か良く分からないけど、ハンターの応援団かなにかだと思ってた。・・・思いながら、

「取り敢えず締め切られるとまずいですし・・・申し込みだけしちゃいましょうか。専用の応募用紙とかあるんですかね?」
「あぁ、ハンター試験応募カードってのがある。お前の分ももう申し込んであるから問題ない。」

言われた言葉に、1度、瞬き。「・・・・・・それはそれで問題じゃないかな・・・」言えば、本当に訳が分からないって顔で「何がだ。」って返されちゃったけど。いやいや「いやほら、私が嫌だーって言うとか」無きにしも非ずじゃないかなあ、と。私は思います。そう言ってみても、本気の不思議顔を返された。

「何でお前が嫌がるんだ。」
「いや・・・嫌がりませんけど。」
「なら問題ないだろ。」

そう・・・かな。そうなのかな?何かそんな気もするような、しないような。・・・いや、なんかもういいや。結局嫌がるような事じゃなかったし。それに申し込みが済んでるなら後は残りの10日位でハンター試験の勉強しよう。28日まではバイトあるけど、年末年始は喫茶店自体がお休みだから、ちょっとは詰め込める筈だ。そうして計画を立ててる私の横で、大分温くなった珈琲を啜ったリヴァイさんがふと思い出したように言った。

「あとお前、年明けも何とかバイト休めるように交渉しとけよ。その年によって違うらしいが、長けりゃ1カ月近く試験する事もあるらしい。急な話だが・・・ハンター試験は1年に1度しか無いらしいからな。」
「えっ?!ちょ、明日朝一で聞いてみます!!」

1月4日が試験の日なら、冬休みだから大丈夫だと思ってたのに、そうでもなかった。しかも1年に1回しか無いなんて予想外にも程がある。まずい・・・マスター許してくれるかな・・・あああ、他のアルバイトの人達にもお詫びしないと・・・っていうか1年に1回しか無いなら本当、絶対その1回で合格しないと・・・!

そんな決意を胸に。その日の夜はリヴァイさんと一緒にハンター試験の、主に内容についてネットで調べ続けた。
「って言う事がありまして。だから暫くお仕事はお休みするので、日替わりデザートもお休みになります。」

蛇足になるけど。此処の喫茶店には日替わりデザートって言うものがある。そのデザートのメニューも何もかも全部マスターが私に任せてくれていて、私が休みの日には前日の終りに私が次の日の分のデザートを作っておくって言う風になってる。そう言う時は大体一晩生地を寝かせた方が美味しくなる上に、翌日あんまり手を加えなくてもいいシフォンケーキとか、ゼリーとかを作る事にしてるんだけど・・・流石に1カ月はね・・・無理だ。

元々は日替わりデザートなんて無かったんだけど、マスターが私の作る料理を気に言ってくれて、それならって作らせてくれるようになったのだ。その分特別手当も貰えるし、私の作るデザートの話を口コミとかで聞いてお店に来てくれる人もいるから、本当に幸せ・・・。因みに今目の前にいるこの常連さんもその一人だ。

だから、「毎回頼んでくれるので、伝えておこうと思って」そう、にこり。笑んで続けた私に、何故か今までぽかんと口を開けてた常連さんが、ようやく我に返ったようにハッとした。そんな常連さんの前で、私はぱくりとお昼ご飯を口に運ぶ。・・・おいしい。今日も美味しく出来てる・・・幸せ・・・そんな事に愉悦を感じている私の目の前で、何故か常連さんが口元を引き攣らせたのが見えた。
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