なびかす抽象
をこの船に乗せてから、3日が経った。航海は欠伸が出る程順調に進み、今はまた次の島を目指し海を進んでいる最中だ、が。たかが3日でも、それでもまあ共にすれば分かる事も起こる事もある。

その分かった最たる問題点は、アイツには常識が無かったと言う事だ。
勿論それはアイツ自身を、曰く"過負荷(マイナス)"たらしめている素行やら人間性云々についての事じゃねえ。そっちについては俺が更生する事は諦めているし、そもそもどうにかなるようなレベルの話じゃねえからどうでも良い。常識ってのは、正に一般教養やらの知識の話だ。悪魔の実を知らなかった事もそうだが、アイツには"この世界"に関する知識が著しく不足していた。それは例えば世界情勢だとか、地理だとか。それも今まで自分が生活していた偉大なる航路についての知識すらあやふやで殆ど無い状態だったってんだから、笑えねェ。

本当は有る程度と大嘘憑き(オールフィクション)って能力を(主に俺の知的好奇心を満たす為に)検証してみたかったが、それより先にアイツに知識を与えてやる方が先だ。アイツの能力はアイツ自身が掌握していれば問題ないが、無知は何処でどういう問題が分からねえからな。それに、知識は有るだけで有益だ。


だが、それを除けば本当に大した問題も諍いも生まれなかった。俺が乗せておいてなんだが、初めはまぁ・・・のあのいっそ清々しい程に歪んだ人間性や、そもそもの根本の所で直視する事すら気持ち悪いっていう"個性"がある事もあり、どうなるもんかと思っていたんだがな。・・・どうやら危惧していたような問題は起こらなかった。

アイツが俺とシャチの身体を『治した』事に合わせ、アイツの元々の性格なんだろう。意外な事にも人懐っこく、ひねくれ者なりに素直だった事。またむさくるしい男だけの航海に、・・・まぁ見てくれだけはそこそこ可愛らしいアイツは、本当に意外な事に直ぐに馴染んだ。・・・自身が今はまだ大人しくしているからというのも大きい理由の一つだろうが。

      後はもう1つ。これもまあ問題、という程じゃあねェが、1人・・・いや。1匹が想像以上に強情にごねちゃいるが・・・まぁ、そんな程度だ。しかし、初めから嫌いだと言っていたが、まさかアイツがあそこまでを毛嫌いするとは・・・、全く予想外だったな。
「この状況見りゃ分かるだろうが、今日からウチのクルーになるだ。」

あの島から大分離れ、波も落ち着いていたからと甲板に船員を集めてそう告げれば、誰もが興味深々と言った様子でを見る。シャチの件でコイツの事を見た奴等は大勢いた上に、そもそも俺がコイツを拾ってくる事は公言していたしその為の協力もさせたから大した騒ぎは起こらなかった。が、それでも遠目で見ていただけでは分からなかっただろうコイツの姿に、「若いっスねー」やら「いかにもインドアって感じだな」やらの感想は聞こえて来たが。

まあその中に悪意の籠った声が無かったから俺もその辺の事には何も言わず、俺の横に並ぶに「何か適当に自己紹介でもしとけ」と促す。・・・しかしコイツ、こんなむさくるしい連中に囲まれても本当に可愛げのねェくらい動じねェな。なんて思っていれば、

「はじめまして、球磨川(そそぎ)です!」
「・・・・・・・・・」
ゴン!!「いたい!!」

シレッと笑顔で言ったこの馬鹿の頭に拳骨を落とす。そうすれば両手で頭を押さえて不満げな顔を向けて来たもんだが更にイラついてその頭をグググっと右手で掴む。それに更に悲鳴を上げたコイツを睨み据えながら、顔を引き攣らせる。「おい、」

「なんだクマガワソソギってのは。まさかそっちが本名だとか抜かすんじゃねェだろうな?」
「いやだなお兄さん、子供の可愛いジョークだよ。もういい大人なんだからこれくらい受け入れられる包容力をもってよ。」
「子供の悪戯を躾けてやるのが大人の務めだ。いいからとっととなんか言え。」

本当にしょうもねえ餓鬼だな。思いつつ、俺の方へ向けていた頭を今だ掴んだままのコイツの頭をそのままぐりんと船員たちの方へ向け直す。そうして俺が手を放せばはさっきの・・・曰くジョークなんざ初めから無かったかのように最初と全く同じ表情姿勢を取って右手を上げた。

ちゃんだよー。ぴっちぴちの16歳だけどロリコンなオッサン共には欠片も興味ないからよろしくね!」
「なんっスかこのクソ失礼な奴!!」

・・・まあ。コイツにまともな自己紹介なんざ初めから期待してなかったしな。流石に文句ありげに・・・しかし怒気よりは呆れを孕んだ叫びを上げた奴の言葉に、グ、と。後ろからコイツの両肩を掴んで俺の方へ引き、後ろからコイツの顔の横へ自身のそれを寄せる。

「聞いての通り、だ。かなり性格やら人格やらに問題はあるが、まあ戦闘の腕は悪くない。と、思われる。」
「お、思われる、っすか・・・?」
「っていうか・・・だ、大丈夫なんスかソイツ?」
「さあな。なってからじゃねぇと分からねえさ。だが、」

「俺が気に入って拾って来た。」そう、ニヤリ、口端を吊り上げて言えば、鎮まる甲板。それに不思議そうに俺を振り返るの掴んでいた両肩をバシッと叩き、「やる気も今生もまるでねェダメ人間だが、扱き使ってやれ」と言えば、「え!」と不満げな声。まあそれは当然の如く無視し、船員達に向けて言う。

「分かっちゃいると思うが、コイツが俺達が探していた魔女だ。だが俺等の身体を"治し"た力については他言無用だ。」
「は?どういう事っスか?」
「俺とシャチの身体を完全に元通りにしやがった忌々しい力だが、薄気味悪ィ事にコイツは悪魔の実の能力者じゃねェ。」

言った俺に「は」と声を上げたのは誰なのか。だが、恐らく誰もが疑問に、そして怪訝に思う事実は、しかし事実だ。その能力の価値も危険性も当事者がまるで顧みていない事は大問題だが、その辺の事については追々躾けてやる。そう思っている俺にはまるで気付いていないだろうは、しかし俺のさっきの言葉の言い回しが気に入らなかったらしい。「ねえねえ!」と、そりゃぁもう子供らしく声を上げて来た。

「もうちょっと感謝感激してくれてもいいんじゃないかな!その言い方じゃ私がいけない事したみたいな言い方だよ!」
「実際海楼石もコイツには意味が無かったしな。」
「お兄さん!いくら私がネグレストに精通してるからって、これは週刊少年ジャンプでも規制されかねない虐めの描写だよ!」
「正直心底気持ち悪ィ力だが、使える。」
「ねえねえ!お兄さんってんぐっ」

いつまでも煩いこの馬鹿の口を後ろから塞いで「黙ってろ」と告げてから、逆の手でコイツの頬を思い切り抓る。そんな俺等の様子を若干引き攣った、あるものは青くすらしている船員たちに向けて、続ける。「使えるが、」

「基本的にはコイツの力はアテにするなよ。」
「えっ何でっスか?」
「まあ理由は色々あるが、第一には俺達がコイツの力を全く把握できていないからだ。だが、あのシャチの身体も元通りに出来るがどれ程の確実性があるのかも分からん上に、そんな力を何の制約も無しに使えるとは思えんしな。それに、そんな力が悪魔の実の能力じゃないと知れれば、その事実がコイツ自身を脅かす事になりかねないだろう。それに俺はコイツの能力は嫌いだ。」

((((((あぁ・・・))))))
憎たらしい事に自身の口をふさいでいる俺の手の平をギリギリ抓ってくるの頬を抓る手を強めて言えば、何か言いたげな船員たちの眼が覗く。そんな奴等にフ、と笑う。「まぁ、安心しろ。」

「コイツのこの得体の知れねェ能力なんざ無くても、お前らの面倒くらい俺がみてやる。それに、そんな力無くても俺たちなら先に進めるだろう?頼りにしてるぞ。」
「「「「「「せっ船長ー!!!!!」」」」」」

全く可愛い奴らだ。思いながらの口を放してやれば、途端に「うわぁー・・・野太い成人男性の黄色い声って聞き苦しいねぇ」なんて言いやがるもんだから、全くコイツは可愛げがない。まぁ、そこもひねてて可愛く見える瞬間もあるんだがな。そうコイツの頭をぐりぐりと撫でてやってから、ぽん、と、その頭に手を乗せる。

「まぁ、そう言うわけだ。コイツの能力云々については取り敢えず忘れておけ。それに、その力そのものが戦闘に役立つかどうかも怪しいしな。兎に角今日からコイツは、「お、俺、やだ!!

・・・。「は?」突如上がったデカイ声にそっちを見れば、今までずっと黙りこんでいたベポが俯いて身体を震わせていた。それにどうしたと思っていれば、バッ!と顔を上げたベポがの事を1度見てから直ぐに俺にその視線を移した。

「俺、その子嫌い!俺、絶対いやだからね!!」
「あっおいベポ!!?」

言うだけ言ってダッと船内に入って行ったベポに声を上げたシャチの声を聞きながら、1度、2度。瞬いて。あのベポの真正面からの拒絶に3度目の瞬きをした。・・・確かに、ベポは最初にを見た時からコイツを嫌だと言っていたが・・・まさか此処までの拒絶が返ってくるとは思わなかった。だからと言って、を下ろす気も毛頭ないが。それを思ってへ視線を落としたが、・・・コイツは本当に動じねぇな。あんな可愛いいかにもなマスコット(と言うには少しデカイが)キャラに真っ向から嫌だの嫌いだの言われてもシレッとしてやがる。
寧ろそれを見たシャチの方が気遣っている始末だ。気遣わしげと言うよりいっそ申し訳なさそうに笑って口を開いた。

「あー・・・気にすんなって!アイツちょっと人見知りこじらせてるだけだからよ!」
「え?あぁうん、別に私は気にしてないよ。寧ろやっとお馴染みの反応を貰えて安心してるくらいだから。」
「うん?」
「おじさん達きっもち悪いねえって話しだよ。」
「いやいやどういう事だよおい。」

シャチの言葉にニコニコ笑いながら返すに、お前に言われちゃお終いだと思いながら。だが、恐らくコイツを歓迎しているこの雰囲気そのものに気持ち悪さを感じているんだろうのその感覚はやはり全く理解出来なかった。俺もいい性格はしていないが、やはりコイツには大敗だと呆れた。
そんな俺の前で、やはりあの一見無邪気な良く分からない笑みを浮かべるは、ベポの去って行った方を見ながら言う。

「流石動物なだけあってそう言う感覚に鋭くて素直だね。」
「俺もあそこまでの反応をされるとは予想外だったがな。」
「予想外?」
「アイツは街でお前の事を見ている。その時に大分お前の事嫌悪してたからな、どうかと思ったが・・・思っていた以上に酷ェ。」
「あっ、じゃぁ私の所為じゃないね!お兄さん何とかしてよ!」
「・・・・・・・・・」

ゴン!「いたい!!」・・・コイツは本当に学習しねえ奴だな。コイツと出会ってから癖になりつつある拳骨を落としてから、再びその柔らかな頬を抓って、呆れと共に溜息を落とした。

「テメェは少しは自分で関係改善しようとか何とか思わねェのか?」
「えっ改善?何言ってるの?そんなの出来るわけないじゃん、万年嫌われっこの過負荷ちゃんだよ?」

・・・だからお前は駄目なんだ。思いながら、だがどうしても目に余る所だけはこれから少しずつ矯正してやるそんなコイツにとっては迷惑極まりない事を考えながら、だが今回についてはそれも必要ないだろうと口端を上げる。そうして「・・・まぁ。お前が何とかするまでも無く、そのうち何とかなるだろう。」と告げた俺に、さも不思議そうに「え、なんで?」と首を傾げたに、笑う。

「アイツはお前と違って良い子だからな。」

ぱちくり。不思議そうに口を傾げたにククッと笑って、その頭を再び撫でてやった。そうしてからその背中を押して、俺の仲間たちの方へ向かわせた。ベポの事を気にするなと笑いながら、シャチと俺の身体の礼をいいながら、誰もが笑顔で自身を受け入れる奴等の中に入る。そんな中から若干後ずさっているの後ろ姿に、やはり俺は笑った。
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