違う日に見た日曜日
「せんちょー。林檎無かったんでオレンジでもいっスか?」

一通り大雑把な過負荷(マイナス)大嘘憑き(オールフィクション)の説明を終えた頃。丁度いいタイミングでキャスケット帽子のシャチちゃん(多分)が戻ってきた。勿論そのタイミングは中で話してる私達がお話を終えた気配を見計らっての事だろうけど、別に誰にこの力の事を知られてもどうでも良いって思ってるからどうでも良いんだけど・・・
そんな事を思っている私の傍らで、シャチちゃんの言葉に「俺に聞くな」って吐き捨てたお兄さんは、ちょっと疲れてるようにも見える。私とお話しするだけで疲れるだなんて体力ないなあ。なんて、口には出さなかったけど。その代わりにシャチちゃんに笑む。

「えー・・・私今葡萄の気分だったんだけどなー。まぁ仕方ないから許してあげるよ、次からはちゃんと用意しておいてね。」

にこり。笑顔を作ってシャチちゃんの手に握られてるコップを受け取れば、「え?いや、・・・うん、悪い。」って言葉が返ってきた。でもその直後にふと思い出したように「いやでもお前林檎つってたよな?い、言ってた・・・よなぁ?」って、俺が間違ってるのか?って言わんばかりの顔を作ってたけど。でも仕方がないよ、今は葡萄の気分なんだから。そう思いながらごくりとオレンジジュースを飲み込む私に、シャチちゃんが自分のお腹を撫で摩って見せた。

「にしてもスゲーな。マジでこれお前が治してくれたんだろ?無くなった臓器まで復元できるってどんな悪魔の実食ったんだ?」
「あはは、嫌だなあシャチちゃんまで。それじゃぁまるで私の能力が治癒能力みたいに聞こえちゃうでしょ?」

さっき説明した事をまた説明するのは面倒臭いから、「は?」って不思議そうに首を傾げて見せたシャチちゃんには勿論笑顔しか返さない。きっと必要ならお兄さんの方から言うだろうし、私には関係ないからいいや。それに、あんまりのんびりし過ぎると真っ暗になっちゃうし、と。一気に飲み干したジュースの入っていた空のコップをシャチちゃんにまた戻してとっととドアの方に歩く。

「じゃぁもう帰るよ。お兄さん達とお友達だと思われても嫌だし、オレンジジュースも飲んだしね。」
「まァ待て。」

ぐいっ。じゃぁ、と右手を上げて出て行こうとした私の左腕が何気なく掴まれて、何かと思って振り返ればそれを引っ張るお兄さん。それに多少なりとも吃驚してる私の心境に気付いているのかどうなのか、お兄さんは真っ直ぐに私の眼を覗いたまま視線を逸らさない。それにぱちり、瞬いて。腕を見下ろしていた視線をお兄さんの顔にまで上げて首を傾げた。「えーと、」

「お兄さんはまだ何か私に用事があるのかな?怪我の用事はもう済んだでしょ?」
「取り敢えずそのふざけた呼び方を止めろ。」
「それで?おじさんは一体私に何のよ」ゴン!「いたい!!」

頭に走った衝撃に悲鳴を上げた。ぶ、ぶった・・・!またぶった!しかもグーで!!こ、これ以上馬鹿になったらどうしてくれるんだ・・・!酷い!お兄さんって呼び方止めろって言うから止めたのに!頭を押さえて浮かんだ涙を拭ってお兄さん改めおじさんに抗議すれば、「誰がおじさんだ誰が。」ってすごくどすの利いた声が返ってきた。けど、

「10代の子から見れば20越した男女なんて美形だろうが不細工だろうが分け隔てなく平等におじさんおばさんだよ!」
「うるせえ。」
「大体髭おしゃれしてるしてるような人がお兄さんだなんて片腹痛いよ!!」
「もう一発コレが欲しいか?」

ぷりぷり。腰に手を当ててビシッとおじさんを指させば、おじさんの方はすごーくイラついたような顔で、グ、と。拳骨を作って只でさえ顔色の悪い顔を凶悪に威圧的に変えて私を睨み据えてきた。だから即座に私はおじさんに向けていた人差し指と、逆の手の人差し指をクロスさせて口元に当てた。お口はミッフィーちゃん!・・・そしたらひくりとおじ・・・お兄さんの顔は引き攣ったけど、拳骨は降って来なかったからきっとセーフだ。

だけど「さっきまで全然気にしてなかったのに」ってぼそりと言えば、「そりゃこの件が終わればもう二度と関わる事もねェと思ってたからだ」って返されて、瞬いた。瞬いて。そんな私を見下ろしたお兄さんが、「だが、今はお前に興味がある。」と告げてからす、と私の横を通り過ぎてドアを開ける。そうして着いて来いって言わんばかりの視線を投げられたから大人しくそれに従ってドアを抜ければ、壁に背を預けて立つさっきのペンギンちゃん。

ペンギンちゃんはとっとと歩いて行くお兄さんに着いて行く気は無いみたいで、お兄さんの斜め後ろ、少し横顔が見えるくらいの位置を着いて歩く私の後ろをシャチちゃんが着いて来るだけだった。・・・でも、さっき此処に来た時の道を進んでるって事は、一応出口に向かってるって事でいいみたい。私に背中を向けて歩くお兄さんは、私を見ないまままた言葉を発する。

「単刀直入に言うぞ。俺と一緒に来い。」
「・・・・・・・・・うん?」
「俺のクルーになれ。俺を海賊王にする手伝いをしろ。」

お兄さんがそれを言えば、私の横を歩いていたシャチちゃんがバッ!とお兄さんと、それから私の事を仰ぎ見た。私の方はぱちぱちと瞬いて、何だか面倒臭い事になっていそうな予感に「えーと」と人差し指を口元に当てて、返事を返す。

「いやだ。」

きっぱり。言い切れば、今度はぎょっと私の事だけを見たシャチちゃんを視界に入れながら、取り敢えず、「っていうかこんなうら若い女の子に一緒に犯罪者になろうぜ!なんて馬鹿じゃないの?私は見ての通り極々ありふれた普通以下に落ちぶれた愉快な日本人だよ?海賊なんてそんな悪逆非道な集団になんてなれないよー!それにね、私。お兄さんみたいな人、好みじゃないんだ。だから、まぁ、取り敢えず。その話はお兄さんの方で無かった事にしてちょーだい。」こう言ってみた。で、言い終わる頃にはシャチちゃんの顔は真っ青だった。心なしかさっきより3歩位離れた場所を歩いてるように見える。

「誰が馬鹿だ消すぞ。それに俺が好みじゃねェとかなんつー贅沢抜かしてやがる。俺程頭がよくて出来る男はそういねェ。」
「まず外見が不気味だよね!特に目付きなんて悪過ぎて眼もあてられないよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・ROO「船長抑えて!!大人に!大人になって下さい!!」

少しの沈黙の後に無表情のまま、何だか不吉な感じの声を出したお兄さんにバタバタと腕を振ってシャチちゃんが叫んだ。それに「頑張れシャチちゃん!」って声援を送れば「つーかお前も謝れ!ニホンジンってなんだ!!」って怒られた。怒られて、あぁそう言えば此処にはワノクニ?っていうのはあっても日本っていうのは無いんだった、なんて考えている内にお兄さんの気が晴れたのか、盛大に舌打ちをして私を睨み据えた。

「・・・理由は?」
「理由?あはは、嫌だなあお兄さん。私みたいななーんの取り柄も無いなーんにも出来ないか弱い女の子が、海賊王を目指す海賊船になんて乗れるわけないでしょ?自分で言うのもなんだけど、私掃除も洗濯も料理も戦闘もぜーんぜん出来ないもん。」

両手の平を顔の位置にまで掲げでやれやれと仕草で示せば、シャチちゃんに「・・・ホントに自分で言う事じゃねェな。」って凄い呆れ顔をされた。だから今度は「その上体力も根性もやる気もないよ!」って、えっへん。腰に手を当てて胸を張って見せたら、「エバるな。」って即座に振り返ったお兄さんに頭をべしって叩かれた。「いたい!!」悲鳴を上げた私の横で、シャチちゃんが更に「さ、最悪じゃねーか」って零していたけど、最悪?そんなのそれこそ今更だよ、と。心の中だけで呟いて、笑みだけを浮かべておいた。・・・そんな私の前で、はぁと溜息を吐いたお兄さんはまた踵を返して歩き出してから、言う。

「体力ならつけりゃいい。根性もやる気も無かろうがなんだろうがやりゃぁいい。掃除も洗濯も料理も戦闘だってやりゃなんとかなる。出来る出来ない上手い下手は関係ねえ。やれ。それだけだ。」
「えぇー・・・そういう汗臭いの嫌いだなあ。無理なものは無理でいいいんじゃないかな?それだって立派な個性だよ。」
「そりゃ個性じゃなくて欠点もしくは短所あるいはものぐさだ。」

言われた言葉に「勿論そうだよ」と頷けば、「自覚ありかよ!」ってまたシャチちゃんに言われちゃったけど、向上心とかそういう物は向上したい人だけが持てばいいものだから、私には必要ない。今のままで苦労があっても、頑張って努力するのは面倒臭い。別に努力してまで成果を得ようとは思わない。頑張りたくない。頑張らない。頑張れない。・・・そう言う子の気持ちは、きっとこの人達には分からないんだろうなあ。
のほほんとそんな事を考えていた私の傍ら。だけどお兄さんの方は、何だか不可解そうな視線だけを私に向けていた。

「お前・・・それだけ引く手数多なのに、何でこの島に固執するんだ?」

言われた言葉に、思わず、と言った風に瞬いた。・・・「固執?」なにに?私が?ぱちぱち。数度瞬いて、顎の下に人差し指をあて、右に首を傾げて、左をに首を傾げて、傾げたまま、お兄さんを見る。・・・固執?その発想は無かった。そんな顔を作っていたのかどうか知らないけど、そんな私の事を見ていたお兄さんが「違うのか?」問う。

「何も勧誘が俺等が最初って事はねェだろ?魔女の噂を聞き付けた奴等に、その能力を目当てに何度も誘われたんじゃないのか?だが、お前は今も此処にいる。島中に敵意と悪意を向けられて、他の島に行く機会も手段もあるのに利用せずに此処にいるのはなぜだ?此処を気に入っていると言う訳でもねェんだろ?」

お兄さんの言っていた言葉の意味をようやく理解して、「あー・・・あぁうん、成る程」と頷く。「そうだね、まぁ確かに気に入ってはいないね」別に嫌いでもないけど。答えてから、だけどそう言えば、そんなこと考えた事も無かったな、って思えば、ちょっと自分でも気になって来た。

「悪意とか敵意とかは、まぁ何処に行っても貰うんだけど、」
「は?」
「なんて言うかなぁ・・・なんとなく、此処で此処に来たから此処にいるだけというか。うーん・・・そういえば、なんでだろうね?」
「知るか。というか、お前が何を言ってるのかが良く分からん。」

うん、まぁこっちの話だし。そう答えてから、思考する。・・・本当に私、なーんにも考えないで此処にいたなあ。"この世界"に来たのが"此処"だった。ただそれだけでなんとなく此処に住み付いていたけど、此処にいれば帰れるって思っていた訳でもない。寧ろ、多分私過負荷(わたし)じゃ帰る事なんて出来ないだろうって思ってたくらいだし。っていうか、この島の外、なんて考えた事も無かった。そもそもこの島だってあの小屋の中から外に出るのは必要最低限で、正直殆ど道も覚えてないくらいだし。・・・別に他の場所に興味があるってわけでもないってわけでもないんだけど、言われてみれば気になって来たかも知れない。

考えれば考える程、本当に私ってなーんにもしないでぐーたら過ごしてただけだなあって思い至って流石屑人間と評されるだけの事はあるなと自画自賛。勿論口に出せば盛大に呆れられる事請け合いだから言わないけど。でもこんなどーしようも無い女の子を連れていこうなんてどうかしてるね、なんて。

ようやく辿り着いた船の外へ出る扉を開けたお兄さんが外へ出て、数歩の位置で立ち止まったお兄さんにつられるようにして私もまた立ち止まる。そうして、そんな私を・・・そう。いうなれば、熱い視線で見つめるお兄さんを見返した。

「俺と来る気は本当にねェのか?」
「私を連れて行く気がまだ本当にあるの?」
「無けりゃ聞いてねえ。」

そうきっぱりと言い放たれて、それもお兄さんが凄い真剣な眼で私を凝視してくるものだから、ちょっとお腹の中がむずむずした。何だか妙な心地になって視線を彷徨わせそうになったのを無理矢理1つの溜息と呆れたように、やれやれって顔で肩を竦めさせる事で誤魔化して見る。「嫌だなぁお兄さん、」

「いい大人がそんなに物欲しそうな顔で見ないでよ、恥ずかしいなあ。」
「馬鹿言え、欲しいもんを見てんだ。そんな顔にもなる。」
「、」
「お前が欲しい。」

・・・からかったつもりだったんだけど。何かしらを言い返して来たお兄さんに、今ならまだ私は頷いてないから撤回するのは今だよーって、そう言うつもりだったんだけど。予想もしなかったその返答に言葉がつまった。だって、こんな風に・・・前向きな事で誘われた事なんて、今まで1度も無かったから。だから戸惑って、「お兄さんって変な人だね。趣味とか悪いでしょ。」って返すので精一杯だったけど。否定もせずに「ほっとけ。」って言い放ったお兄さんは、やっぱり変な人だ。

ちらり。1度視線を向けてから後ろで指を組んで、斜め下の床を見る。お兄さん、分かってるのかな。一緒に来いって、私みたいな『気持ち悪い奴』を船に乗せて、一緒にご飯食べたり、洗濯したり、同じ空間で息をするって事なんだけど。何だかお兄さんを見辛くなって、妙な居心地の悪さを感じている私の耳に、「まァ、」と。お兄さんのやたら良い声が届く。

「出航は明日の昼だ。その頃に迎えに行く。それまでに答えを考えておけ。」
「え?・・・、・・・・・・うん。」

ちょっと迷って、でも頷いた。頷いて、もうこの話は終わったよねと自己完結して、心持ち早く歩いて甲板の端っこに向かう。そうして海の波の揺れに合わせてゆらゆらと穏やかに揺れるこの潜水艦の縁から、とっとと地面へ飛び降りた。






「船長。本当に明日は答えを聞きに行くだけなんスか?」

何か言いたげに頷くなり、とっとと潜水艦を飛び降りたあの女を見送る事も無く甲板で海を眺めていれば、不意にシャチに投げられた言葉に「は?」と視線を向けた。そうすればシャチは妙に楽しげな顔で「もし嫌だって言われたら諦めるんスかって事っスよ」と、恐らく自身でも分かっているだろう俺の答えを再度促した。それに、「愚問だな。」と吐き捨てる。

「俺は海賊だ。欲しいもんは、奪い取る。」

初めからアイツの意志を全部尊重してやる気なんざ無い。俺が尊重できるアイツの意志は"俺と来る"という意思1択のみだ。だから当然あの時の『迎えに行く、それまでに答えを考えておけ』は『迎えに行くからそれまでに荷物をまとめて行け』という意味の言葉だった。それをアイツが理解しているかどうかは別として、仮に用意をしてなければそのまま連れていく。拒否するならバラして運ぶ。それだけだ。荷物なんざ次の島で調達すりゃぁいいからな。

自分でも分かる程に歪んだ笑みを浮かべそう断じた時。ふ、と。耳に、音だけならば可愛らしい声が届いた。

「おに〜いさん。」

その、妙に弾んだ間抜けな語尾で呼ばれ、甲板を端まで歩き地面を見下ろした。そうすればそれなりに離れた位置でこちらを振り返る女と、その女の大声を張り上げた訳でもないのにその位置から届く、嫌にはっきりと聞こえた声。それには全く大嘘憑きっつーのは便利な力だと呆れたが。

そんな俺の表情を、恐らく認識できる程の離れた位置。その場所から、俺もまたアイツの表情を視認出来ていた。俺を振り返るその、楽しげな顔。『にこり』と表現するに正しいその表情を貼りつけた顔は、成る程確かにその顔に馴染んでいる。あまりに上手く貼りつけられたそれは、いっそ薄気味悪い程に。

「ありがとう。こんな私を誘ってくれて。・・・嬉しかったよ。」

それでもその中に覗いた確かな"それ"を見付けて、フ。踵を返して歩き出したあの女に、口端を吊り上げた。
<< Back Date::110401~29end/remake.130408 Next >>