その感情と眠ったまま
いつからかなあ・・・でも多分、生まれた時から。こうなる事が当り前だった。
何でかいつも誰からも嫌われちゃって、両親からクラスメイトから通りすがりの通行人Kみたいな殆ど赤の他人まであらゆる人達から迫害されてきた。よく分からないけど、だけど決定的に、私は気味が悪いらしいから。何をやっても思い通りにならなくて、いつだったか。でも物心がつく頃には、私はそう言う星の元に生まれたんだって正しく理解していた。

だから、多分今回もそうなるんだろうな、とは思ってた。

何でか分からないけど、あのお兄さんは私の事を気に入ったって言ってた。過負荷じゃない癖に、どう考えてもエリートなプラスな癖に、私みたいなマイナスを気に入ったって。そんなお兄さんは、そうは言いつつも私の事を気持ち悪いって言ったけど、私からすればそんなお兄さんもまた十分に気持ち悪いけど・・・って思ってた。

でも、気持ち悪くても、付いて行きたかったなぁ。きっと、そう思ったからだめだったんだろうな。

昔から、何をやっても思い通りにならなかった。何をやっても、思い通りにならないし、嫌われちゃう。私はそう言う星の下に生まれて来た。だから、今回の事もそう。残念だけど、あーぁ。って、感じだ。やっぱりね、そーなると思ってたよ、やれやれ。全く霊験あらたかな自分の過負荷っぷりに惚れ惚れしちゃうよ。思って、口端を吊り上げた。






全く本当、締まらない。
普通、物語ならこうやって悪党を叩きのめしたら、颯爽とその場を去って無事お家に帰る。あるいは、あぁ、あれだ。無事にお兄さんの船に乗れる、みたいな。そんなのがセオリーなのに。過負荷な私は当然のように悪党を叩きのめした所で颯爽となんて帰れる筈もなく、共倒れ。

颯爽と去るなんてとんでもない。私はこんな臭くて汚い薄暗い場所で芋虫みたいに血だらけですっ転がってるし、さっき聞いたらもう夕方だって言うからお兄さんなんてとーっくの昔にこの島にはいないし。結局私はこれからもだらだらこの島で何をするでもなく怠惰に過ごすだけ。今日のこれだって別に何かの区切りってわけでもなくて、只の日常の延長戦だ。やれやれ、

「また、勝てなかった。」

ボロボロの血まみれで、そう笑う。場所は相変わらずさっきの何か牢みたいな場所で、そこから一歩も出られやしない。流石に血が足りなくなってくらくらして、マジで意識失う5秒前、って感じ。だけど、何だか外が騒がしい・・・っていうか、明らかにこのお兄さん達のお友達なんだけど。そう言う人達がどんどん入って来たんだけど。銃とか色々持った柄の悪いお兄さんとかおじさんとかが、此処の状況って言うか・・・お友達の変わり果てた姿(笑)に凄い私睨んでくるって言うか・・・あぁ痛い痛い。凄い蹴っ飛ばしてくるんだけど。あーぁ。一難去ってまた一何。これからいよいよ売りさばかれちゃうかなー。それとも殺されちゃう?あはは、参ったなあ。本当、締まらないって言うか、つくづく私じゃ物語が始まらない。・・・それでも。そう、それでも。

思い通りにならなくても、負けても、勝てなくても、馬鹿でも、踏まれても、蹴られても、悲しくても苦しくても貧しくても、痛くても辛くても弱くても、正しくなくても卑しくても。そうなる事が、過負荷だ。      それでもへらへら笑うのが、過負荷だ。
「これ、お前がやったのか?」

・・・ぱちり。目を覚ませば傷は傷のままとして在るものの、何事も無かったように・・・そう。『何事も』『無かった』ように、顔を上げる。身動ぎするだけで激痛の走る身体は後ろ手に手錠を嵌められて転がされている所為で上手く動けないけど、取り敢えず傷も手錠も、あとついでに随分前から嵌りっぱなしのご立派な足枷も全部まとめて無かった事にしてしまおうと思った時。じゃり、と。地面を踏み締める音が割と近くで聞こえた事に、今度こそちゃんと顔を上げた。上げて、驚いた。

「、お・・にい、さん?」
「フ、酷い有様だな。」

・・・あれ?可笑しいな。確かあの後此処に入ってきた何人かを、そう。螺子伏せた後、だけどまぁ格好付けた割に過負荷(わたし)らしく遠くの方から狙撃された揚句に捻じ伏せられて、また拘束されて痛めつけられて気を失って・・・だからまだ私を痛めつける役の人達が何人かいた筈なんだけど、と。そう思って視線を動かして見れば、最初に私が捩じ伏せた人達とは別に、後から入ってきた組のさっきまで元気に私を甚振ってくれてた人達も一緒に血塗れで地面に伏せてるのに気付いて瞬いた。

「で?この悪趣味な百舌鳥の早贄はお前の作品か?」
「普通、こういうの、磔とかって言うんじゃ・・けほっ、ないかなあ?」
「こんな大量の螺子一体どこに隠してんだ?」
「お兄さん、全然私の話聞いてないね・・・」
「お前も俺の質問に答えてねェだろ。ったく、器用な奴だな。」

言うと、そんな私を見下ろして血を滴らせた長い刀の背で肩でトンと1度叩く。そうして見るからにこの後から入って来た組みの惨状を生み出したお兄さんは、さも何でも無い事みたいに・・・何でも無いどころか。この死体の山も何ももう其処に無いものみたいに、私だけに呆れたような視線を落とした。「たく、」

「人が唾付けといてやったのに、勝手に売られるな。お前は俺のもんだろうが。」
「・・・それは、初耳だよ。」
「アホか。海賊に目ぇ付けられた分際で逃げられると思うな。初めからお前に拒否権なんざねェよ。」

ガンッ、と。肩から降ろした刀の刃を床を這う鎖に落とし、砕けるように切れたそれを足で払ってから膝を曲げてそこに座る。そうしてそんなお兄さんを不思議に思って見上げた私のこの汚れた頬を親指で拭うと、お兄さんは迷った様子も見せずに私の背中と膝裏に自身の腕を通して私を抱き上げた。・・・ぱちくり。もう何が不思議なんだかわからない位の怪現象に、私を抱き上げたお兄さんをジッと見つめていれば、そのお兄さんの気持ち悪いくらい整った顔が至極愉快気に歪んだ。

「お前が思っている以上に、俺がお前を欲しがってるって事を自覚しろ。お前はもう、俺のもんだ。」

カツン、カツン。冷たい牢の床を踏み歩いて、乱暴に外への扉を蹴り開ける。そうしながら「いいな」って。そう私に確認している風なのに、その実お兄さんの声も表情も、私にそれを決めさせる余地なんて無い確定事項だって示してる。けど、その言葉は簡単にするっと受け入れられるような言葉じゃなくって。なんて言うか・・・気持ち悪い位に私に対して好意的な言葉に、うっすら薄ら寒いような心地すら覚えた。そもそも。こんな気持ち悪い私が、こんな"普通"の人に躊躇なく抱きあげられてるって事もちょっと信じられない。

それを思ってお兄さんに自分でも吃驚するくらい戸惑って、この人大丈夫なのかなって思いも込めて伺うようにその顔を覗いてみれば、フ、って。息を吐くように静かに笑ったお兄さんが、何だかちょっとだけ呆れたような眼で私を見下ろした。

「お前は今まで暴力を受けるばかりで、守られた事なんてねェんだろ。」

聞かれた言葉に、別に嘘を吐くような事でもなく・・・っていうか。偽るまでもない事実に「う、うん」って、戸惑いが尾を引いた返事をすれば、一笑。ほんのささやかに、だけどしっかり笑われて、それに何かと思えば、さらり。「守ってやるよ。」って、返される。それを言うお兄さんが歩く長く薄暗い、この建物の中。床に倒れ伏す血だらけの・・・多分この人間屋の人達だったんだろう人の無数の死体を見れば、本当にそんな事も出来ちゃいそうだって思いもする。

「だからお前は俺に全部よこせ。身体も、心も、命もだ。お前の持てる全てで俺を海賊王にしろ。」

吃驚するくらい不遜に言われて、だけどそれが様になっているんだから格好いいって言うのは得だなあって・・・そんな思考で、馬鹿みたいに狼狽えてる自分を誤魔化して。いつもならつらつらと並べられる言葉に悩んで、悩んで。少しの間の後、にこっと。いつもみたいにぺったりと貼りつけた笑顔と一緒に、いつもみたいに天の邪鬼染みた軽い言葉を吐きだした。

「勿論嫌だよ!」
「嘘だな。」

吐き出した言葉は、だけどすぐさまバッサリ切り捨てられた。それにカチリと固まって、ぱちぱち。困惑を噛み砕くように瞬いて「・・・え?」って。でもやっぱりく抱き切れない困惑を込めて、言う。「うん?」

「えーと・・・ごめん。嘘じゃなくって本当に嫌だなーって思ってるんだけど。海賊王とか面倒臭いし・・・」
「嘘だな。」
「私は嘘が嫌いなんだ。だから勿論嫌だって言うのも嘘じゃない。」
「くどい。だから嘘だっつってんだろ。っつーかお前、俺にこう否定されたかったんだろ。」
「・・・・・・・・・」

言った言葉を信じてもらえないのも相手をしてもらえないのもいつもの事だけど、勿論今まで私の事を理解してくれる人なんてそうそういなかったから、こうやって確信めいて言われると不思議な心地になる。
何をやっても上手くいかない。人生何一つ思い通りに行かない。そんな私はどうしてか昔から自分のやりたいように生きている風で、同然のように自分自身の操縦もとても苦手で、思い通りに行かない事ばっかりだった。好きな事を逆な事ばかりしたり、好きなものを嫌いって言ったり。だから今のお兄さんの言葉にも、そう。本当は頷きたかったし、ついて行きたかった。でも、

「全くひねくれ過ぎだろうが、どうしようもねえクソガキだな。」

それを、ほんの1日・・・たった24時間すら共有していない赤の他人って言っても過言じゃないお兄さんにそれを言い当てられて、笑顔のまま沈黙した。・・・いや、まぁ海賊王とかなんとかが相当面倒臭いって言うの本当だけど。まあ流石にそれについては言わないでおく。今の私は空気の読める子だからね。そんな私にお兄さんは真っ直ぐ前に視線を向けたまま、言う。

「お前の眼は、外に行きたいって眼だ。」
「勘違いじゃないかなぁ。」
「あァ?テメェ好い加減にしねェとバラすぞ。」

ギラリ。至近距離から影がかかってるくせに物凄く不穏にギラつく目に睨まれて「怖いよ!!」って言えば、チッ、って返される舌打ち。それにな、何て柄の悪いお兄さんなんだって言えば、思いっ切り頬を抓られた。痛いよ!!言って、その頬をさすっていれば、そんな私の直ぐ上でお兄さんが言う。お兄さんはもう、真っ直ぐ前を見て私の方なんて見ていない。いつの間にか辿り着いた外への扉をやっぱりお兄さんが蹴り開ければ、眩しい位の夕日。

「嘘でも勘違いでもねェ。お前が何にこだわってんのかなんてのは知った事じゃねェ、俺には関係無い事だ。俺はお前が欲しいと思って、お前は外に出たいと思ってる。一体何に迷えるんだ。んなゴミみてェなプライド捨てちまえ。」

完全に見透かされてる。流石にちょっとバツが悪くってすすす、って視線をそらせば、吐かれる溜息。そして、「そもそも、」

「俺が連れてってやるっつってんのに何を贅沢抜かしてやがるんだお前は。こんなに懇切丁寧に誘ってんだ、好い加減観念して靡け。仮にお前が果てしない無能だとしても、別に途中で放りだしたりしねェよ。」

続けられた言葉に「こ・・・懇切丁寧・・・・・・?」って思いっ切り胡乱な顔と声を出せば、「何か文句でもあんのか?」って、なんか物凄い極悪人面で睨まれた。「勿論何にもないよ!」可愛い笑顔と一緒に返したけど、次の瞬間にはやれやれと大げさに肩を竦めて見せた。

「あのさぁ。お兄さんは私の大嘘憑きが欲しいんだろうけど、私は気紛れだからこれ、気まぐれにしか使わないよ。それに私ってば天の邪鬼だから、いざって時に使わないでどーでも良い時にばっかり使うかも。それに誰かの為に大嘘憑きを使おうだなんて考えた事もないし、うっかりお兄さん達の五感とか無かった事にしちゃうかもしれないよ。」

言えば、今度はお兄さんの方がやれやれって感じに溜息を吐いた。それに何かと思って首を傾げれば、そんな私にまた溜息。そんな溜息ばっかり吐いてると眠くなるよって言えば、どういう理屈だって返されてから、チラリ。お兄さんは私を一瞥してから、言う。「・・・1つ、勘違いしてる様だから訂正するぞ。」

「俺は大嘘憑きなんて訳の分からねェ能力に、端から期待なんて欠片もしちゃいねェ。」

言われた言葉の意味がちょっと良く分からなくって、たっぷり10秒くらいは経ったと思う。ようやく「・・・・・・・・・うん?」って、訳が分からないって思ってるのを包み隠さず込めて言えば、お兄さんは何か・・・ちょっと忌々しそうな感じで続けた。

「そもそも俺は医者だ。今ある俺の医者としての知識や技能は全て、俺自身が学び培ってきた成果だ。だからこそ悪魔の実の能力ならいざ知らず。俺はお前のその何の積み重ねもねェ薄っぺらい能力が、俺よりも遥かに完璧な"結果"でもってどんな怪我も病も無くす事が出来る事実が気に食わねェ。妬ましいし煩わしい。正直大嫌いだ死ね。」

やっぱりこのお兄さん結構変な人だなぁ・・・思いながら。「何それ理不尽」って言えば、ハッて笑わちゃった。だけど、でも。今の言葉を聞いて、益々分からなくなった。「ぇ、でも」大嘘つきがいらないって、

「じゃぁ、何で私なんか連れてくの?私、何の役にも立たないよって、」
「俺がお前を気に入って、欲しいと思った。それ以外に理由がいるか?」

口を開いて、でも、そこからは何の音も出てこなかった。何かを言おうとして、だけどなにも言葉に出来なかった。そんな私を見下ろして、お兄さんは本当に、何でも無いみたいな顔をしてる。こんな気持ち悪い私のこんなに近くにいるのに、こんな気持ち悪い私の事を抱きかかえてるのに、こんな気持ち悪い私を連れていこうとする、唯一考えられる、唯一利点だって勘違いできそうな所を、いらないって切り捨てて。何でも無いみたいに、言う。

「それでもまるっきり一般人っていうなら話は変わるが、お前は一般人でもねェ。それなりに戦えるようだしな。それに多少弱かろうが自分の怪我の始末を自分で付けられるって言うなら、更に文句もねェ。仮にお前に何とも出来ねェ怪我があったとしても、医者として俺が面倒みてやる。何の問題も支障もねェ。」

過負荷同士の会話でなら、まだ、あり得るかもしれない。そんな言葉。どんなボランティア精神を持ち合せてる人だって言ってくれなそうな言葉を、こんな過負荷相手に、どう考えたってエリートなプラスなお兄さんが、言う。それはとてもとても考えられない事で、実は今物凄い盛大に寝ぼけてるんじゃないかな、とか。実はこれ、何かの悪夢なんじゃないかな、とも思ったけど。

「お前はただ、黙って俺についてくればいい。」

フ、と。何だか・・・そう、私の思い違いじゃなければ。自意識過剰な恥ずかしい勘違いじゃなければ、優しげに、笑んだ。そんなお兄さんに、言葉を失った。だけど直ぐに小さく俯くと、「・・・お兄さん、」私もまた口端を上げて、笑った。

「何だか凄くモテそうだね、狙ってるにしてもキまり過ぎてて怖いくらいだよ!格好良すぎていっそ気持ち悪いね!」
「・・・・・・・・・」

笑って言えば、今度はお兄さんの方が沈黙した。で、その後直ぐに振り上げられたお兄さんの拳に、後頭部に衝撃。「いたい!」
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