地を這う自由
チュンチュン。小鳥のさえずりと、瞼の外からそこへ降り注ぐ光に「・・・ぅ、」と小さく呻く。薄暗い筈の部屋の中でこんな明かりなんて降りてくる筈がなく、そよそよと頬を撫でて髪を揺らす風も、この外の地面のように固い布団も、ある筈が無かった。そのあまりの寝心地の悪さにごろりと寝がえりを打って、けれどその際に素足に触れたじゃり、という砂利の感覚に再び今度は仰向けに転がると、重い瞼を無理矢理こじ開けた。

「・・・・・・・・・ん?」

ぱちぱち。瞬けば、汚い天井がある筈のそこにはいっそ気持ち悪い程の青空。その空を囲うように鬱蒼と茂る木々の緑。再び瞬いて見ても、その景色は変わる事無く「・・・あれ?」と首を傾げた。置きぬけの寝ぼけた頭で、じわり。身に起こった異常を徐々に零した水が広がるように、理解していく。

固い地面に起きあがる。じゃり、と。触れていた頬の砂利を落として立ち上がり、服に付いた砂や埃を叩いて周りを見渡した。

「・・・何処?此処。」



これはもう既に、数年前の出来事。まだ"此処"が、"其処"で無い事を理解していなかった時の、ほんのささやかな出来事。
「あ、キャプテーン!ちょっとに加勢してやって下さいよー、さっきからコイツ6連敗中で流石に哀れで・・・」

起き抜けで僅かに痛む頭にイラつきながら食堂へ入れば、そこのテーブルを挟んでシャチ、ペンギン、料理長、が4人でカードに興じているのが見えた。と、食堂に入ってきた俺に気付いたシャチがそう声をかけて来た事に「あ゛ァ゛?」とあからさまに顔を歪めた。それにシャチはあからさまにビクリと震えたが、直ぐにいつもの能天気な顔に切り替え言う。

「さっきまでポーカーやってたんスけど、圧倒的にが弱かったんだで7並べに変えたんスよ。まだ始まったばっかなんで、何とかの手助けしてやってくんないっスか?」
「7並べて一体何を手伝うってんだ。」
「いやいや既にコイツパス2回使ってんですって。パス3で負けってルールなんで何とかなんないっすか?」

なんとかっつわれてもな。取り敢えずシャチの横に立って正面の椅子に座るの手札に目を向ける。・・・13枚。おいおい、そもそも最初の7すら手札に無かったのかよ。思いながら、俺に珈琲を入れようと席を立った料理長を見送りながら「なんだ、お前そんなカード弱いのか」と当のに問えば、困ったような苦笑を返される。「うーん、」

「カードって言うか、私は何にでも弱いよ。そもそも私はルールのある勝負じゃ基本的に勝てないからなあ。」

何言ってんだコイツ。思いながら、の横でやれやれと呆れた風に肩を竦めているペンギンを見るに、本当にポーカーの方は悲惨だったのだろうと推察できるが・・・どんなもんだったんだかな。思いながら、取り敢えずの後ろまで歩いて屈み、その手の中のカードを覗きこんでギョッと我が目を疑った。こ、これは・・・「おい・・・」

「お前ら・・・新人いたぶって楽しいか?」
「はっ?」
「流石にこれはねェだろ・・・コイツを船に乗せると決めたのは俺だ。文句があるならこんな女々しい事してねェで直接俺に言え。」
「いやいやいや何言ってんスか?!」

ギロリ。目の前に座るシャチを睨み据えれば、声を裏返させてシャチがそう反論した、が。このカードはどう考えてもイカサマ以外に考えられねェだろう。思いながらどうしてやろうかと考えていれば、だが「そもそも嫌いだったらキャプテンに助太刀頼んだりしないっスよ!」と、いっそ涙声になっているシャチの横からペンギンもまた「・・・そんなに悪いカードなのか?」なんて眉を寄せて見せた。・・・・・・・・・「は?」

「お前ら、マジでイカサマしてねェのか?」
「すっするわけないじゃないっすか!!」

・・・・・・・・・まぁ、確かに。こいつ等は、しないか、と。言われた言葉に思いなおして「悪いな」と謝罪してから、だがじゃぁこの手札は一体何なんだとまたの持つカードに視線を落とす。と、そんな俺に今まで静かに黙っていたがにこっと笑みを浮かべて俺を見上げた。

「別に可笑しい事じゃないよ、おにーさん。」
「は?」
「寧ろ私は此処にこの他のカードがある方がイカサマを疑うよ。」

何言ってんだコイツ。思いながら視線を落としても、相変わらずそこにあるのは公平に配られたとは到底思えないカードが13枚。エース4、キング4、2が3にクイーンが2。ポーカーなら勝ち手だが、7並べでこれは絶望的だ。余程上手くカードが出されない限り、手順が3回まわってきた時点で死ぬ。いっそ気持ち悪過ぎるこの手札だが・・・まさかコイツ、・・・ポーカーの時までこんな馬鹿みたいな手札だったんじゃねェだろうな・・・?そう、訝んでを見れば、コイツはにたり。口端を吊り上げた。

「単純な話。勝てる人間に勝てるカードが自然と回ってくるように、負ける奴はどうあっても負けるように出来てる。」

がそう告げて笑った直ぐ後、料理長が戻りゲームが再開された、が。流石にコイツをあわれに思ったんだろう、親切にカードを出したシャチ、ペンギン、料理長の気遣いも虚しく、いよいよ回ってきたの手順。はさして気にした風も見せずに手札をテーブルへ伏せ置いて笑った。

「パス3。また勝てなかった。」
「おいおいおいおいおい・・・お前どんだけ手札悪いと7並べでなんもしない内に負けになんだよ?」
、どんなカードだったんだ?」

呆れたように言うシャチに、さっきの俺の反応から気になっていたんだろう。ペンギンがに問えば、「あぁ、うん・・」とテーブルに伏せられたカードに手を伸ばしたのその手の上に自身の手を乗せてそれを制し、「「全部終わってから見せてやるよ」と笑った。自身でも分かる程に楽しげに告げた俺に「船長?」と不思議そうに言うこいつ等に向け、ニヤリ、笑った。

「面白ェもんが見れるぜ。」









「全部エースとキング?!」

結局抜きで7並べを続けた3人だったが、途中から場に出たカードの異常性に気付き始めていた。当然だろう。いくらカードを出しても、負けたのカードが入るべき穴が何処にも出来ねェんだからな。そうして結局最後まで続けられ、場に並んだカード。それを見て半ば悲鳴じみた声を上げたシャチは、1・・・いや、2から12までのカードが並ぶそのカードの列と、ようやく表に返された元々が持っていたカードを見比べて口を閉口させている。

「それに2とクイーンって・・・何だこりゃ!?」
「これがさっきまでのポーカーで出ていればな・・・」
「7並べでは絶望的・・・っつーか気持ち悪っ!気持ち悪ぃよコレ!いっそイカサマだっつってくれ!!」

続けて料理長ペンギンと続けられた言葉に、両腕を摩って不気味だと顔を歪め声を張るシャチに、不意に「ふっ、」と。が息を漏らした。しかしその息は明らかな愉悦を孕んだもので、それに「へ?」と戸惑いの声を上げたのはやはりシャチだった。そんなシャチの・・・いや、俺達の前で、は笑う。「ふ、ふふっ、あはは・・・っ」それはもう可笑しそうに。それはもう、

「そう、気持ち悪い。」

気味悪く。

「これが過負荷。意図せずこういう不運を引き寄せる。大きいものから小さいものまで、ね。この間逆の人もいるんだけれどね、幸いにして禍にして、私はこっちを引き寄せる体質だった。」

コイツを拾いこの船に乗せてから、ほんの数日。最初コイツに出会った時から何も変わらず、コイツは不気味に薄気味悪かった。その不気味さは周りはあまり気付かないらしいが、ふとした瞬間、その顔が誰もが気付く形で覗く。それが今、この時だ。そんなコイツの顔に、俺以外の3人が息を飲んだのが分かる。

「どう足掻いたって負け犬。ルールのある戦いで、マイナスはプラスには絶対に敵わない。私はそう言う星の下に生まれて来た。」

俺は其処まで露骨に反応はしないが、だが平気だと言うわけじゃない。ただ、コイツはこういうもんだと理解した上で・・・まぁ、慣れただけだろう。だが、まだ数日だ。ほんの数日分の記憶でしか、俺達はまだコイツの事を知らない。コイツ自身の事も、そして、コイツの言う『過負荷(マイナス)』と言うものも。

「その内分かるようになるよ。過負荷って言うのが、どういうものなのか。」

のこの言葉の通り。俺達は過負荷と言う物も、コイツというものも、なにも図りきれずにいるのだろう。・・・今は、まだ。
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