君は気付いてまた忘れる
「ありがとう。こんな私を誘ってくれて。・・・嬉しかったよ。」



あの言葉には、珍しく全然嘘が無かった気がする。それを思い出せば、「あははっ、嬉しかったよありがとうだって」なんて、あんまりに滑稽で笑っちゃったけど。その笑いも直ぐに乾いて消えた。

もう真っ暗な森の中。ほの暗い小屋の、薄汚れた布団に埋もれながら、何時間か前の事を思い出す。私の気持ち悪さに気付いた癖に、私の不快さを知ってる癖に、なのに私なんかを誘ってくれた。今まで私の所に来た人は、私のこの不気味さを知ると同時にやっぱりいらないって、謂われの無い暴力や暴言を投げつけて・・・まぁ兎に角やっぱ今のなしで!ってなるのに。

・・・あのお兄さん、逆だったな。私の不可解さを知ってから、誘ってくれた。

「うれしかったなぁ」気付けば、そう声が漏れてた。うん、嬉しかった。本当、今日は色々、嬉しかったなあ。
私の手を振り払ったのに、掴み直してくれた事。私にジュースをくれた事。色々お話をして、私の気持ち悪さをいっぱい知った筈なのに、それでも眼を見て連れて行ってくれるって言ってくれた事。脅さないでくれた事。・・・あと、迎えに来てくれるって言ってくれた事。嬉しかった。嬉しかったけど、実は相当危ない橋を渡ってたって事、きっとあのお兄さんは知らないんだろうな。

過負荷っていうのは、結構惚れっぽい性質の人が多い。

過負荷は、自分を好きになってくれる人が好き。自分を嫌いになってくれる人が好き。目を合わせる事すら拒絶される過負荷は、例えそれがどんな・・・そう。その感情が悪意であろうと好意であろうと、それを向けられる事に喜びを覚える。そして、自分を受け入れてくれる人の下に縋る。ただ、馬鹿みたいに何も考えずに寄生する。・・・でも勿論悪意よりも、更に向けられる事の無い好意を向けられる方が嬉しい。

だけどやっぱりそこは過負荷だから、好意の向け方だって悪質な人の方が圧倒的に多い。相当に粘着質で陰湿で狂気染みたベクトルを突き進んで、まぁ悪質なストーカーだったり、好意を受け入れられなかったら笑顔でどうしてどうして?って刃物を突き刺してくるような人種が、多い。極めて。だからあんなに真っ直ぐに私みたいな過負荷に好意的に接して甘い言葉を囁けば、ころっと警察のお世話になりかねない人種が完成したっておかしくない。・・・まぁ、私は過負荷でもそう言う性質じゃなかったんだけど。それだって、過負荷には悪意以上に好意をもたれる事が負荷が大きい。


・・・だから、お兄さんは、正しい。

過負荷に好意をもたれる云々は別として、お兄さんの目的は私を誘う事だったから。だから、私の眼を真っ直ぐに見て、私を求めているのだと嘯いて、私を受け入れると手を伸ばすのは、過負荷を手に入れるにはこれ以上に無い程に正しい方法。あのお兄さんがそこまで計算してるのかどうかは知らないけど、でも、それでも揺れてる。

ぐらぐら、ぐらぐら。別に、此処にいたいっていうわけじゃないんだけどな・・・でも、海賊王って・・・何だか凄く面倒臭そう。やる事自体もだけど、其処に至るまでの周りのモチベーションとか。
だって、海賊王とか何とか・・・そんな週刊少年ジャンプの漫画にありがちな友情努力勝利を積み重ねるようなノリって嫌いなんだよね。海賊、っていうだけならまだ迷わなかったんだけどな。あぁいうのは二次元の他人事だからいいのであって、三次元で自分の身に降りかかるものじゃない。

お兄さんには、ちょっとくっ付いて行きたいなって思うけど。正直、ただくっ付いて行くだけならいいって思ってる。だって私は過負荷だから、優しい事を言われたりしてもらったりすれば、例えその優しさが嘘でも簡単に絆されるし、好きになる。何にも考えずに流されるだけの馬鹿になる事にも抵抗なんて欠片もないし、その逆に他人をたぶからして何も考えずに流されるだけの馬鹿を養成するのも嫌いじゃない(・・・まぁ。あのお兄さんがお兄さんの船の中でそれをさせてくれるかっていえば、ダメそうだけど)。

だけ、あの集団の中で、建前だけでもおんなじ目的を共有して生活するって言う事が私の矜持に反する。気がする。そう、私の・・・過負荷の、ほんのささやかで神よりも薄っぺらい、簡単にひっくり返るような、吹けば飛ぶような。そんなささやかな、ただ、不幸でありたいって言う矜持とプライド。でもどんなに薄っぺらくても、あるものはある。だから、・・・・・・

「だから、なんだろう・・・。」

だから、嫌だ。行きたくない。だから、嫌だけど、ちょっとついて行きたい。
別に鈍感じゃないから、自分が何にモヤモヤしてるのかとか分かるけど、でも分かるからどうにか出来るって事でもないから、なんかもう段々面倒臭くなってきちゃった。行きたいって言うのと行きたくないって言うのがせめぎ合ってるのが煩わしくって、ごろり。寝返りを打てば、罅の入った姿鏡が眼に映る。そしてその中に映る自分の顔が私を覗いているのを見て・・・・・・・・・、

ドン!

鏡の中の自分の顔に巨大な捻子を捩じ込めば、途端にミシ、とか、バリン、とか。何かそう言う感じの音を立てて砕け散る。それをぼんやりと眺めていた時、不意にコンコン。と。控え目なノック音が小屋に響いた。それに気付かない振りでもしようかとも思ったんだけど、いつまでもコンコンコンコン鳴り続けるその音に、随分根気強い人だなあって感心した。

仕方ない。どうせ暇だったし、考えるのも面倒くさくなっちゃったから出てあげよう。そう思って立ち上がると、歩く度にミシミシと音を立てる床を踏み鳴らしながら「はーい」とドアを開ける。ギシギシ。建てつけの悪いそのドアが嫌な音を立てて空いて、ドアの外で待っていたお客さんをみる。みて、首を傾げる。

「・・・・・・・・・?おじさんたち、だれ?」

そこで待ち構えていた5人の・・・結構屈強な感じのおじさん達にそう問えば、途端に吊り上がった見知らぬおじさん達の顔。そのいい感じに汚らしい笑顔をぼんやり見上げていた視界の端で、1人の・・・この中でも比較的若そうな人が金属バットみたいなのを振りかざしているのが見えた。・・・・・・・・・うーん、困った。ガンッ!!
昨日までは確かに辛うじてとはいえそこに嵌っていた筈の扉が見事に外れ、中心部分が何かに殴打されたかのように破壊されて地面に転がっていた。しせんをそこから少しずらせば、扉の無くなった小屋の壁や地面にべっとりと広がる乾き切った血液。そして、そこから転々と森の中深くへへ落ちる血痕。それを見下ろせば、盛大な溜息が洩れた。

「・・・・・・・・・つくづく面倒臭ェガキだな、アイツは。」

午前11時。昼に差し掛かる前にペンギンとシャチを引き連れた小屋の前で、右の掌で顔を覆った。これを見るだけで妙な疲労感が襲ってきた事に胸の内でもつくづく面倒癖ェガキだな、あのアホはと毒付いた。・・・見た限り、争った形跡は無い。欠片も、無い。あるのは一方的に痛めつけられたような跡だけだ。それを見下ろせばやはり漏れるのは溜息ばかりだが、今日迎えに来るつったんだから是が非でも家にいろと苛立ちが沸き上がる。そんな俺の横で「・・・拉致られましたかね」なんて、呟くシャチに、その辺に死体が転がって無きゃそうだろうなと舌打ちした。

その舌打ちの音を聞いただろうペンギンは、「どうします?船長。」なんて・・・ニヤリ。そんな分かりきった顔で聞いて来るが、俺の指示を待っているんだろう。従順な犬とはまるで違う。挑発するようなそれに内心呆れたが、だが満更でも無く、答える。「決まってる。」

「アイツの意志はどうあれ、アイツはもう俺のものになる予定のものだ。」

肩に担いでいた刀を手の平で握り直し、逆の手で帽子を眼深に被り直す。そうして「奪われたなら、奪い返す。」そう、喉から出た声は、我ながら愉快に弾み、不快に低い音だった。

「行くぞ。」
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